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2014.07.30

ドイツ語を30日間ピンズラー教材で学んだ

 それほどドイツ語には関心があったわけでもないし、動機もそれほど強くなかったが、ピンズラー(Pimsleur)教材でドイツ語を学んでいこうと思って始めてから、30日が経った。
 当初は、なんなのこの簡単な言語、と思っていた。発音は簡単だし、文法は単純だし、時制も少ないし、コンジュゲーション(conjugation)も法則的だし、正書法もフランス語ほど複雑怪奇でもない、と。ところが、20日過ぎたあたりから、愕然と難しくなった。

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German I,
Comprehensive
 難しくなった理由は、ピンズラー方式の特徴だが、この頃から指導にその言語を使うようになる。だんだんとドイツ語でドイツ語を学ぶようになる。
 この指導に使うドイツが自分には聞き取りにくいうえ、れいの複文が枠構造しているから、指導のドイツ語理解しないと自分で発話できない。むずかしい。まいったなあ。その点、フランス語とか中国とかは、けっこうおうむ返しでなんとかなっていた。
 でもなんとか、30日間のフェーズ1を終えた。文法的にはようやく過去形が入ったくらい。学んだ単語も少ない。前置詞と格変化に戸惑うこともまだない。動詞の分離構文なども出てこないので、まだまだ初歩の段階。それでも、むずかしいという感じ。
 もうここでやめようかと戸惑っていたが、フェーズ2に進むことにした。その第1日が今日。初日は少し楽かなと思ったら、そうでもない。指導の人が一人増えて、その慣れない声は聞き取りにくい。
 この先でできるだろうか。フランス語や中国語のときとは別に、少し意気込みを抜いて繰り返し練習したらなんとかなるか、ためしてみるかという感じ。
 それはそれとして、30日とちょっとの間、ずっぽりドイツ語にはまってみるといろいろ思うことがあった。
 想像はしていたが、ドイツ語は呆れるほど英語と似ていた。しかも、現代の英語がフランス語のピジン言語化していない部分の差分を音変化の法則にかけるとドイツ語になっちゃうなあという感じだった。
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読んでおぼえる
ドイツ単語3000
英語からドイツ語へ
 特に、語彙に多い。たとえば、"weg"という単語がある。「ヴェック」のように発音する。意味は、英語だと"away"。ということろで、あれれと思う。これ、"away"を単純に音変化させると"awag"となるんで、これがさらに音変化して"weg"ではないのか。この点については確かめてはいないのだが、そう思った瞬間にすんなり記憶できる。
 こうしたなんか便覧ないかと探したら、『読んでおぼえるドイツ単語3000―英語からドイツ語へ』(参照)という絶版本があったので買ったら、なかなかよかった。最近ではこういう本ないんでしょうかね。
 英語で類推できることが逆効果にもなる。"gestern"は英語の"yester-day"から音変化でできるけど、現代のドイツ語の発音だと、「げっさん」に近い。やはり慣れて音から学ぶように切り替えないといけないとも思った。
 発音で戸惑ったのは、"so then"や"right then"の意味で、"also dann"というのだが、私の耳には「あいぞ・だん」と聞こえる。"aiso"について辞書の発音記号見ると「IPA: /ˈalzo/」とあるんで、「アルゾ」かなと思うと、とてもそうは聞こえない。その他にも、シーケンス中の"al"は、「あい」に近く聞こえる。流音が母音のiに近くなるのは英語でもあるし、フランス語などは顕著なのだが、ドイツ語でも起きるのだろうか。と、ちょっと調べてみた範囲ではわからない。いくつか音源を聞いてみると「アルゾ」と聞こえないでもないのはある。
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German II,
Comprehensive
 日本人が英語を学ぶときにもカタカナが問題になるが、ドイツ語もそうなんだろう。"Danke"や"Bitte"なんかも、「ダンケ」「ビッテ」とは聞こえない。「だんか」「びた」のように聞こえる。eはどうもシュワのようになっている。ちなみに、北京語の"e"もそうだった。
 その他、音で困るなあと思うのは、後続が母音の"s"や"w"が、ゆっくりした発音では有声音なんだけど、自然な速度だとけっこう、無声音化していることだった。このあたりは特に法則はないんだろう。
 全体として、ドイツ語って、音がきついイメージに思っていたが、イギリス英語よりもソフトにも感じられてきた。先入観を変えて、もっと耳を信じないといけないなと思う。もちろん、ドイツ語の場合、地方差が激しいのでいろいろな発音はあるのだろうけど。
 ドイツ語に慣れてくると、ヘーゲルやマルクス哲学に出てくる「止揚」の原語"aufheben"とかも自然に、"auf"+"heben"と聞けるようになる。これ、英語だと"on"+"lift"、なので、lift upくらいの感じになる。たぶん語感としては、「on状態から離して摘み上げる」というくらいではないか。なので、"off"の語感がって、そこから、"lift off"の語感もあるんのではないかと思う。
 とすると、「アウフヘーベン」というのは「くっついているものを摘み上げて、引き離してみたよん」くらいことなんじゃないだろうか。
 Wiktionaryに例文があるんだが。

