日本の地方自治体では、いまのところ執務スペースでの無線LAN導入はあまり進んでいない。いくつかの自治体では、無線LANアクセスポイントに暗号化の設定をせず、盗聴や不正接続の可能性をマスコミなどで指摘された。こうしたこともあり、総務省が2006年9月に改定した「地方公共団体における情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」では、無線LANの利用について「解読が困難な暗号化及び認証技術の使用を義務づけなければならない」という厳格な文言が付加された。導入コストも有線LANより割高だ。自治体にとって、無線LANを積極導入する理由はあまり見あたらないのだ。
高知県東京事務所は今年3月、事務所移転に伴い、執務室に高セキュリティの無線LANシステムを導入した。6月末には、東京事務所の職員全員のノートパソコン21台が無線LAN対応となる予定だ。ただし、プリンターはPCカードスロットが付いていない古い機種であることもあり、当面は無線LANに対応させる予定はない。
実証実験、セキュリティポリシー改訂を経て導入
![]() |
![]() |
アクセスポイントと無線LANカード。PtoPの相互認証を行うので認証局と認証サーバーを立てる必要がない。 |
採用した無線LANシステムは、トリニティーセキュリティーシステムズのIPN-Wシリーズ。IPN(Identified Private Network)と名付けられた同社の独自技術を活用して、アクセスポイントと無線LANカード間でPtoPの相互認証を行う。高知工科大学の清水明宏教授が考案したワンタイムパスワードを使った相互認証方式(SAS-2)と、AESによる暗号を組み合わせたものだ。あらかじめ定義した相手とだけ通信が可能になるため、なりすましによる盗聴やデータ改ざんが難しく高いセキュリティを保てる。また、PtoPであることから認証サーバーと認証局の設置が不要なため無線LANの設置・運用管理が比較的簡単であることも特徴だ。同社は高知工科大学内に研究所を置いているので、いわば“地元開発”のシステムを県が導入したという格好だ。
高知県では、2006年12月から2007年3月にかけて、情報政策課など情報部門3課の執務スペースでこの無線LANシステム実証実験を行った*。その結果、有線LANより通信速度は遅くなるものの(通信時間を測定したところ約4倍程度)、職員からは日常業務での不満は出なかったという。
* 実証実験の結果は地方自治情報センター『月刊LASDEC』2007年11月号に詳しく掲載されている。記事は高知県のサイトからも閲読可能となっている。
さらに、
- フロア内の会議室などにパソコンを持ち運んでもネットにアクセスできる
- 人事異動等に伴うオフィス・レイアウト変更時の工事などの手間がかからない
といった無線LANの有効性を確認できたことから、情報セキュリティポリシーを下記のように改定して導入態勢を整えた。
表●高知県の情報セキュリティポリシーのうち無線LANにかかわる改訂部分
|
高知県の従来のセキュリティポリシーでは「有線ネットワークにより難しい」場合でないと無線LANの導入は認められなかった。つまり無線LAN導入の必要性があっても有線で対応できる場合は原則導入不可と読み取れる。これに対し改訂後は「必要性」が認められれば導入できるようにした。安全性の確保については「解読が困難な暗号化や認証技術の使用等」が必要であることを明記している。
とはいえ、すぐに全庁的に導入していこうと考えているわけではない。まだまだ無線LANの導入コストは割高だ。高知県では、25人の組織を想定してコスト試算したところ、有線LAN敷設工事は約22万~26万円程度。これに対して無線LAN導入の初期投資は52万6050円(定価ベース)だという。このため、そう簡単に「必要性」を認めているわけではなく、「ちょっと便利そうだから、といった程度の理由では導入は許可できない」(高知県政策企画部情報政策課の伊藤博明課長)としている。
実証実験後も継続利用している情報部門を除けば、高知県庁でこの無線LANシステムを最初に導入したのが東京事務所だ。東京事務所は人員の増減が激しい。今年度は知事の方針に沿って人員を増強し、昨年度と比べて職員が8人増えて21人となった。異動シーズンともなると、しばしばレイアウト変更に伴って配線工事を行う必要が出てくる。想定される配線工事の累計コストなどを考慮し、東京事務所には無線LANの導入が有効だという判断となった。
![]() |
高知県東京事務所の今西チーフ。 |
無線LAN導入により、打ち合わせスペースにノートパソコンを持ち運んでネットにアクセスできるなど、業務上の利便性が向上した。また、このシステムの場合、必ずしもITスキルが高い人材がいるとは限らない各業務主管部門でも扱いやすいという点が、現場では評価されているようだ。東京事務所の今西貴之チーフは「セキュリティ面で安心して使えることや、初期設定などの運用が難しくないこともありがたい」と無線LANを導入してみての感想を述べる。
高知県では、今後の無線LAN利用シーンとして、災害対策本部の設置など緊急・臨時の組織設置時、研究機関など事務所と研究スペースが離れているケースなどを想定しているという。実は、外出しての業務が多い東京事務所では、今年3月の事務所移転を機にフリーアドレスを採用する計画もあった。フリーアドレスとは、職員がその時その時で空いている座席で執務するという勤務形態だが、このワークスタイルと無線LANとの相性は良い。検討の結果、朝に全員が集まるという勤務パターンを変えるのは難しいという結論に達し、フリーアドレス導入は見送られた。とはいえ、無線LANが有効活用できる利用シーンの一つといえるだろう。そのほか「例えば、ノートパソコンの画面を来庁者に見せながら窓口業務を行うなどの利用方法も考えられるのではないか。原課からの新しい利用提案に期待したい」と伊藤課長は語る。