来る2025年は、戦後80年にして「昭和100年」でもあります。
大戦下の日本政府による「密命」を受けて、ドイツへと向かった5隻の潜水艦があったことをご存じでしょうか。そのうち、日本本土まで帰還することができたのは、わずか1隻のみでした……!
そしてその帰着日が、今から81年前の1943年12月21日です。
5隻の潜水艦は、広大な海の「どこを」「どう」潜行して、そして「何を目的に」遠い異国を目指したのか?
彼らの行く手を阻んだものはなにか?
そして、帰国した1隻が持ち帰り、戦勝国アメリカを驚かせた「ある貴重な物質」の正体とは……!?
ロング&ベストセラーの海洋三部作『日本海』『太平洋』『インド洋』で、日本にとってきわめて重要な「3つの海の秘密」を科学の視点で解き明かしてきた、ブルーバックスの人気著者のお一人である東京大学名誉教授・蒲生俊敬さん。
自らも深海潜水船での15回の潜航経験をもつ“潜水マスター”による、白熱の深海ドキュメントをお送りします。
アフラシアの時代
我々が今を生きる21世紀は、「アフラシアの時代」ともよばれます。アフラシアとは、アフリカとアジアを合わせた名称で、アフラシア諸国によって囲まれたインド洋への関心は年々、高まる一方です。
『インド洋 日本の気候を支配する謎の大海』(以下、「本書」または『インド洋』とよびます)は、さまざまな角度からインド洋のサイエンスに光を当て、歴史的な出来事にも視点を広げて、日本にとってのインド洋の魅力や重要性がどこにあるのかを明らかにすべく書いたものです。
インド洋と日本とをつなぐ、驚くほど多様で強固なつながりの数々ーーそれらを本書の随所にちりばめました。本書をきっかけに、インド洋に興味を持つ方が増えることを願っています。
「ただならぬ存在感」をもつ大海
以下では、本書に記すことのできなかった「番外編」として、かつてインド洋で繰り広げられた史実を一つ、ご紹介します。第二次世界大戦中、極秘のうちにインド洋を往復して(しようとして)いた日本の潜水艦の物話です。
『インド洋』のなかでも書いたように、ぼく自身、インド洋で計8回の研究・調査航海に参加し、のべ約300日間をインド洋の風に吹かれて過ごしました。
その際、航海荷物の中にいつも携えていたのが、吉村昭の『深海の使者』でした。1976年4月発刊の文庫本で、ぼくが持っているのは1988年8月発行の第9刷です。
これまでに5〜6回は通読したでしょうか。ページは黄ばんでヨレヨレです。
大戦中の1942年から1945年にかけ、波濤万里、インド洋から大西洋を経て、日本とドイツとのあいだを秘かに往来した日本海軍の潜水艦について詳しくまとめられた大作です。
当初は、「インド洋の風に吹かれながらゆっくり読もうか」くらいの軽い気持ちで持参したのだと思いますが、読み始めたら止められなくなりました。潜水艦の艦長をはじめ、乗組員たちが苦労に苦労を重ねる姿が髣髴(ほうふつ)と浮かび、眼前に広がるインド洋が、ただならぬ存在感をもって迫ってくるようになりました。