今学期から「ベンチャービジネス」という授業をもつことになったので、「ベンチャーの何ちゃら」という本をいろいろ読んだが、日本人の書いたもので参考になるのは1冊もない。そもそもベンチャービジネスというのは和製英語で、正しくはstartup、起業家という意味ならentrepreneurである。この言葉だけでなく、起業家について一般にひろく信じられている迷信は多い。本書は、それを具体的なデータで反証する。たとえば
  1. アメリカは他の国より起業家が多く、その数は増えている
  2. 起業家の多くはハイテク産業で企業を立ち上げ、その収益率は高い
  3. 起業家は若く、新しい技術をもち、夢を実現するために独立する
  4. 資金はベンチャー・キャピタルから潤沢に供給される
  5. ベンチャーが経済成長の最大の原動力だから、政府が起業を支援すれば成長率が高まる
以上は、すべて誤りである。米政府などのデータによれば、
  1. OECD諸国で自営業の比率が最高なのは、トルコ(30%)。アメリカは7.2%と下から2番目で、日本(10.8%)より低く、その率は90年代より低下している。
  2. 起業する分野でもっとも多いのは小売業、次いで外食産業、建設業などローテク分野が多く、収益率は低い。その生存率も5年で45%と低く、平均所得は勤労者より低い。
  3. 起業家の平均年齢は40代で、企業をやめて独立するケースが多い。その原因は、レイオフなどによる失業や、会社づとめがいやになったという消極的な動機が多い(こういう起業はほとんど失敗する)。
  4. 起業資金は平均2万5000ドルで、個人の貯金がほとんど。VCが資金を提供するのは、創業する企業の0.1%以下である。多くの新企業(在来型のサービス業)は、商業銀行から融資を受けている。
  5. 起業率と成長率には相関があるが、これは時系列でみると、成長率が上がったために起業が増えたと考えられる。政府の補助金や低利融資などは、非効率な中小企業を増やすだけだ。
では、起業家精神に意味はないのだろうか。そうではない。VCが資金を提供して株式公開に至った企業は、1972年から2000年までに2180社だが、これは公開企業の20%に達し、その時価総額は2.7兆ドルと公開企業全体の1/3にのぼる。つまりVCが投資するような新企業は、たしかに経済成長に大きく寄与しているのである。

重要なのは大企業か自営業かという違いではなく、技術力があり収益モデルがしっかりしていることだ。いいかえれば、必要なのは企業としてのstartupではなく、イノベーションを生み出すentrepreneurshipなのである。したがって必要なのは、政府系金融機関などの甘い査定による「ベンチャー支援」ではなく、企業を見る目をもったVCなどの評価システムと、リスクを市場で分散する株式ベースのファイナンスである。

本書は、私の読んだ限りでは、有名なThe Origin and Evolution of New Businessesと並んで数少ない、起業家についての具体的データをもとにした経済学的な分析である。特に「1円起業」や無担保融資で「ベンチャー育成」ができると思っている官僚諸氏には、ぜひ読んでほしい。

追記:イノベーションが経済成長のエンジンだということは、内生的成長理論でよく知られているが、そのミクロ経済学的な分析は、私の知るかぎりBaumolぐらいしかない。Baumolも本書を推薦している。