分母が違う――余剰発見の割合のはなし
流れは↓を見てください。
要するに、余剰発見の割合の話題です。Welchらの論文では、甲状腺がんを無症状の内に、小さいものも含めて見つけたとしたら、その内の余剰発見の割合は99.7-99.9%と推定されているが、現実では、検査のカットオフポイント(陽性の閾値)を高くしているので、その割合をそのまま示すのは著しく過大評価なのではないか、との指摘があった訳です。
で、名取宏さんが、↓のつぶやきから、もし小さいのを見つけないようにしたら、との想定で、計算をなさいました。
twitter.com「検診で発見された臨床的に治療介入されうる甲状腺がんうち過剰診断のは割合は?」という疑問に対する答えが「99.7〜99.9%」だとしたら、それは確かに著しく過大評価。しかし、別に「現実を無視した酷い解析」というわけでもない。 https://t.co/4Uilvzklew
— 名取宏(なとろむ) (@NATROM) October 7, 2019
これに対し、Masato Ida & リケニャ氏が異議を唱えた、という流れです。そして、Masato Ida & リケニャ氏による計算が↓
twitter.com以上より、
— Masato Ida & リケニャ (@miakiza20100906) October 7, 2019
(a) の場合の「過剰診断」の割合
(1000 - Y)/(1000) = 99.7~99.9 %
(b) の場合の「過剰診断」の割合
(1000 - 960 - Y)/(1000) = 3.7~3.9 %
となる。それぞれの % の数字は大きく異なる。
これです。端的に言って、Masato Ida & リケニャ氏が間違っています。
まず、名取さんが計算しているのは何か、改めて見てみます(原文ママ)。
twitter.comちなみにリケニャさんが引用している「直径 5.0 mm超の例はわずか」の表の数字を使って推測すると、検診で発見された臨床的に治療介入されうる甲状腺がんうち過剰診断のは割合は大雑把には92.5~97.5%ぐらいになるはず。以下計算。 https://t.co/56om1qkfKI
— 名取宏(なとろむ) (@NATROM) October 7, 2019
、検診で発見された臨床的に治療介入されうる甲状腺がんうち過剰診断のは割合
少し前のつぶやきより↓
twitter.comじゃあ、「検診で発見された治療介入されうる甲状腺がんうち過剰診断のは割合は?」の答えは?どこまで治療介入するかでこの割合は変わる。腫瘍径5ミリでも治療してしまえばこの割合は上がるし、10ミリ未満は経過観察するなら割合は下がる。
— 名取宏(なとろむ) (@NATROM) October 7, 2019
、「検診で発見された治療介入されうる甲状腺がんうち過剰診断のは割合は?」の答えは?
このように、検診で発見された がんの内、余剰発見の割合を話題にしています。しかるにMasato Ida & リケニャ氏は、
twitter.com以上より、
— Masato Ida & リケニャ (@miakiza20100906) October 7, 2019
(a) の場合の「過剰診断」の割合
(1000 - Y)/(1000) = 99.7~99.9 %
(b) の場合の「過剰診断」の割合
(1000 - 960 - Y)/(1000) = 3.7~3.9 %
となる。それぞれの % の数字は大きく異なる。
↑ここで、(1000 - 960 - Y)/(1000) = 3.7~3.9 %
と計算しています。分母を1000のままにしています。名取さん(ら)は最初から、見つかったがんに占める余剰発見の話をしているのに、発見していない分を分母に組み込んでいるのです。つまり、全然別の話をしているという事なのです。これは、
存在するがんの内、検診で発見する隠遁がんの割合
の議論では無いのです。がん検診の議論の文脈で、通常そのような割合を検討しません。乳がんの余剰発見の割合は20%くらいである、といった数値が話題になったりしますが、その際の割合も、発見されたがんに占めるものです(Twenty five year follow-up for breast cancer incidence and mortality of the Canadian National Breast Screening Study: randomised screening trial | The BMJ)。
結局の所、Masato Ida & リケニャ氏は、がん検診の文脈を何も理解しないままに、前田敦司氏や名取氏(やWelchら)が誤っていると批難したのだ、と言えます。甲状腺がん検診で危惧されているのは、カットオフポイントを上げて見つけないようにして余剰発見を減らしたとしても、依然、検診発見に占める余剰発見割合は高いであろうという事なのですから。
名取さんはそういう事情はよくご存知なので、「検診で発見された治療介入されうる甲状腺がんうち過剰診断のは割合は?」
と、冗長と思えるほど注意深く表現していますが、見ない人は見ないという事ですね。
ちなみに、余談ですが。
↑これは、高野徹氏の想定問答です。この中に、2.次の説明は正しいか? 「検査を慎重にやれば過剰診断は防げる。」
との問があり、それの答えが、
。第一に、このような操作をすることで、過剰診断の割合が減らせる、というデータはありません。どのサイズにどのような割合で過剰診断例があるのかがわかっていないからです。
↑こう書かれています。まるで、問の正解は防げないと言っているようですが、それは誤っています。※防げる
を減らせると解釈する前提です
これは甲状腺がんの話です。したがって、発生するがんの内、見つけたら余剰発見となるもの(隠遁がん)は、相当高い割合だと考えられます。ですから、分子に入る数が大きい訳です。そうすると、想定される症状発現がんより大きい部分を見つけないようにすれば、余剰発見は減らせます。発見時のがんの大きさと隠遁がんとの関連が解らなくとも、隠遁がんの割合が大きい事は判っているので、発見可能な分を数十%でも減らせば、自動的に余剰発見も減ります(減らした分に症状発現がんが含まれても、残りに隠遁がんが入るから)。
ここまで読んでお解りかと思いますが、先に検討した、Masato Ida & リケニャ氏の意見は、むしろこちらに関わる部分です。氏は、カットオフポイントを上げる事によって、余剰発見は減らせると言っていますが、それは正しい。けれどそれは、発見されたがんの内の割合を大きく下げるとは限らない(分母も一緒に減るから、元々の分子が大きければ、割合も大きいままとなる)。
つまり、
- カットオフポイントを上げる事により、余剰発見は減らせる
- 余剰発見を減らしても、検診発見がんに占める余剰発見の割合は高いまま
この2つは両立するのです。何故なら、検討している割合の分母が違うから。検診(より一般には、科学)の議論に参加する際には、自分が考察している指標は何か、という所をよく意識しておくべきです。