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2007.07.14

中国国家食品薬品監督管理局元局長鄭篠萸処刑、雑感

 中国国家食品薬品監督管理局元局長鄭篠萸(Zheng Xiaoyu)が10日午前北京で処刑されたというニュースを数日遅れて知った。別の類似の裁判と勘違いしていたので、まさかと私は思った。何の罪が死刑に値したか。食品や医薬品に故意に毒でも混ぜたのか。彼の罪は、同日付朝日新聞記事”中国食品薬品監督局長に死刑執行 薬品検査で1億円収賄”(参照)の見出しからもわかるが、賄賂である。しかも、一億円。それで人間の命を合法的に奪える国家が存在する。人権問題に敏感な人たちは反対の声を上げたのだろうか。
 同記事が示唆しているように。この死刑はある意味で外交的なメッセージである。


この日記者会見した同局政策法規部の顔江瑛・副部長は、事件について「重大な法律違反で、死刑は当然の結果だ」と述べた。中国当局は事件への迅速な対応をとることで、国内外で高まる中国製食品や薬品に対する管理体制の不備への批判をかわす狙いがあるとみられる。

 私は欧米でのこの事態の受け止め方をぼんやりと見ていた。明確な嫌悪表明はないのだろうか。ワシントンポスト”A Matter of Execution(執行という事態)”(参照)は示唆的に思えた。

The official Xinhua news agency did not say how Zheng -- sentenced on May 29 -- was killed on Tuesday. So we do not know if he was shot in the back of the head, as is customary. Nor do we know if his family was then presented with a bill for the cost of the bullet that killed him. This cruel twist has long been standard practice for dissidents in China, which carries out more court-ordered executions than the rest of the world combined, according to human rights groups.
(公式の新華社通信は、5月29日死刑判決を受けた鄭がこの火曜日に処刑された手段について述べていない。だから私たちは、慣例通りに彼は後頭部を打ち抜かれたかどうか知らない。また彼の親族に、彼を打ち抜き死に至らしめた弾丸費用の請求書が渡されたかどうかも知らない。この残忍なやり口は長期にわたり中国反体制派を処分する標準的な手法であり続けているし、それは、人権保護団体によると、裁判所命令の処刑として実行された事例としては、残りの世界を寄せ集めた事例より多い。)

 そして、コラムはこう締められている。

Flagrant abuses of power discredit the party with a people who value morality and decency in public life. One well-publicized execution may reassure markets abroad, but it is unlikely to defuse China's internal tensions.
(権力の乱用は、公的生活において道徳と良識を重視する人民に対して、中国共産党を貶めるている。広報された処刑は対外市場を安定化させるかもしれないが、中国国内の緊張を緩和することはないだろう。)

 このあたりが欧米人の一つの典型的な受け止め方かもしれない。
 ところで中国史についてまったく無知でもない私はこの事態について、しかしそう驚くべきことでもないのかもしれないと心の隅で思い、そしてこの事態はこれだけのことかと思ってもいたのだが、さらに驚愕することがあった。政府の事実上の代弁である人民日報にこの事態についての社説が掲載され、どうやら中国政府は今回の処刑を中国国内および全世界に正義として強くアピールしているようなのだ。CRI”「人民日報」、元国家食品薬品監督管理局長の死刑執行で社説 ”(参照)より。事実を述べたものでありベタ記事に近いのであえて全文引用する。

 中国国家食品薬品監督管理局の鄭篠萸元局長が10日午前、北京で死刑を執行されたことを受けて、11日付けの「人民日報」は、社説を発表しました。社説では、「これは、法律の公正と正義の精神が十分表現されただけでなく、中国共産党と国家が断固として腐敗を処罰する決心も表している」としています。
 社説は、また、「腐敗を摘発し、廉潔な政治を提唱することを重点に置く。また、幹部らが自律して、党の規定と国の法律を遵守し、権力や金銭などからの誘惑に打ち勝つよう教育していく。党では、法律を守らない特殊な党員の存在は許さない」と強調しました。(翻訳:藍)

 該当社説を探したが、私は中国語が読めないのでわからなかった。が、英語ではこれが相当するのではないかと思ったのが、”Only death penalty can atone his towering crime!”(参照)である。表題を直訳すれば「死刑のみでしか彼の累積した犯罪は償えない!」となるか。結語を引用しよう。

As part of the effort to cope with corruption, no "extraordinary and special" Party members are allowed to stay aloof the laws and no corrupted elements permitted to have any place to hide themselves. Whoever daring to commit outrages and run amuck in defiance of state laws will be subjected to severe punishment of the Party disciplines and the state laws.
(収賄を扱う努力の一環として、法律から除外される例外かつ特別的な共産党員は存在せず、身を隠せるような場所を許す収賄的な要素も存在しえない。暴挙を遂行し、国法を無視し反逆すればいかなる者であろうとも、共産党の掟と国法によって厳罰に処すことになるだろう。)

 孫子にある美人部隊の逸話を読んでいるような錯覚に陥るが、ようするに鄭篠萸の死刑とは、厳罰が本当であることを示すためのコミュニケーション技術でもあったのだろう。そして、わざわざこうして国家がその死刑を正当化するために国内外に大々的にアナウンスしているところをみると、ユニバーサルなコミュニケーション技術のつもりでもあるだろう。
 私にはついていけない世界だし、ついていきたくもない正義の世界だ。が、そんな甘ちゃんではやっていけないのだろう。もうひとつパンチが効いていたようだ。朝鮮日報”収賄で死刑となった前薬品監督局長の遺書公開=人民網”(参照)によると、人民日報は鄭篠萸の遺書まで公開したらしい。

「明日には死ぬ。恐ろしい。あの世でわたしから被害を受けた人たちに許されるだろうか」


遺書には「家族の誇りと喜びと興奮の対象だった自分が全国民の公敵1号になっている。このような結末になるとは夢にも思わなかった」と書かれていた。


米国FDAが1年間に出す新薬の許可は140件に過ぎないが、鄭前局長は在任中に15万件の許可を出した。しかし官僚の腐敗に慣れた中国人の反応は、彼の懺悔に対しても冷たかった。彼本人も遺書で、「国民は死刑宣告に拍手で喜んでいた。国民の怒りがそれほどのものとは思わなかった」と告白している。

 私は阿Q正伝(参照)を思い出した。

輿論の方面からいうと未荘では異議が無かった。むろん阿Qが悪いと皆言った。ぴしゃりと殺されたのは阿Qが悪い証拠だ。悪くなければ銃殺されるはずが無い!
 しかし城内の輿論はかえって好くなかった。彼等の大多数は不満足であった。銃殺するのは首を斬るより見ごたえがない。その上なぜあんなに意気地のない死刑犯人だったろう。あんなに長い引廻しの中に歌の一つも唱わないで、せっかく跡に跟いて見たことが無駄骨になった。

 嗚呼、魯迅先生!

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コメント

噛み砕いていた中国産食品を汚染報道のせいで飲み込めずにいたら、責任者ぶっ殺したよと言われ驚いて口からポロリ。そんな感じです。
ひどいニュースは珍しくありませんが、このエントリには驚かされました。

局長より上の責任は不問で本人を比喩でなくバッサリ、これが海の向こうで起きていると思うと、死生観が揺さぶられます。
それにしても公開された遺書はすごい。本物なのでしょうか。

投稿: hamanako | 2007.07.14 22:25

 こういうのを「知りたくないニュース」というんでしょうか?
 遺書が本物かどうか、確かに気になりますね。

投稿: desk | 2007.07.14 23:16

自分の会社では、中国勤務の日本人の中に処刑を見たがる輩もいました。でも、これを読みながら中国でどうモノを作ってゆくか考える人が
いればと思いますが。

投稿: 魚 | 2007.07.15 00:16

訳の話ですが、billは請求書としたほうがわかりやすいかと思います。

嫌な請求書ですが……

投稿: h | 2007.07.15 00:35

組織の責任を個人になすりつけて幕引き、というのは、
(1)日本人拉致事件に対する北朝鮮の対応
(2)パンナム機爆破事件に対するリビアの対応
に見られるように(中央集権的組織では)極めて一般的なことと思われます。

投稿: Andalusia | 2007.07.15 06:41

hさん、ご指摘ありがとうございました。billの訳語に合わせて訂正しました。

投稿: finalvent | 2007.07.15 07:41

検索条件:安部英 殺人

薬害エイズ・安部医師批判が名誉毀損とされた判決
http://www.jca.apc.org/toudai-shokuren/abeyasuda-meiyo-tisai/yousi2.html
http://www.jca.apc.org/toudai-shokuren/abeyasuda-meiyo-tisai/hannketu.html

記事2(96年3月21日号)
「彼は刑事裁判に付されて当然の犯罪者ですし,すでに殺人罪で告発されていますが,少なくとも10年ぐらいの実刑に問われて当然だと思います」
「殺人罪ということになれば,大量殺人ですから,死刑もあり得るでしょう」

投稿: msx | 2007.07.15 21:31

>むろん阿Qが悪いと皆言った。ぴしゃりと殺されたのは阿Qが悪い証拠だ。悪くなければ銃殺されるはずが無い!

未だと聞けば、ジャン・ピアジェが泣いてしまいそうな…
十二歳以下じゃあるまいし。


投稿: 夢応の鯉魚 | 2007.07.17 15:04

私もエントリ読みながら途中で阿Q正伝を連想しました。政治の大衆化が進む一方、力学的な構造が変化していないと何度でも繰り返されるのでしょうか。連想する我々も現代における想像力の貧困があるかもしれませんが。

投稿: カワセミ | 2007.07.19 02:08

中国関連のブログをあちこち読み始めてまだ3ヶ月ですが、こういう記事にもう麻痺してきている自分がこわい。
胡錦涛や温家宝は(前任者よりはるかにリベラルな出自にもかかわらず)完全に麻痺している自分達に気づかずに、情報をオープンにしようとして墓穴を掘っているように思います。

投稿: りーまん | 2007.07.19 02:48

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受信: 2007.07.15 04:24

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かの国では庶民の命など紙っぺら以下なのか? いや庶民どころか高官の命も紙っぺらだ。 [続きを読む]

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