Er hob seinen Hut wieder auf, der ihm vom Kopf geweht wurde.
 ⇒He again picked up his hat that was blown off his head.

Die Prohibition wurde aufgehoben.
 ⇒Prohibition was abolished.

Er hob das Buch auf.
 ⇒He kept the book.


 "abolish"の意味が出てくるのは、「引き離してみたよん」の結果なんだろう。もっと現代的には、"cancel"の意味でよさそうだ。
 なにが言いたいかというと、哲学だとこう言われているけど、どうなのか、と(参照)。

ヘーゲル弁証法の根本概念。あるものをそのものとしては否定するが,契機として保存し,より高い段階で生かすこと。矛盾する諸要素を,対立と闘争の過程を通じて発展的に統一すること。揚棄。アウフヘーベン。 〔ドイツ語 Aufheben の訳語。「岩波哲学辞典増訂版」(1922年)が早い例〕

 説明としては正しいのだが、もっと簡単なことなんじゃないのか。「なんかにひっついているものを摘み上げたら、状態が変わったよね」ということが根にあるんじゃないか。
 そういえば、フランス語の「不条理」が"l'absurde (absurde)"で、英語だと"the Absurd"だから、「何、これ、バッカじゃね」という語感なんで、「笑っちゃうでしょ」ということだった。
 他にも、ハイデガーの哲学にある、ドイツ語で「頽落」も"Verfallen"で、"Ver"+"fallen "。ただし、"Ver"は非分離なんで、普通に接頭辞なんだが、これも、"verkommen""verschlafen""verfahren"なんかと並ぶ。「間違ったところに落ちる」ということから、「頽落」という訳語もわからないけではないけど、現代ドイツ語の語感だと「期限切れ」。
 ようするに「ダメになった」ということ。あれ、ネットでよく言う「人をダメにするクッション」というのがあるけど、あの「ダメにする」が、ハイデガーの"Verfallen"なんだろう。ハイデガーといえば、"Das Man"という駄洒落のおかしさもわかった。
 なんなんだろなあ、この、原語の語感を知ったときの、あっけなさというか、へなへな感は。
 そういえば、若い頃、聖書をギリシア語で読んで、「へえ、聖書ってこう書いてあるんか」と驚いたときとも似ている。
 人は特定の言語のなかで思考する、とまでは思わないけど、フランス哲学やドイツ哲学というのも、その言語の原語文脈や含意に戻すと、けっこう、なーんだ感はある。
 小林秀雄が晩年、本居宣長に取り組んで、言語と思惟のことをうじゃうじゃ言っていたが、フランス哲学やドイツ哲学とかも、実際には、本居宣長の思索とそれほど変わらない。むしろ、翻訳文化の違和感に向き合いつつ、特定の言語に根付いた部分の語感と感性に戻ることが、日本人が日本人として考えるということなんだ、ということを小林秀雄は伝えたかったんだろう。全部がそうだとも思わないが。
 とま、日本人を56年やってようやく思うわけだが、もうちょっと若いときにわかっていたら、なんか楽だったかもしれない。何が、楽か、というと、むずかしそうに見える翻訳語文化って、あれ、実際は、もっと単純なことなんじゃないの、と割り切れたかな、と。哲学や文学が難しいとしても、翻訳語散りばめた難しさとは別のものなんだろう。
 
 

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コメント

単純に、ドイツ人は、なまりがあって、ドイツ人なら、その発音でどこの住人かわかるってやつじゃないかな?

投稿: | 2014.08.03 07:20

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