中国の大盗賊・完全版 (講談社現代新書)ポパーもハイエクも、伝統的な「閉じた社会」に対する「開かれた社会」の唯一のモデルとして西洋の市民社会を考えていたが、これは自民族中心主義である。閉じた社会(部族社会)は世界的によく似ているが、それが解体・合併して大きな社会になるとき、西洋型の法治国家になることは例外的で、多くの場合は農村が互いに戦争しながら征服・滅亡を繰り返し、盗賊が跋扈する。

これを放置すると社会全体が無政府状態になって崩壊するので、暴力を独占する国家が出てくる。これがNorth-Wallis-Weingastのいう自然国家である。自然国家が互いに争った結果、統合されて数億人を統治する国家に成長したのが中国型の専制国家だが、ここでも秩序が動揺すると大盗賊が出現し、帝位を簒奪して新たな王朝を創始する。

本書は、こうした中国の歴史上の大盗賊の列伝である。中国の歴代の王朝の創始者のほとんどは大盗賊で、登場人物は漢の劉邦、明の朱元璋、李自成、太平天国の洪秀全、そして中国共産党の毛沢東である。著者もいうように、中国共産党はマルクスの構想した共産主義と(名前以外は)まったく共通点がなく、毛はマルクスの著作を読んだ形跡もほとんどない。彼はむしろ伝統的な大盗賊の典型である。

盗賊が成長して皇帝になるには、いくつかの条件が必要だ。もっとも重要なのは宗教的信念で、これはかつては弥勒教や白蓮教などの仏教系の新宗教が多かったが、最近では太平天国のキリスト教や毛沢東のマルクス主義のように西洋から借りる場合も多い。こうした千年王国主義は世界的にもありふれたもので、イスラム教と共通する部分もある。

第2に不平知識人が必要だ。盗賊といっても戦争ばかりしているわけではなく、戦略を立てたり統治したりする場合には知識人が必要になる。中国には科挙に合格できなかった浪人がたくさんいたので、そのフラストレーションが皇帝に対する反権力的な感情になり、国家を転覆しようとする。多くの大盗賊は字も読めないが、毛沢東は盗賊自身がインテリである珍しいケースだった。

第3に、盗賊の兵站を支える商人の支援が必要だ。特に大きいのは、大きな利益を上げた塩の密売人だった。こうした後方部隊を従えて本拠地を構え、皇帝の攻撃から逃げて各地を転々としながら勢力を拡大するのが大盗賊の戦術である。毛沢東も井崗山から出発して各地を転戦しながら「長征」で延安に到達した。

つまり中国は西洋の近代社会とはもちろん、部族社会がゆるやかに連合してできた日本ともまったく違う社会であり、これを「東アジア共同体」などという連邦国家にすることは不可能である。もちろん経済的には、これからも日中関係は深化するだろうが、共産党が政権をもっているかぎり「皇帝」の意思ひとつで戦争を起こせる国であることを忘れてはならない。そして歴史に学ぶとすれば、共産党政権が崩壊しても、次に出てくるのは別の「大盗賊」だろう。