2023年1月23日月曜日

2022年アカデミック・レビュー

主筆の山根です.これまでゲーム研究や高等教育で大きな出来事があった年は年間レビュー記事を書いていましたが,このところ本ブログではICD-11論争や香川県条例といったリアルタイムの社会問題にリソースを割いていたためにアカデミックなふりかえりが止まっていました.そこで,ここ2, 3年間をまとめてゲームのアカデミックな話題をふりかってみたいと思います.

2020年から2022年にかけて,ゲーム研究の出版は国内外でもりあがりました. 

 

ゲームの学術出版動向: 欧米編(2020-2022)

ゲーム研究書を次々と出版してきたMIT Pressは,相変わらず良質な本を出している.研究者にとって重要なのはトップジャーナル論文誌だが,そういった研究者も学術書籍なしには研究が進まない状況をつくりだしたのはすごい. しかも手当たり次第に乱発するのではなく,第一線の研究者を編集人に配置したシリーズ化路線を進めて突出している. たとえば, 第一人者による手軽な読み物集「Playful Thinking」シリーズ(日本語では『プレイ・マターズ: 遊び心の哲学』(サンプル公開あり )が訳されている), Atari以来のプラットフォームに注目した研究を連発する「Platform Studies」シリーズ, 世界各地のゲーム史を発掘する「Game Histories」シリーズ, コーディングから社会現象まで,ソフトウェア文化を語る「 Software Studies 」シリーズと,シリーズ作はどれもクオリティが高い.これは第一人世代の研究者たちが編集人となって世界中からの投稿を呼びかけているためで,次世代の新しい書き手を発掘するサイクルがうまくまわっている.

こうしたMIT出版やラウトレッジといった大手出版社が第一人者を巻き込んで学術書を連発する一方で,新しい分野の研究書を出版する新勢力として台頭してきた出版社もある.その代表として,Oxford University Pressが印象的だった. これまでGames User Research(2018)のようなユーザ調査分析に続けて,ゲームのデータサイエンス本Game Data Science(2021)を出したことで,理工系に強い印象を持っていた.だが,ユタ大学で哲学を教えるC. Thi Nguyenの論集Games: Agency As Art(2020)を出版し,それが2022年1月のアメリカ哲学会(APA)大会でAPA学術出版賞を受賞したことで,総合的な学問としてのゲーム研究の出版社として存在感を増している.

学術出版状況: 国内編

国内でもゲームの学術研究の出版物は近年次々と出版されており,新しい出版社も加わった.数年前とはずいぶん状況が変わっている.

特に,学術系の出版社である福村出版がゲームの学術書を次々と出版したのが目立った.

(なお,筆者自身も3番目の本の監訳に加わったが,出版社側の積極的な取り組みなしには出版できなかった.その経緯はIGDA日本のライトニングトーク公表している.)

日本語圏では,MIT Pressの様にゲーム学術書を連発することはできない.第一人者を編集人に任命して,世界中から書き手を募るような大規模プロジェクトには,ゲーム研究者の層が厚く,長期的な研究を可能にする研究職ポストが必要とされるからだ.だが日本語圏では,ゲーム研究グループをつくるには研究者層が薄く,ゲームの研究職もわずかなので同じレベルのことはできない.そのかわり,日本では商業誌が学術出版の機能を一部果たしており,研究グループを頼むことなくライターが独力でクオリティの高い記事を商業誌に掲載するという現象も起きている.たとえば三才ブックスのムックや雑誌に真面目な研究が載っていたりするのはその一例だろう.

進む産学連携: SNS時代のプレプリント投稿,データセット公開

WHOがICD-11でゲーミング障害を収載した件での英語圏の論争は,香川県条例の提案理由にもなり,過去にも本ブログでとりあげた(20202022).これが英語圏で注目を集めた理由としては,論争がオープンアクセスジャーナルで行われ,英語論文がオンライン公開されていたというアクセスしやすさの影響が大きい.つまりこれまでは論文誌に書いても専門家にしか読んでもらえなかったのに対して,オープンアクセスジャーナルでの論争が広くSNSからリンクされるようになった.それだけでなく,まだ審査段階の論文(プレプリントと呼ばれる)が注目を集め,論文査読を通過する前から国際ニュースになるという珍事も起こった.それがオクスフォード大学インターネット研究所のシュビルスキー教授のグループの研究「Video game play is positively correlated with well-being 」だ(日本語記事).ちなみに論文はその後,英国王立協会(The Royal Society)による初めてのオープンアクセス誌Royal Society Open Science掲載されている.

これまでゲーム研究の論争は論文誌以外のメディアで起こることが多かったのだが,誰でもアクセスできる論文で展開される論争という,論文とウェブSNSとの両方の長所を生かした論争の時代がゲーム研究においてもはじまったと言える.シュビルスキーはその後もプレイデータにもとづくゲーム影響論を提唱しており,論文だけでなくゲーム会社から提供されたデータセットも公開する実践を行なっている.たとえば,『あつまれどうぶつの森』(北米版)『Apex Legends』『Eve Online』『Forza Horizon 4』『グランツーリスモSPORT』『アウトライダーズ』『ザ クルー2」と異なる企業の異なるジャンルのゲームタイトルについて各社から提供を募り,データセットもレポジトリで公開している(日本語報道). シュビルスキーは来るGDC23でも,「Video Games and Science in a World with Gaming Addiction」で講演予定であり,ゲームには悪い影響があるのかいい影響があるのかという論争を超えてオープンデータにもとづく分析を切り開きつつある.

