アカデミック・ブログ主筆の山根です.
毎年サンフランシスコで開催されるGDC(Game Developer Conference)は,世界最大のゲーム開発者のカンファレンスです.あまりにも大規模なのでどのセッションが「当たり」だったのか1社だけではカバーできず,企業を超えた情報交換も生まれています.IGDA日本が開催してきた現地でのパーティーや国内でのGDC報告会もそうした情報交換の場ですが,今年もコロナのために開催できません.そこで本稿では,情報交換をしていないやや特殊な視点から,「他ではできない体験」という観点から私的なふりかえりをおこないたいと思います.
今年のGDC22は,3月にサンフランシスコ現地開催とオンラインでのバーチャル開催とのハイブリッド形式で開催されました.数百件のセッションの中でも話題を集めたものは,公式ウェブサイトで紹介されています(Part1, Part2).また日本国内でもツイートまとめが作られたり,今年は過去のGDC参加者が新たなメタバース系に注目したGDC報告会も開催されました.本稿ではこれらの範囲をすべてカバーすることはできないので,国際学会でもIT系カンファレンスでもない,GDCならではの発表という観点から2つのセッションを選んでみます.
GDCでなければ体験できないものは,同業者との夜のパーティー,「当たり」の講演で高揚した雰囲気,西海岸文化など,いくつかあげることはできますが,今回は日本から遠隔参加した立場から,ゲーム開発者の「過去」と「未来」という2つの点で印象に残った2セッションを紹介します.
1: Experimental Gameplay Workshopの20年
GDCの名物企画,「Experimental Gameplay Workshop」が20年を迎えました. IGDA日本でもGDCプレスリリースを紹介しましたが,実験的ゲームが展示されるEGWは「ゲーム開発者の仕事は新しいゲームをつくること」という点では,もっともゲーム開発者らしいセッションだと言えます.20周年ということで「過去のふりかえりがあるかも」と思いましたが,過去のゲームには用はないとばかりに未知のゲーム体験を求める例年どおりの2時間でした.(個人的には2Dガンカタが笑えました.)
Experimental Gameplay Workshopは,ゲームスタディーズのフロントランナーであるJesper Juulの新著『Handmade Pixels』によって,インディーゲームの歴史的イベントとしての学術的評価が高まりましたが,かつて日本のゲームが海外の開発者や研究者に衝撃を与えた場でもあります.これはJuulも本の構成におさまらず言及していないので,日本とアメリカのゲーム開発の交流という視点も含めたExperimental Gameplay Workshopの20年について,今月のIGDA日本のライトニングトークで報告しました.
2: GDC22でのゲーム開発者の新たな挑戦
20年の歴史の話の次は,未来についての話です.GDCを特別なものにしていると個人的に感じているのは,「この時代にこの社会でゲーム開発者は何をすべきか」と開発者自身が問うセッションがあることです.これこそがGDCをその他の大規模な勉強会と区別しているところではないかと思います.
歴史を遡ると,ゲーム開発者はゲームの暴力問題,ゲームの依存症問題で社会的に批判され,それに対して活動を起こしてきましたが,GDCがそのインキュベーター役を果たしています.たとえば1990年代にゲームが暴力の原因であるとしてゲーム開発者が反論の機会を得られずに攻撃されていた状況に対して,アーネスト・アダムズ(著書邦訳あり)がIGDAを立ち上げましたが,その呼びかけの場になったのが,クリス・クロフォードが自宅で開いていたComputer Game Developers' Conference(のちのGDC)です(これについては,IGDA日本のウェブサイトに掲載されている IGDA20周年記念講演 in GDCに詳しい).また,WHOがICD-11でgaming disorderを分類したときに多くの心理学者がGDCに招かれるとともにゲーム開発者は何をすべきか,というセッションが開催され,それらのGDC講演は次々とYouTubeで公開されたことで大いに参考になりました.その直後の2020年の香川県条例の際に香川でゲームジャムを開催しましたが,その直前記事はGDCの資料を解説したようなものです.そしてGDC22では,パンデミック後の開発者について開発者自身が自らの未来について語るセッションが開催されました.
ゲーム開発者の今後を語るセッションとして注目したのが,GDC22で最大の人数が収容できるメインステージで開かれた「開発者たちのルネサンス」(The Developer's Renaissance)です.パンデミックによってゲーム開発者がどのように変化し,新しい一歩を踏み出したのかを3人がオムニバス形式で発表するセッションで,週休3日制や社内の障害者やマイノリティ,社会起業やゲームジャムなど幅広い内容を扱うこのセッションは,4月にYouTubeでも公開されました.
