ブログ「Ad Innovator」や『テレビCM崩壊』の翻訳でも有名な織田さんも講演などでお話されています。
でも、僕はこの「マーケティングは対話になった」っていう話を聞くと、賛成する思いと、ちょっと待てよという思いの両方が気持ちの中に芽生えてくるんですよね。
賛成する気持ち
まず、マーケティングというのは昔から何より顧客の声を聞くことが何より優先することが重視されてきました。ただ、昔から顧客重視といわれていたにもかかわらず、実際のマーケティングはなかなか顧客の声に耳を傾けようとしなかったのも事実です。企業は顧客の声を聞くことよりも、マス広告などを使って自社の製品を宣伝することばかりに力を使っていました。リサーチなんかも一方的な質問を投げかけてそれに答えてもらうだけで、顧客の生の声を聞くというにはほど遠かったでしょうし。
その意味では「マーケティングは対話になった」というのはよい傾向なのは間違いないと思います。
Webを主体としたマーケティング
「マーケティングは対話になった」というのは、企業がWebをマーケティングの手段として積極的に使うようになったことと関係しています。Webでのコミュニケーションを重視するようになれば、それはほぼ自然に双方向のインタラクションを生み出すといってよいでしょう。織田さんが言っているようなクリックやフォーム入力なども対話に含めれば、それこそWeb上の行動すべてが対話であるといえなくもありません。でも、それだけだとPOSでデータをとっていたのと大して変わりありませんよね。
本当の意味での対話と呼べるのは、Web2.0の時代となり、ブログなどのCGMツールを使って、企業と個人が相互にコミュニケーションが可能になってからなのでしょう。そして、その意味ではまだまだ「マーケティングは対話になった」という完成形で語るよりは、「マーケティングは対話になりはじめた」というほうがより現実をとらえているのだと思います。
一部の企業はブログなどを用いて対話型のマーケティングをはじめていますが、そうでない企業のほうが圧倒的に多いわけですから。
それでも、テレビCM全盛の時代に比べれば、ずいぶんと対話型に移行してきているというのは確かなんでしょうね。
ちょっと待ってと思う気持ち
一方、ちょっと待ってと思うにはいくつか理由があります。まずはその理由を列挙しておきましょう。
- 対話はときにイノベーションの敵となりうる
- それは本当に対話なのか?
- デジタルな情報のやりとり
この3つが「対話型マーケティング」という言葉を聞いて、僕がちょっと疑問に感じるところです。
対話はときにイノベーションの敵となりうる
1番目の「対話はときにイノベーションの敵となりうる」に関しては、「ユーザー中心デザイン:されどはじめにユーザーはおらず」でもすこし触れました。ようするに目の前の顧客だけを相手にしていると、その時点の非顧客の潜在的なニーズが見えなくなり、技術革新や新興企業の登場などで一気に顧客を奪われかねないという、クレイトン・クリステンセンが『イノベーションのジレンマ』で扱った主題を繰り返しかねないおそれがあるということです。
例えば、palさんが「FIFTH EDITION: 据置ゲームがこの世の地獄から生還するためにせねばならない事」で扱っているDS、WiiとPS3、PSPの話など、まさにその1つの例で、目の前のユーザーが使っているインターフェイスをそのまま踏襲したソニーに対し、インターフェースそのものを既存のものから刷新したニンテンドーでは、明らかに市場へのアプローチが違うわけです。
それは本当に対話なのか?
そこで出てくるのが2番目の疑問である「それは本当に対話なのか?」という点です。「ユーザー中心デザイン:されどはじめにユーザーはおらず」でも僕は次のように書きました。
ユーザー中心デザイン:されどはじめにユーザーはおらずなわけですよ。
ようするに、デザインプロセスそのものが対話というわけですね。
これ、最近、マーケティングが対話に戻りつつあるという話と連動するわけです。
ユーザーとはある用途(アプリケーション)において特定のツールなどを用いる人のことです。ただし、先にも書いたとおり、新しいイノベーションを興すときにはそうした意味でのユーザーは存在しないわけです。マーケティング的にいえば顧客がいない。
しかし、ニンテンドーが行なったのは新しい商品を生み出すイノベーションの過程のデザインプロセスにおいて対話を持ち込んだんじゃないかと思うのです。デザインプロセスそのものの中で商品そのものをデザインすると同時に、ユーザーも同時にデザインする。そういう意味での対話です。
実際に僕はどういうプロセスでニンテンドーがDSを設計したかは知りません。でも、出来上がったDSをみると、そんな風に感じさせるものが確かにある。実際に「マーケティングが対話になった」という場合の対話ってそういうものなんじゃないかと思うんです。
マーケティングは営業と違う
ようするに何を言いたいかといえば、マーケティングは営業とは違うということです。よく対話型のマーケティングというと、昔の魚屋や八百屋が店先でお客さんと話をしながら商売をする話を例にあげる方がいます。でも、僕はそれは対話型のマーケティングとは言わないと思います。それは単に営業です。そして、それは直接お客さんにものを売っているビジネスを行なっている企業であれば、ずっとやっていることです。
ただし、昔の魚屋、八百屋の例でいえば、毎日のお客さんとの会話で日々の仕入れをどうすればよいか、どういう会話を行なえばよいかを組み立てるということをしているのなら、それは対話型のマーケティングといえるでしょう。
ようするに営業と対話型のマーケティングの違いは、一人ひとりの顧客の話をそのまま聞くのか、一人ひとりと話をしながらも顧客全体の話の行間を読み取りながらお客の発する言葉自体に流されずに顧客のニーズを汲み、それにあった提案ができるかという違いです。
前者はただの会話であり、後者こそが対話だといえるのだと思います。
さて、この「行間を読み取る」「顧客の話に流されずにニーズを汲み取る」というところが、3番目の疑問「デジタルな情報のやりとり」に関連するところです。
ただ、ちょっと長くなりましたので、この続きは次回に。
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