進む産学連携: 日本発のトップカンファレンス論文(12月)

20年以上にわたって産学連携が唱えられてきたが,ゲーム産業の産学連携は一般的なIT分野とは異なる性質を持っている.研究志向の産学連携と人材育成志向の産学連携の二つがかけ離れており,産学がそれぞれ違った夢を見る同床異夢に陥ることが多い.その結果,大学でなければできないような独自性のないプロジェクトや,企業戦略とは無縁のプロジェクトに陥ることも多い.こうした反省から,次世代人材育成志向にフォーカスしたり,研究志向であっても開発現場により近いところで研究したり,あるいは海外の成功例を積極的にとりいれるようになっているのが近年の傾向だと言える.(本ブログも次世代人材育成と海外事例紹介が大きな柱になっている.)

こうした中で,今年は海外事例だけでなく日本国内事例も目につくようになった.大学の先端的な研究環境と企業の開発現場の問題解決という距離の離れた二つの方向のどちらも生かしたプロジェクトが出てきている.その代表例が,人工知能のトップカンファレンス「AAAI-23」に採択されたKLabと九州大学の共著論文だろう(九州大学発表Klab発表).12月の発表には研究者コメントも掲載されており,研究と人材育成の異なるゴールを同時に追求したこと,スーパーコンピュータといった大学環境の必然性についてコメントされている.これらはまさに上記のゲーム産学連携の特色が出ている.また,採択された英語論文も完成度が高く,過去のGDCやトップカンファレンスの達成をふまえつつ,ラブライブの素材を生かした,ゲーム愛がある英語論文になっている(2ページ目で言及されているスクスタのスクリーンショットがいきなり1ページの本文トップに登場したり,謝辞にはスクールアイドルやラブライバーも登場する).

ゲーム外交に取り組む海外使節団と受け入れ体制(12月)

12月にベルギー王国のワロン地域政府から経済ミッションが来日した.「ミッション」とはもともとは伝道とか布教の意味だが,この経済ミッションでは王室から大学まで数百人の要人が来日した.その全容は記者会見記事に詳しいが,アカデミック領域でも高等教育研究機関の代表が来日して,日本を代表する大学で両国の学長がサインする国際調印式や大学間交流が行われた.東京大学(d.lab)東京外国語大学はそれぞれ日本を代表する大学として調印式を行なっているが,デジタルゲーム教育研究でも以下の国際交流が行われた.

こうして見ると国を代表する大学の学長クラスの外交に目を奪われるが,ゲーム分野では他の輸出産業と異なり,2カ国の学生限定のゲームジャムが開催された.つまりゲーム分野では次世代を視野にいれた長期的な取り組みとして,大学トップダウンと学生ボトムアップの両方で2国間産学連携事業を進めている.その様子はレポート記事「ベルギー王女も発表授与式に参加した国際学生オンラインゲームジャムが示す未来 」やつぶやき非公式まとめ で知ることができる.国や大使館がゲーム人材育成を支援することを意外と思うかもしれないが,これは短期的な事業は産業界にまかせて,企業や職業訓練校が推進できない長期的な事業を国がやる,という得意分野に特化しているように見える.そしてレポートによれば,この2カ国間ゲームジャムを草の根ボランティアでやりきったのはすごい.しかしこのやり方で他の国々が日本にゲーム外交を申し込んでくるたびにボランティアで対応するのはあきらかに無理がある. ゲーム先進国には,海外から「ゲームを学びたい」という留学生を受け入れる仕組みがあるが,そのために国際教育事業を進めるのは先進国の政府機関の仕事だ. たとえばビデオゲーム発祥の地アメリカではゲーム外交( game diplomacy)は国務省とNPO法人Games for Changeが他国間に対して展開している.それに比べて日本にはゲーム大国としての外交戦略は存在せず,国際交流基金が日本ゲーム産業史のオンラインセミナーを開いた程度だ.ゲームジャム外交についてはボランティアが活躍したが,持続可能な長期戦略に向けて日本政府・地方自治体も先進国のゲーム外交への取り組みを調べて,市町村や産学官の壁を超えたオールジャパンの備えをしておく必要がありそうだ.

おわりに

上述したように,ゲーム研究では,学術出版を通じて,第一世代が編集人になって次世代を起用する世代継承が国境を超えて進行している.日本語圏だけではそのような研究者層は形成できないが,新たな国内出版社が参入したり,日本発の産学共著のトップカンファレンス論文が出たことは今後につながるニュースだった. また,ゲーム人材育成においては海外使節団を迎えるという事業を(一部はボランティアで)実現できたという飛躍の年でもあった.今後は,持続可能な体制づくりが課題になるだろう.

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