考える脳 考えるコンピュータ / ジェフ・ホーキンス

『考える脳 考えるコンピュータ』は、PalmやTreoの生みの親として知られるジェフ・ホーキンスが、脳がいかにして知能を生み出すかに関する包括的な理論を提案することで、彼自身の夢である、現在のコンピュータのような「人工知能」ではない「真の知能」をもった機械のつくり方を考察しようというものです。

構成としては、第1章と第2章でそれぞれ「人工知能」と「ニューラルネットワーク」というこれまで知能をもつ機械として歴史的に注目を集めた技術の問題点をあらわにし、なぜ、それが「真の知能」を持つにいたらなかったかを示し、第3章~第6章にかけては、知能をもつ器官としての脳がどのようにして知能を生み出すのかを理論的に、だが、僕たちにもわかりやすく説明してくれています。
第7章でそれまで説明してきた脳の働きが、一般によく問題とされる「動物に知能はあるか?」「創造性とは何か?」「意識とは何か?」「想像力とは何か?」「現実とは何か?」といった疑問をどう説明しうるかを披露した上で、最終章となる第8章で、まだ陽の目を見ぬ「真の知能」を備えた機械が実現するか、また、それはどんな風に使われるのかを考察しています。

本の内容に関しては、すでに下記のエントリーでも紹介させていただいているので、ここでは僕が気になったポイントを紹介しようと思います。

関連エントリー

知能をもったロボットは反乱を起こさないのか?

好きなダニエル・C・デネットの本の中にも『心はどこにあるのか』という著書がありますが、ホーキンスも本書の中で、その問題をごく簡潔にまとめています。

パターン処理装置の脳にとって、身体とそれ以外の世界はまったく変わらない。身体の末端とその先の世界の開始点は連続している。ところが、脳の内部には感覚がないので、新皮質は脳そのもののモデルをつくることができない。そのため、思考が身体から独立していて、心や魂が別個に存在するように感じられてしまう。(中略)心は身体から独立している。だが、脳からは独立していない。
ジェフ・ホーキンス『考える脳 考えるコンピュータ』
「脳の内部には感覚がない」。だから「心は身体から独立している」という説明はなるほどと思いました。
脳にとっては(少なくとも感情をもたない新皮質にとっては)、自分の手も、パソコンのキーボードも同じ外部ツールなわけです。
モニターに映る映像と、目の網膜に映った映像との違いは、新皮質にとっては意味ある区別ではないのです。
文字情報や音声情報、画像やリアルなものたちも、すべて外部化された情報であって、脳の中に入ればどれも粉々にされてパターン認識されるわけです。
一方でコンピュータはそれらを別々のものであると教え、さらにそれぞれに応じた処理の仕方を教え込んでからではないと、ろくに処理すらできません。

ホーキンスは、知能をもった機械をつくろうとしているが、それは人間のような機械をつくろうとしているわけではありません。
それは上記の引用にも実は示されています。
つまり、ホーキンスは人間の知能をつかさどる脳の新皮質の機能のみを機械のしくみとして再現しようとしているのです。
その機能は人間の身体と同じようなセンサーを持つわけでもなければ、感情的な衝動(恐怖、妄想、欲望など)をつかさどる旧脳と呼ばれる脳の機能さえ、排除したものです。

センサーが変われば当然、認識され、蓄積されるパターンは変化し、そこから予測、類推されるものも変わってくるでしょう。
また、感情的な衝動が排除されれば、それは人間同様の心をもつ機械でもないでしょう。
SF的な知能をもったロボットの氾濫といったイメージとはここで完全に切り離されるわけです。
それは今あるコンピュータとも、人間とも違う別の何かのようです。

創造性は訓練によって高められる

さて、この本はコンピュータの本ではなく、脳の新皮質に焦点をあてることで人間を考察した本です。
おなじく脳科学者である茂木健一郎も『脳と創造性 「この私」というクオリアへ 』という著書の中で、コンピュータと脳の働きの違いに言及した上で、脳がもつコンピュータにない機能としての創造性について、先の著書のなかで考察していますが、ホーキンスも第7章の「意識と創造性」のなかで、それまで考察してきた脳の新皮質のパターン認識という観点から、創造性について考えを述べています。

その中にこんな一文があります。
新皮質に形成されている現実世界のモデルや記憶は人によって違うため、類推や予測の結果が変わる。音楽にずっと接してきた人なら、歌をはじめての主音で歌い、新しい楽器で単純なメロディーを演奏できる。音楽にまったく縁がなかったら、予測が働かず、そんな行動はとれない。物理を勉強していれば、日常の物体の動きを物理法則からの類推で説明できる。イヌを飼っている家庭で育てば、そのときの経験がイヌの行動の予測に使える。社会生活、語学や数学、駆け引きなどにおいて創造性に差が出るのは、育った環境の影響が大きい。人間の予測、すなわち才能は、経験の上に成り立っている。
ジェフ・ホーキンス『考える脳 考えるコンピュータ』
日々の様々な外界からの入力によって、予測や類推につながるパターン認識を行うためのパターンを蓄積していく脳をもつ人間にとって、実際に人生のなかでどんなパターンに遭遇できるかは、それこそ、その人自身がどんな人生を歩んできたか、また、歩もうとしているかに左右されるということなのでしょう。

ホーキンスは「訓練によって創造力を高めることは可能か?」という問いに対して、はっきりとYESと答えています。
というより、むしろ、ホーキンスがこの本で提案している脳の知能に関する理論を信じれば、それ以外に創造力を高めることなんてできないはずだと思います。
そもそも生まれたときから、さまざまなものに触れ、そして、ある程度の年齢になれば学校で勉強をはじめ、卒業したら仕事の場でいろんな経験を積む。さらに勉強熱心な人は、いろんな本を読んだり、様々な勉強の場に足を運んだりもします。
結局、頭に新しいソフトなりプログラムなりを簡単にインストールできないしくみになっている人間は、そういう風にしか、自身の機能拡張もバグフィックスも行えないんだから。
ほんと勉強や訓練って大事だなってあらためて思わせてくれた本でした。

 

この記事へのコメント

  • Gecko

    こんにちは。
    いま『考える脳 考えるコンピュータ』を読んでます。
    無人タクシーや無人旅客機などできるのでしょうか?
    家庭用二足歩行ロボットへの搭載は無理みたいなことをジェフ・ホーキンスは本の中で書いてたみたいですが。
    軍事兵器への転用、ロボット兵士への搭載などはして欲しくありませんね。
    2007年04月23日 02:39
  • ノース

    少し変わった視点での「脳内構造のホームページ」があるのですが、よろしければ、ご批評願えないでしょうか?
    2007年06月29日 09:50

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