福島第一原発事故についての政府の発表が混乱しているため、自称ジャーナリストはこれに乗じて「原発は危険で不経済と刷り込もう」とプロパガンダを繰り返している。生活に困っている彼らが不安をあおってアクセスを集めるのは商売としては当然だが、彼らは数字を示したことがない。本当に原発は危険で不経済なのだろうか。

まず「原発は危険だ」という点について検証してみよう。前に紹介したWHOの統計によれば、石炭火力の死者が161人/TWhに対して、原発は0.04人/TWh。OECDの調査によれば、図のようにチェルノブイリを含めても0.048人/GW年で、石炭火力の1/128である。チェルノブイリの死者は直接の事故死だけを数えているので、この100倍とすると石炭火力といい勝負だが、OECD諸国ではゼロである。

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では「原発は不経済だ」という点はどうだろうか。原子力安全委員会に出された大島堅一氏の発電単価についての推定は、核燃料サイクルなどのバックエンドへの財政支出を含めたものだが、次のように原子力は火力と大きく違わない。
  • 原子力:10.68円/kWh
  • 火力:9.9円
  • 水力:7.26円
このうち再生可能エネルギーは水力だけだが、環境破壊や新規立地の困難を考えると、有力な選択肢とはいいがたい。太陽光や風力は比較対象にさえなっていない(資源エネルギー庁の推定値は太陽光で49円/kWh)。

おそらく原発に反対する唯一の意味のある議論は、河野太郎氏の指摘する核燃料サイクルの不備だろう。国内で再処理を完結させる展望なしに「トイレなきマンション」を作り続けた政府の罪は大きい。希望の星だった高速増殖炉も挫折した今となっては、六ヶ所村の再処理工場は無用の長物である。

しかし上に示した大島氏の推定のように、こうした莫大な浪費を含めても、原発のコストは火力といい勝負だ。再処理をあきらめて貯蔵するだけなら、途上国に開発援助と交換で引き取ってもらうことも可能である。世界には人の立ち入らない砂漠や山地はいくらでもあり、有害な産業廃棄物も放射性物質だけではない。これはコストの問題にすぎず、河野氏のいうように原発を全面的に廃止する根拠にはならない。彼の主張する「再生可能エネルギーで100%まかなう」などという話は、ビル・ゲイツもいうように技術的に根拠がない。

原発は、孫正義氏のいう「正義」にはもとるかもしれないが、エネルギー産業は必ずエントロピーを増大させて環境を汚染する「原罪」を背負った産業なのだ。そこには絶対の正義はなく、どうすれば汚染を最小化できるかという問題しかない。公平に見て、価格変動リスクや埋蔵量の制約の大きい化石燃料に比べて、エネルギー効率が高く技術革新の余地の大きい原子力は有望である。5月のアゴラ起業塾では、こうした議論も踏まえてエネルギー産業の未来を考える。

追記:大島氏の試算には、事故の補償費用が含まれていない。福島第一のように数兆円の損害賠償が発生するとコストは跳ね上がるが、これも確率で割り引いて保険でカバーすれば大したことはない。原子力損害賠償法を改正すればよい。