このセッションについては,長いGDC取材歴を誇る奥谷海人氏がわかりやすいレポートを書いています(「GDC 2022で見えてきた,“現実”と直面するゲームデベロッパ」).「どうやってコロナ禍以前に復旧するか」ではなく「コロナ禍を乗り越えてこれからどうルネサンス(新生)するか」という未来志向に刺激を受けました.そして3人の登壇者の中でもとりわけ大きな転身をとげてきたのが,上記YouTubeビデオの42:30からはじまる最後の登壇者,Mike Wilsonです.こちらの講演も奥谷海人氏が(ジョン・ロメロの過去の講演も参照しつつ)力強い記事「Devolver Digitalの設立者,マイク・ウィルソン氏の縦横無尽な経歴。そしてメンタルヘルス問題に取り組む新たな試みとは」を書いている.この記事にも出てくるように,マイク・ウィルソンはid software, Devolver, Take Thisとゲーム業界を変える新組織に関わってきた(Develverには面白い目利きのエピソードが多いですが,日本でも学生が作ったDownwellのプロトタイプ動画をTwitterで見かけて契約したという目利きで有名です.またTakeThisについては,本ブログの「パンデミック下の不安に応えるゲーム専門家 」でも紹介しています).
そしてマイク・ウィルソンの講演の最後にゲームジャムシーンともコラボするメンタルヘルスゲームジャムについて発表がありました.「これまでにも賞金が出るシリアスゲームのゲームジャムはあったけど,何が違うの?」と思われるかもしれない.また「すでに長期間の実験を行って認可を受けたゲームが医療現場で使われているのに,素人が短期間で健康ゲームを作るのに意味があるの?」と疑問に思われるかもしれない.もちろん賞金もでますが,このゲームジャムの目的は単に健康ゲームを増やすだけではありません.実はメンタルヘルスゲームジャムのプランには,産業界のリーダーとの交流や,パンデミック後のメンタルヘルスについて表立って語れない社会的風潮に一石を投じるようなゲームも含まれています.「ゲームで心身をよりよくしていこう」というメッセージを発信し「大企業ではない少人数チームが成功できる」と目利きのDevolver創業メンバーと世界を変えたGlobal Game Jamが言うのだから説得力があります.
新会社DeepWell Digital Therapeutics (DTx) のプロモーションビデオ.産業界のベテラン・脳神経科学の博士人材ら参加メンバーの抱負に加えて,最後にI can't wait to tell the world that games are good for youでしめくくる.
いよいよメンタルヘルスゲームジャム開幕
こうしてGDCメインステージで発表されたメンタルヘルスゲームジャムはメイデイ(5月1日)から5月22日まで開催されるオンラインのゲームジャムで,メンタルヘルスに限らずフィジカルでも健康に働きかけるゲームを開発します.そして欧米時間の5月1日(日本時間の5月2日月曜日午前3時午前2時)にオープニングイベントが(Global Game Jamの参加者におなじみの)TwitchのGlobal Game Jam公式チャンネルで配信される予定です.
まとめ: ゲームは現実をよい方向に変えることができる
本記事ではGDC22で個人的に印象に残ったセッションから,過去と未来の展望を紹介しました.GDCには独自の文化があり,最先端の研究開発動向はトップスクールで学ぶことができたとしても,それでGDCに参加する価値が減ることはありません.そしてゲーム開発者の未来について考えたり,開発者の挑戦を知ることができるのは類似のテックカンファレンスには見られない特徴だと思います.
アーネスト・アダムズは,上記のGDC講演の中で,社会的パニックによって世界各国のゲーム開発者が攻撃される未来を予想しました.そしてそれと同時に,米国の経験を生かした開発者コミュニティによって世界各地で開発者を守る活動が進むとも考えていました.日本から見てもこの予想は外れていません.
日本でも,この2年でパンデミックによる不安を煽る報道が増えました.「パンデミックで生徒のパソコン利用時間が増えて依存症につながるおそれがある」とか(eラーニングを活用する学校へ圧力がかかった),「ゲームは麻薬と同じである」という中国共産党の公式見解を日本の国立機関や公共放送も批判を省略して一方的に紹介しています.こうした状況でオンライン参加したGDC22は,ゲームは人に力を与え社会を変える力があること,それは少人数チームでもできることだという心強いメッセージが残りました.
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