「北京時間」と「新疆時間」
新疆ウイグル自治区の中心都市ウルムチの地窩堡国際空港に昼過ぎに降り立つと、シシカバブの匂いが、ツンと鼻を突いてきた。シシカバブは中国では、「羊肉串」(ヤンロウチュア)と呼ぶ。文字通り羊の串焼肉に、新疆ウイグル独特の七味唐辛子を振りかけた名物料理だ。
地窩堡国際空港は改装して13年になる近代的な建物で、地元観光協会の人と思しき男性が、降り立った人一人ひとりに観光地図を配っていた。こんなサービスをしてくれる中国の空港は、他にはない。後に知ったが、観光客激減で、それほど苦労しているのである。
他の空港ではないハプニングにも出くわした。空港の出迎え口で待っていてくれるはずの現地の運転手が、見当たらなかったのである。というより、300人を乗せた飛行機が北京から到着したばかりで、他にも中国各地からの便が続々と到着しているというのに、出迎える人が皆無なのだ。代わりに重武装した武装警察が、拳銃を構えながら、空港構内をひっきりなしにパトロールしている。
空港建物の出口でも、やはり重武装の武装警察が銃を構えて立っていた。このような光景を見たのは、1988年のソウル金浦空港以来だ。当時のソウルは、オリンピック前に大韓航空機爆破事件の犯人・金賢姫が護送されたりして、ものものしい雰囲気だった。
空港の建物から外へ出ると、そこでようやく運転手と会えた。「新疆の空港では、チケットがないと空港自体に入れないのです」と運転手が言い訳する。こちらは文句の言いようもなかった。
ウルムチは、摂氏40度近いというのに、標高900メートルの高地のせいかカラッとしていて、それほど暑さを感じない。見上げると、雲一つない碧い空が広がっている。
新疆ウイグル自治区には、2通りの時間が存在することも、ウルムチ空港に到着してから知った。
ウルムチまでは、北京首都国際空港から西へ2435キロ、3時間24分の飛行で、北京から逆方向の東へ向かう東京(約2200キロ)よりも、やや遠い距離だ。ところが、日本と中国には1時間の時差があるのに、北京とウルムチの間には、公式には時差がない。中国政府が、「新疆ウイグル自治区は中国の不可分の領土」という原則から、「北京時間」を強いているのだ。
新疆ウイグルの人たちはそのために、朝5時前に日の出を迎え、夜10時半になってようやく陽が暮れるという不可思議な時間帯で生活させられている。そこでウイグル族の人たちは、自分たちで勝手に2時間遅らせた「新疆時間」を定めて生活しているというわけだ。その方が自然だからだ。
そのため、漢族とウイグル族が待ち合わせをする際には、どちらの時間なのかを確認する必要があるという。何とも不便に思えるが、実際に来てみるとそうでもないことが分かる。なぜなら、漢族とウイグル族は、同じ土地に暮らしながら、ほとんど接点を持たないからだ。
同じ土地に2時間ずれた二つの時間を使って生活する人たち---中国の少数民族統治の矛盾を象徴するような現実だ。