恋愛や性行為のない結婚をしたはずが…10年目で突然すべてが一変した「夫の一言」
筆者は「家族のためのADRセンター」という民間の調停センターを運営している。取り扱う分野は親族間のトラブル全般であるが、圧倒的に多いのが夫婦の離婚問題である。ADRは、「夫婦だけでは話し合いができない。でも、弁護士に依頼して裁判所で争いたいわけではない」という夫婦の利用が多いため、裁判所を利用する夫婦に比べると紛争性が低い。また、同席で話し合うことも多く、その夫婦の夫婦らしさというか、人間味のあるやり取りになることも多い。そこで「ADR離婚の現場から」シリーズと名付け、離婚協議のリアルをお伝えしたい。
今回のコラムでは性的マイノリティ夫婦の離婚を取り上げる。以前に比べると、多様性が認められる社会になったものの、いまだ多くの夫婦を悩ませる問題でもある。以下では、2組の性的マイノリティ夫婦の離婚協議を紹介する(あるあるを詰め込んだ架空の事例である。)
監修:九州大学法科大学院教授・入江秀晃
1組目の夫婦のケースは【子連れ再婚をした妻が「性的行為」を拒む…追い詰められた夫が抱く「大きな疑念」】から。
<夫婦の経過>
恋愛や性行為のない結婚
夏希とケンは結婚10年目だ。夏希は小学校の先生、ケンは飲食店の店長をしている。二人は、いわゆる友情結婚であった。友情結婚とは、恋愛や性行為のない結婚だが、偽装結婚とは異なり、性愛ではなく友情や様々な情によってつながる結婚のことをいう。
夏希はノンセクシャル(異性に愛情は持つが、性的欲求はない)、ケンはゲイであった。ケンは、高校に上がるころには自分の性指向に気付いていたが、親にも友人にもカミングアウトせずに過ごしてきた。一方、夏希は、男性を好きになることはあるので、他人と性指向が異なるとは気付かなかったが、男性と交際する度にそういう行為ができずに別れることが繰り返され、自分の性指向を自認するに至った。
そんな二人は友情結婚を専門に扱う結婚相談所で知り合い、結婚に至った。夏希は、男性と性的な関係は持ちたくなかったが、子どもが欲しかった。普通に出産して、子育てをして、家庭を持つという夢を描いていた。一方、ケンは、女性のことを性的対象として見ることはできないが、だからといって、ゲイの男性と交際したり、カミングアウトしたりする勇気が持てなかった。両親に心配もかけたくないし、家庭を持つことで社会から一人前として認められたいという気持ちもあった。
そんなふたりは何度も真剣に話し合い、互いへの理解を深めた上で結婚した。無事、体内受精で長女も授かり、幸せな家庭を築いていた。