筆者は「家族のためのADRセンター」という民間の調停センターを運営している。取り扱う分野は親族間のトラブル全般であるが、圧倒的に多いのが夫婦の離婚問題である。ADRは、「夫婦だけでは話し合いができない。でも、弁護士に依頼して裁判所で争いたいわけではない」という夫婦の利用が多いため、裁判所を利用する夫婦に比べると紛争性が低い。また、同席で話し合うことも多く、その夫婦の「らしさ」というか、人間味のあるやり取りになることも多い。そこで「ADR離婚の現場から」シリーズと名付け、離婚協議のリアルをお伝えする。
今回のコラムでは、「アスペルガーの妻との離婚」をテーマとする。アスペルガー症候群(自閉スペクトラム症)は、4対1で男性の方が多いと言われている。そのため、「アスペルガーの夫、カサンドラの妻」という言葉の組み合わせが定着している感がある。しかし、離婚の現場では、妻がアスペルガーだと主張されるケースもある。女性は男性に比べて社会適応力が高く、アスペルガーであることが見落とされがちだとの指摘があるが、夫婦関係においても気付かれにくく、関係がこじれることがある。以下では、そんな事例を紹介する(「あるある」を詰め込んだ架空の事例である。)
システムエンジニアの康太とwebデザイナーのサチは職場で知り合い、妊娠が先行するかたちで交際1年で結婚した。大きな生活の変化が訪れ、気分の浮き沈みもあるサチに康太は寄り添ってきたつもりだったが、サチの子育ての仕方にしだいに違和感を覚えるようになった。食事も自分はサラダだけを食べ、食べ終わるとさっさと食卓から離れてしまう。子どもと会話をするときも常にイヤホンを片耳に付け、音楽やラジオを聴いている。子どもが熱を出しても、康太に子どもを任せ、趣味のヨガへ出かけて行ってしまう。ギリギリまで我慢したがストレスで不眠症になった康太が心療内科に行くと、主治医から「妻はアスペルガー症候群なのでは」と言われる。医師から別居を進められた康太はADRを申し立てた。康太はサチに「今すぐにでも離婚はしたいが、治療や改善をしてくれるなら将来的に戻る可能性はゼロではないと思っている」と伝える。それに対してサチの反応はーー。
監修:九州大学法科大学院教授・入江秀晃
記事前編は【アスペルガーの妻の子育てに男性が覚えた、大きな違和感…離婚を決意した「人には言えないワケ」】から。

妻の日頃の不満が噴出
「そういう言い方は卑怯だと思います。受診や治療をしなければ離婚するぞという脅しですよね。確かに私はイヤホンをしていますし、子育てが得意ではありません。周囲から『お子さん、可愛い盛りね』なんていう声をかけられると、育児を楽しめない私は母親失格だと思って落ち込みました。でも、夫は私の辛さを理解してくれませんでした。育児や家事について、私のやり方に文句があるなら、夫が手伝ってくれればいいんじゃないでしょうか。いつも手は出さずに口だけ出してくる感じがあって、私たちがうまくいかない原因は夫にもあると思います」
ここからはサチの反撃が始まり、日ごろの不満が噴出した。一方で、次のような本音も語られた。