英国のEU離脱がもたらす安全保障上の論点
英国のEU離脱について、前もってブログならではの予想記事を書こうかとも思ったが、自分なりに詰めのところが見えなかった。投票数日前から英国入りしてて現地報道をしていたNHKの香月隆之特派員も投票前に、英国民は「良心」によって残留を選ぶだろう、と、おそらくうっかり言っていたのが印象的だったが、私もそうした「良心」を信じたい気持ちはあった。が、結果は離脱となった。
ので、これからどうなるのかという、一種後出し議論がメディアで盛んになりつつある。辺境ブログでもネタを投じて起きたいとも思うのだが、日本のメディアやジャーナリズムを見ていてしみじみ思うのは、やたらと経済にばかり関心をもっているものだなあということである。EUというのは、安全保障の枠組みでもあり、英国ではこの議論もけっこう盛んに行われていた。が、どういうわけか、日本人はこの問題にあまり関心を持たないように見える。
これも日本のジャーナリズムはどうかなあ、と思うのだが、先日、ドイツの2016年版防衛白書草案がリークされ国際的に話題になった。これに関する日本語で読める記事は少ないのだが、検索してみると「ロシアNOW」に「ドイツ白書でロシアは仲間か敵か」(参照)があった。
ドイツの「ディ・ヴェルト」紙は4日、2016年防衛白書が作成されていると報じた。その草案には、ロシアが2006年版防衛白書にあるようなドイツの「優先的なパートナー」ではなく、ライバルになっていると記されている。
「ロシアNOW」なんでロシアの文脈で書かれているが、むしろそのほうがわかりやすい面があるとしても、要点はそこではなく、EU軍の問題であった。
簡単な問いにしておこう。英国がEUを離脱した場合、欧州の安全保障はどうなるのか?ということである。
この問いが思い浮かばないほど平和な日本人は憲法九条の理想かあるいは米国の核の傘の下に安寧しているのか、あるいは別の理由があるのかもしれない。が、たかがブログなんで疑問は論じてもよいだろう。
その前に「ロシアNOW」の情報なんてそもそも信憑性があるのかという疑問がある人は、「フィナンシャルタイムズ」の関連記事「Germany to push for progress towards European army」(参照)を参照しておくとよいだろう。
日本語で読める記事を優先するので逆に話題が少し混乱する面もあるが、以下のBBC日本語記事では、EU離脱派の、ドイツを事実上中核とするEU軍構想への懸念から、離脱を説いている文脈で、キャメロン首相は否定論を掲げていた。「キャメロン英首相 EU離脱派の主張は「事実と異なる」」(参照)
キャメロン首相は、EU軍構想に対する警戒や、トルコが近くEUに加盟するとの見通し、英国がEU加盟で負担している費用に関する離脱派の主張を否定し、英国が離脱を選択すれば「根性なし」とみられるだろうと述べた。(中略)
また、EU加盟で英国が毎週3億5000万ポンド(約530億円)を負担しているとの離脱派の主張は「本当ではない」とし、EU軍構想は「実現しない」と述べた。EU軍創設に対する警戒からチャールズ・ガスリー元英参謀総長が先週末にEU離脱支持に回っている。
キャメロン首相は、「離脱支持の言い分はもちろんあるだろう」とした上で、「全く事実と異なる3つのこと」を理由に英国が離脱をんだりしたら「悲劇だ」と述べた。
ここはキャメロン首相の意見とチャールズ・ガスリー元英参謀総長の意見のどちらを見るべきかが問われるところで、さすがに後者の報道は日本にはないようだ。テレグラフには関連記事がある。「Field Marshal Lord Guthrie: Why I now back the Leave campaign」(参照)。実は彼の議論が、離脱が現実となった現在、重要性が増しているとは思う。
実際ところ、キャメロン首相自身も、英国のEU離脱を安全保障と関連付けて関心を持っていて、離脱と戦争の懸念を表明している。これもテレグラフ「David Cameron: Brexit could lead to Europe descending into war」(参照)に記事がある。
こうした問題を総合的にどう見るか。それがいよいよ問われ初めてきているが、全体構図はよく見えない。
おそらく一見焦点的に見える対露問題よりも、NATOとトルコの問題が重要になるだろう。
先のガスリー元英参謀総長の見解としては、有事の際、実質的にEU軍は機能せず、米国主導のNATOが実質的な軍事を担うので英国としては、EU軍に関わるより米国との軍事同盟を強化せよ、と受け取ってよさそうだが、この意見の評価以前に、すでにEU離脱を決定した英国としては安全保障上、集団的自衛はNATOベースにならざるをえないし、米英の軍事同盟はいっそう強化され、それに対応して、ドイツ主導の今後のEU軍構想とは齟齬が生じてくるだろう。余談めくが、英国が離脱したEUの共通言語はなにかと言えば、実質英語にならざるをえないという奇妙な事態にもなる。
そしてトルコが今後潜在的にさらに大きな問題になる。トルコはNATOと集団的自衛権を結んでいるが、従来はこれによって、ロシアがトルコに軍事的なちょっかいを出せば、NATOとしてロシアに向き合うという形で露土間の戦争の抑止力になっていた。が、トルコのエルドアン大統領が現在、実質てきに独裁権力を握りつつあり、スルタン化してくると、むしろトルコの軍事的な意向でNATOが動かされされかねない。というか、この問題は対ロシアというより、シリア問題、特にクルド問題に関連してきている。
独仏としては現状の難民対応を見ても明らかなように、トルコとの連携を実質的には嫌っており、集団的自衛権を発動してトルコの引き起こすいざこざに巻き込まれたくないので、EU軍ができてもむしろ、トルコをNATOに放り出す形で分離が進むのではないかと、私などは想像する。
まあ、こうした問題は、専門の識者がいるはずだと思うが、ざっと見渡したところではメディアでもジャーナリズムでもまたネットなども見かけなかったので、メモ程度に言及しておきたい。
| 固定リンク
「時事」カテゴリの記事
- 歴史が忘れていくもの(2018.07.07)
- 「3Dプリンターわいせつデータをメール頒布」逮捕、雑感(2014.07.15)
- 三浦瑠麗氏の「スリーパーセル」発言をめぐって(2018.02.13)
- 2018年、名護市長選で思ったこと(2018.02.05)
- カトリーヌ・ドヌーヴを含め100人の女性が主張したこと(2018.01.11)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント