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EUの労働法政策

2025年2月21日 (金)

EU最低賃金指令は条約違反で無効!?@『労基旬報』2025年2月25日号

『労基旬報』2025年2月25日号に「EU最低賃金指令は条約違反で無効!?」を寄稿しました。

 本紙では、2020年3月25日号で「EU最低賃金がやってくる?」を、同年11月25日で「EU最低賃金指令案」を寄稿しましたが、その後の展開については紹介しそびれていました。同指令案は2022年10月19日に正式に採択され、その国内法転換期日は2024年11月15日でした。つまり、既に加盟国内で動き始めているはずです。ところが、去る2025年1月14日、EU司法裁判所のエミリオウ法務官は、同指令は条約違反であるから全面的に無効とすべきであるという意見を公表し、大きな騒ぎになっているのです。今回は、なぜそんな事態になったのかを見ていきたいと思います。
 そもそも、EUは加盟国が批准した国際条約によって設立された国際機関であり、その権限はEU条約とEU運営条約によって限定されています。そして、EU運営条約第153条第5項には、「本条の規定は、賃金、団結権、ストライキ権及びロックアウト権には適用しない」と、明示的にこれら分野の適用除外が規定されています。これは、マーストリヒト条約の社会政策協定以来35年間維持されている規定であり、賃金や組合型集団的労使関係は加盟国の専権事項であることを謳った規定です。
 ところが2020年1月14日、就任したばかりのフォン・デア・ライエン委員長率いる欧州委員会は、彼女の「私の欧州アジェンダ」に沿って、最低賃金に関する労使への第1次協議を行い、6月3日の第2次協議を経て、10月28日には最低賃金指令案を提案しました。旧稿はこの頃の状況を解説したものです。フォン・デア・ライエンは、賃金決定や労使関係の適用除外なんぞは保守的な経営側の要求で入ったものに違いないと考え、労働側は諸手を挙げて賛成すると思い込んでいたようですが、あにはからんや、同指令案に対する最も強く激しい批判は、スウェーデンやデンマークといった北欧諸国の労働組合から投げかけられたのです。
 旧稿では協議前日の1月13日付のEUObserverに、スウェーデン専門職連合のテレーゼ・スヴァンストローム会長が寄稿した「なぜEU最低賃金は労働者にとって悪いアイディアなのか?」を紹介しましたが、指令案提案直前の2020年9月16日付のSvenskt Naringlivに、スウェーデン企業総連合のマチアス・ダール副事務局長、スウェーデン労働組合総連合のスザンナ・ギデオンソン会長、交渉協力協会のマルチン・リンダー会長の3者連名で寄稿した「EUの最低賃金指令は受け入れ難い」は、こう明確に論じています。
・・・我々の労働市場モデルは、労使団体が賃金、労働時間その他の労働条件のような問題について労働協約を結ぶことに立脚している。スウェーデンでは、このモデルは数十年にわたって経済の成功と福祉の強化に貢献してきた。これは、国家は賃金決定に関与しないということを意味する。国家の関与は柔軟性に欠け分野ごとに調整されない賃金決定、使用者にとってのコストの増大をもたらし、労働者の交渉力を掘り崩す。
 我々の労働市場モデルは社会の他の部分と深く結びついている。社会保障制度や我々の福祉モデルはスウェーデンの労働協約モデルと絡み合っている。それゆえに、法定最低賃金の問題は一見したところよりも広範で重要なのだ。それは本質的に我々のナショナル・アイデンティティと主権に関わる。社会福祉モデルは労使システムの不可欠の一部なのだ。・・・
・・・指令案は、労使団体が労働協約を通じて賃金を規制する責任を持つという我々の賃金決定モデルの心臓を打ち抜く。欧州委員会が予告する内容でこの問題を規制しつつ、同時に労使団体が賃金決定責任を分け合う我々の自己規制モデルを守ることは不可能だ。
 加えて、フォン・デア・ライエンの提案は自己規制モデルを掘り崩す危険のある並行する労働市場規制を作り出す。いかに設計しようと、最低賃金指令は我々の自己規制的労働協約システムを深刻に混乱させるだろう。
 そして、EU運営条約の上記規定を持ち出して、指令案は条約違反であると主張します。このように、EU最低賃金指令に対する反発は、北欧諸国の労使が共有するまさにナショナル・アイデンティティに関わるものであったのです。
 指令案提案後の2021年7月13日にSocialEuropeに、スウェーデンの労使関係研究者二人(ゲルマン・ベンダー&アンデルス・キェルベリ)が寄稿した「最低賃金指令は北欧モデルを掘り崩す」は、もう少し詳しくこの懸念を論じています。スウェーデンといえども組織率は100%ではなく、未組織労働者も1割程度います。フォン・デア・ライエンのいうように「すべての者が労働協約か法定最低賃金を通じて最低賃金にアクセスできるべき」となると、そこからこぼれた者をどう扱うべきか、EU司法裁判所の判断に委ねられてしまいます。その結果、法定最低賃金を設定せざるを得なくなると、指令に従って協約賃金より遥かに低い中央値の60%に設定されてしまいます。スウェーデンでは現在、協約賃金が未組織労働者のベンチマークとして使われていますが、それが遥かに低い法定最低賃金に落ちてしまうというのです。その結果、最低賃金が二重化し、協約賃金に基づく企業と法定最低賃金に基づく企業との間に競争の歪みが発生するとともに、スウェーデン企業が協約から逃げ出す可能性もあります。これを避けるためには協約の国家による一般的拘束力制度を導入せざるを得ませんが、それ自体がスウェーデンモデルにとっては呪いの代物で、組織化を妨げ、高い組織率を引き下げる危険性があるというわけです。こうした懸念の背景にあるのは、いうまでもなくラヴァル事件を初めとするEU司法裁判所の一連の判決があります。北欧諸国は、EUが自国の労使関係システムを尊重してくれるとは信じてはいないのです。
 こうした北欧諸国の猛烈な反発にもかかわらず、EU最低賃金指令は2022年10月19日に正式に採択されました。これに対し、翌2023年1月18日、デンマーク政府が欧州議会と閣僚理事会を相手取って同指令の無効をEU司法裁判所に訴えました(C-19/23)。同年4月27日にはスウェーデン政府も原告に加わりました。同指令は上記EU運営条約第153条第5項に反しているから無効であるという訴えです。この訴訟はまだ判決が出ていませんが、EU司法裁判所では判決の前段階に法務官による意見が出されることになっており、多くの場合その線に沿った判決が出されます。それゆえに、今回のエミリオウ法務官の意見は注目されたのです。
 同意見は136パラグラフからなる膨大なものですが、その結論は極めてシンプルです。
Ⅶ. 結論
136.以上に照らして、私は次のように司法裁判所に提案する。
- EUにおける十分な最低賃金に関する2022年10月19日の欧州議会及び閣僚理事会の指令2022/2041を、EU運営条約第153条第5項に反しており、それゆえEU条約第5条第2項に規定する授与原則に反していることを根拠として、全面的に無効とし(annul in full)、
- 欧州議会と閣僚理事会にその費用を払わせる。
 法務官意見の詳細は省略しますが、重要な論点について述べておくと、EU運営条約第153条第5項の「賃金」の適用除外は、男女同一賃金のような他の項目の一部として賃金も含まれるような場合は対象とならず、その限りで賃金に関するEU立法は認められますが、逆に欧州議会や閣僚理事会、他の加盟国が言うように、EUレベルで最低賃金を設定するようなケースにのみ限定されるべきではなく、賃金決定自体を規制するような場合も含まれ、同指令はまさにこれに該当すると言います。従って、同指令はEU運営条約第153条第5項の「賃金」の適用除外に反するものであり、全面的に無効とされるべきだというわけです。
 この意見に対して、北欧労組も加盟している欧州労連(ETUC)は猛反発していますが、いつもの議論と違って、これは労使間で対立している問題ではなく、異なる労使関係システムの間での対立であるだけに、その扱いはなかなか難しいように思われます。まずは今年中にも予想される判決がどうなるか、注目して見ていきたいと思います。

 

2025年1月20日 (月)

EU最低賃金指令は条約違反で無効@欧州司法裁法務官意見

去る1月15日、欧州司法裁判所のエミリオウ法務官は、2022年10月に成立し、2024年11月に国内法転換期日が到来していたEU最低賃金指令について、デンマーク及びスウェーデンの訴えを認め、同指令を全面的に無効とすべきという意見を公表していました。

https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/HTML/?uri=CELEX:62023CC0019

VII. Conclusion

136. In the light of the foregoing, I propose that the Court of Justice:

–        annul in full Directive (EU) 2022/2041 of the European Parliament and of the Council of 19 October 2022 on adequate minimum wages in the European Union, on the ground that it is incompatible with Article 153(5) TFEU and, thus, with the principle of conferral laid down in Article 5(2) TEU;

これについては、今までも何回か論じてきましたが、やっぱりEU運営条約のこの明文の規定にあまりにもあからさまに反しているのは確かでしょう。

第153条 

5 本条の規定は、賃金、団結権、ストライキ権及びロックアウト権には適用しないものとする。 

2024年12月29日 (日)

欧州におけるセックス労働者の権利運動と労働組合@欧州労研

C1wp13 欧州労研(ETUI)が「The sex worker rights movement and trade unionism in Europe(欧州におけるセックス労働者の権利運動と労働組合)」という報告書を公表しています。

The sex worker rights movement and trade unionism in Europe

In this paper, we review the European sex worker rights movement and instances of trade unionism that have grown out of it before focussing on three case studies of contemporary sex worker organising: Red Umbrella in Sweden (RUS), the sex worker section (SW-S) of the Freie Arbeiter*innen Union (Free Workers’ Union) in Germany, and the Sex Workers’ Union (SWU) branch of the Bakers, Food and Allied Workers Union (BFAWU) in the United Kingdom. All three organisations demand decriminalisation, destigmatisation and decommodification and engage in social and political strategies to achieve these goals. In addition, SWU and SW-S are engaged in trade unionism in pursuit of decommodification. Read together, these case studies demonstrate that criminalisation, repressive regulation and stigma adversely affect sex workers’ strategies, including the trade unionism that is supposed to decommodify their labour via access to individual and collective labour rights and broader social welfare rights. At the same time, these groups report several successes, from effective peer to peer support networks to growing acceptance within trade unions and legal victories concerning employment status and other workplace issues. European and international labour institutions and national trade unions are uniquely placed to play a key role in supporting the decommodification strategies of the sex worker rights movement. This support must, however, extend to decriminalisation and destigmatisation.

本報告書において我々は欧州のセックス労働者の権利運動とそこから生み出されてきた労働組合運動の事例を概観したうえで、今日セックス労働者を組織している3つのケーススタディに焦点を当てる。すなわち、スウェーデンのレッド・アンブレラ(RUS)、ドイツの自由労働組合のセックス労働者支部(SW-S)、イギリスのパン・食品労組(BFAWU)のセックスる労働者組合(SWU)である。これら3組織は全て脱犯罪化、脱スティグマ化、脱商品化を求め、これら目標を達成する社会的政治的戦略に関与している。さらに、SWUとSW-Sは脱商品化を追求する労働組合運動にも関与している。併せて読めば、これらケーススタディは犯罪化、抑圧的規制およびスティグマが、個別的及び集団的労働権へのアクセスと広範な社会福祉権を通じてその労働を脱商品化しようという労働組合運動を含め、セックス労働者の戦略に悪影響を与えることを示している。同時に、これら集団は、効果的な仲間同士の支援ネットワークから労働運動内部での受容の拡大、雇用上の地位や他の職場の問題に関する法的な勝利に至るいくつもの成功を報告している。欧州オヨに国際的な労働組織と各国労働組合はセックス労働者の権利運動の脱商品化戦略を支持する上で重要な地位にいる。しかしながら、この支援は脱犯罪化と脱スティグマ化に拡大しなければならない。

なかなか興味深い報告書です。

 

 

 

2024年12月 3日 (火)

EU(偽装)研修生指令案は継続審議

昨日の雇用社会相理事会の結果が理事会サイトに載っていますが、

Employment, Social Policy, Health and Consumer Affairs Council (Employment and Social Policy), 2 December 2024

Combatting unfair traineeships

The Hungarian presidency sought agreement on the Council’s negotiating position (‘general approach’) for the ‘traineeships directive’, which aims to improve working conditions for trainees and prevent employers from disguising employment relationships as traineeships.

Although a number of member states were ready to support the text as it currently stood, others felt that more time was needed to discuss outstanding issues. As a result, the Council will continue to work on the proposal under the Polish presidency.

The presidency also presented a progress report on the Council recommendation on a reinforced quality framework for traineeships, which calls for all trainees to be paid fairly, have access to adequate social protection and be given a mentor.

多くの加盟国が提示されたテキストに同意したが、他の諸国は、全研修生に公正な賃金支払や十分な社会保護とメンターへのアクセスといった問題解決にはなお時間が必要と感じた。

というわけで、昨日の段階で一般的アプローチには達せず、継続審議となったようです。

 

 

2024年12月 1日 (日)

EUの(偽装)研修生指令案の理事会合意案が骨抜きに?

今年3月に、欧州委員会が「研修生の労働条件の改善強化及び研修を偽装した正規雇用関係と戦う指令案」(「研修生(偽装研修対策)指令案」)を提案したことは、本ブログでご紹介したところですが、明日(12月2日)に予定されている雇用社会相理事会でこの指令案についての一般的アプローチ(昔の「共通の立場」で、ほぼこういうことで合意したというもの)に合意される予定の案文というのが、理事会のサイトにアップされています。

https://data.consilium.europa.eu/doc/document/ST-16136-2024-INIT/en/pdf

このテキストをざっと見たところ、第5条の研修を偽装する正規雇用関係であるかどうかを判断する詳細なチェックリストが丸ごと削除されていることが分かりました。

第4条の偽装研修を是正させろという規定は残っていますが、どういうのが偽装研修なのかというリストが消えてしまっているんですね。

Chapter III Employment relationships disguised as traineeships

Article 4
Measures to combat employment relationships disguised as traineeships
Member States shall provide for effective measures in accordance with national law or practice,
including where appropriate controls and inspections conducted by the competent authorities, to
combat practices where an employment relationship is disguised as a traineeship whereby trainees
are not considered as employees by the traineeship provider but should be, in accordance with the
law, collective agreements or practice in force in the Member State, with consideration to the case
law of the Court of Justice.

Article 5
Assessment of employment relationships disguised as traineeships
1.For the purposes of Article 4, Member States shall ensure that an overall assessment of all
relevant factual elements of the traineeship is performed in accordance with national law or
practice.
(a)[deleted]
(b)[deleted]
(c)[deleted]
(d)[deleted]
(e)[deleted]
(f)[deleted]
2.For the purpose of the assessment referred to in paragraph 1, Member States shall ensure
that traineeship providers provide, upon request, the competent authorities with the
necessary information, which may include the following:
(a)the number and employment status of trainees and the number of persons in an
employment relationship hosted by that traineeship provider;
(b)the duration of traineeships;
(c)the tasks and responsibilities of trainees and of comparable employees.
(d)[deleted]
(e)[deleted]
3.[deleted]

第5条第1項の全面削除されてしまった各号列記は、欧州委員会の原案ではこうなっていました。

(a) the absence of a significant learning or training component in the purported traineeship;
(b) the excessive duration of the purported traineeship or multiple and/or consecutive purported traineeships with the same employer by the same person;
(c) equivalent levels of tasks, responsibilities and intensity of work for purported trainees and regular employees at comparable positions with the same employer;
(d) the requirement for previous work experience for candidates for traineeships in the same or a similar field of activity without appropriate justification;
(e) a high ratio of purported traineeships compared with regular employment relationships with the same employer;
(f) a significant number of purported trainees with the same employer who had completed two or more traineeships or held regular employment relationships in the same

(a) 研修と称するものにおける顕著な学習又は訓練の要素の欠如
(b) 研修と称するもの又は同一使用者との複数若しくは連続的な研修と称するものの長すぎる期間
(c) 研修と称するものと同一使用者と比較可能な地位にある正規雇用被用者の間で課業、責任、労働負荷の水準の同等性
(d) 研修応募者に対し、正当な理由なく同一ないし類似の分野での就労経験を要求すること
(e) 同一使用者の下で正規雇用関係に比して研修と称するものの比率が高すぎること
(f) 同一使用者の下での研修生と称するものの相当数が2以上の研修を修了しているか又は研修と称するものに就く前に同一又は類似の分野での正規雇用関係を有していること

もちろん、偽装研修を正そうという指令の目的自体は変わっていないのですが、そのための判断基準が削除されてしまったということのようです。

まあ、明日の雇用社会相理事会でどういう議論になるのかもわかりませんが、とりあえず現時点の状況はこういうことのようです。

 

 

2024年11月26日 (火)

EUの研修生(偽装研修対策)指令案が前進するか?

来る12月2日に予定されている雇用社会相理事会において、今年3月に欧州委員会が提案した研修生(偽装研修対策)指令案について共通の立場を採択する予定であると、理事会のHPに載っています。

Employment, Social Policy, Health and Consumer Affairs Council (Employment and Social Policy), 2 December 2024

Traineeships directive

The Council will seek to agree its position on the traineeships directive, which aims to improve working conditions for trainees and address employment relationships disguised as traineeships.

この指令案については、今年の4月に『労基旬報』にやや詳しい解説を寄せたので、まずはこれを読んでください。

EUの研修生(偽装研修対策)指令案@『労基旬報』

 本紙の昨年8月25日号で、「EUトレーニーシップに関する労使への第1次協議」について書きましたが、その後第2次協議を経て、去る3月20日に、欧州委員会は「研修生の労働条件の改善強化及び研修を偽装した正規雇用関係と戦う指令案」(「研修生(偽装研修対策)指令案」)を提案しました。今回はこの指令案の内容を紹介したいと思います。なお、今回からトレーニーを研修生、トレーニーシップを研修と呼ぶことにします。日本でも研修生だから雇用に非ずという偽装問題が存在するので、問題の共通性を明確にするためにも、その方がわかりやすいと思うからです。
 研修生をめぐる問題状況については、上記昨年8月の記事でも解説しましたが、スキルがないゆえに就職できない若者を、労働者としてではなく研修生として採用し、実際に企業の中の仕事を経験させて、その仕事の実際上のスキルを身につけさせることによって、卒業証書という社会的通用力ある職業資格はなくても企業に労働者として採用してもらえるようにしていく、という面では、雇用政策の重要な役割を担っていることも確かなのですが、一方で、研修生という名目で仕事をさせながら、労働者ではないからといってまともな賃金を払わずに済ませるための抜け道として使われているのではないかという批判が、繰り返しされてきています。
 そこで、EUでは2014年に「研修の上質枠組みに関する理事会勧告」という法的拘束力のない規範が制定され、研修の始期に研修生と研修提供者との間で締結された書面による研修協定が締結されること、同協定には、教育目的、労働条件、研修生に手当ないし報酬が支払われるか否か、両当事者の権利義務、研修期間が明示されること、そして命じられた作業を通じて研修生を指導し、その進捗を監視評価する監督者を研修提供者が指名すること、が求められています。
 また労働条件についても、週労働時間の上限、1日及び1週の休息期間の下限、最低休日など研修生の権利と労働条件の確保。安全衛生や病気休暇の確保。そして、研修協定に手当や報酬が支払われるか否か、支払われるとしたらその金額を明示することが求められ、また研修期間が原則として6カ月を超えないこと。さらに研修期間中に獲得した知識、技能、能力の承認と確認を促進し、研修提供者がその評価を基礎に、資格証明書によりそれを証明することを奨励することが規定されています。とはいえこれは法的拘束力のない勧告なので、実際には数年間にわたり研修生だといってごくわずかな手当を払うだけで便利に使い続ける企業が跡を絶ちません。
 これに対し、2023年6月14日に欧州議会がEUにおける研修に関する決議を採択し、その中で欧州委員会に対して、研修生に対して十分な報酬を支払うこと、労働者性の判断基準に該当する限り労働者として扱うべきことを定める指令案を提出するように求めました。これを受ける形で、同年7月11日に、欧州委員会は「研修の更なる質向上」に関する労使団体への第1次協議を開始しました。その内容は昨年8月の本連載記事で紹介した通りですが、その後同年9月28日には第2次協議に進み、法的拘束力ある指令という手段を用いるべきではないかと提起しました。そして今回、指令案の提案に至ったわけです。
 第2条の定義規定で、「研修」とは「雇用可能性を改善し正規雇用関係への移行又は職業へのアクセスを容易にする観点で実際の職業経験を得るために行われる顕著な学習及び訓練の要素を含む一定期間の就労活動」をいい、「研修生」とは「欧州司法裁判所の判例法を考慮して全加盟国で効力を有する法、労働協約又は慣行で定義される雇用契約又は雇用関係を有する研修を行ういかなる者」をいいます。ここで注意すべきは「正規雇用関係」と訳した「regular employment relationship」です。この訳語は日本の「正社員」を想起させるのでまことにミスリーディングなのですが(なので、今後より良い訳語を見つけたら変更したいと思っていますが)、同条では「研修ではないいかなる雇用関係」と定義されており、パートタイム、有期、派遣等の非典型雇用関係その他もろもろの、研修でないあらゆる雇用関係がこれに該当します。ここは是非ともきちんと頭に入れておいて下さい。
 第3条は研修生の均等待遇、非差別原則を規定しています。すなわち、賃金を含む労働条件に関し、課業の違い、責任の軽さ、労働負荷、学習訓練要素の重み等の正当で客観的な理由がない限り、同じ事業所で比較可能な正規雇用の被用者よりも不利益な取扱いを受けないことを求めています。
 第4条は研修を偽装した正規雇用関係と戦う措置と題し、正規雇用関係が研修であると偽装されることによって、労働条件と賃金を含む保護の水準がEU法、国内法、労働協約又は慣行により付与されるよりもより低いものとなる効果をもたらすような慣行を探知し、これと戦う措置を権限ある機関が採るよう有効な監督を行うことを求めています。これが本指令の最重要規定です。
 続く第5条は、研修を偽装する正規雇用関係であるかどうかを判断する詳細なチェックリストです。これは、研修をめぐる労働者性の判断基準という意味で、大変興味深いものです。
(a) 研修と称するものにおける顕著な学習又は訓練の要素の欠如
(b) 研修と称するもの又は同一使用者との複数若しくは連続的な研修と称するものの長すぎる期間
(c) 研修と称するものと同一使用者と比較可能な地位にある正規雇用被用者の間で課業、責任、労働負荷の水準の同等性
(d) 研修応募者に対し、正当な理由なく同一ないし類似の分野での就労経験を要求すること
(e) 同一使用者の下で正規雇用関係に比して研修と称するものの比率が高すぎること
(f) 同一使用者の下での研修生と称するものの相当数が2以上の研修を修了しているか又は研修と称するものに就く前に同一又は類似の分野での正規雇用関係を有していること
 これらの判断のために、使用者は必要な情報を権限ある機関に提供しなければなりません。また加盟国が、研修の長すぎる期間の上限ないし反復更新の上限を定めることや、研修生の募集広告に課業、賃金を含む労働条件、社会保護、学習訓練要素を明示するよう求めることも規定されています。
 以下、本指令案には施行や救済、支援の措置等の規定が並んでいますが、枢要な部分は以上の通りです。3月11日に合意されたプラットフォーム労働指令が、元の指令案にあった5要件のうち二つを満たせば労働者性ありと推定するという規定が削除され、国内法、労働協約、慣行で判断するという風になったことを考えると、この指令案がどうなるか予断を許しませんが、研修という特定分野における労働者性の判断基準を立法化しようという試みとして、日本にとっても大変興味深いものであることは間違いありません。

 

 

2024年11月11日 (月)

プラットフォーム労働指令がようやくEU官報に掲載

本日付のEU官報に、ようやくプラットフォーム労働指令が掲載されました。

DIRECTIVE (EU) 2024/2831 OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 23 October 2024 on improving working conditions in platform work

国内法への転換期限は、2026年12月6日です。

この抄訳はこちらにあります。

プラットフォーム労働における労働条件の改善に関する欧州議会と理事会の指令(プラットフォーム労働指令)

 

 

2024年10月15日 (火)

EUプラットフォーム労働指令正式に採択

去る3月と4月に閣僚理事会と欧州議会がそれぞれに同意していたEUのプラットフォーム労働指令ですが、その後どうなったのかニュースがなくなり、ようやく昨日の閣僚理事会のサイトに正式に採択されたというお知らせが載っていました。

https://www.consilium.europa.eu/en/press/press-releases/2024/10/14/platform-workers-council-adopts-new-rules-to-improve-their-working-conditions/

 The Council has adopted new rules that aim to improve working conditions for the more than 28 million people working in digital labour platforms across the EU.

The platform work directive will make the use of algorithms in human resources management more transparent, ensuring that automated systems are monitored by qualified staff and that workers have the right to contest automated decisions.

It will also help correctly determine the employment status of persons working for platforms, enabling them to benefit from any labour rights they are entitled to. Member states will establish a legal presumption of employment in their legal systems that will be triggered when certain facts indicating control and direction are found.

Next steps
The directive will now be signed by both the Council and the European Parliament and will enter into force following publication in the EU’s Official Journal. Member states will then have two years to incorporate the provisions of the directive into their national legislation.

現時点ではまだEU官報に掲載されていないようですが、早晩載るでしょう。

4月合意時点のテキストと比較してみますと、もちろん内容に関わる変更はありませんが、表現上の修正がかなりあちこちにあるようです。

ですので、『労働六法』2024年版所載の訳文は、若干変更する必要があります。

 

 

 

 

 

2024年7月25日 (木)

テスラ労使紛争の行方:ちきゅうにやさしいスト破り外人部隊

Teslastrike ソーシャル・ヨーロッパに「テスラ紛争:新たなフロンティア」(The Tesla dispute: a new frontier?)という記事が載っています。

https://www.socialeurope.eu/the-tesla-dispute-a-new-frontier

In the face of a prolonged strike for union recognition, Tesla has turned posted workers into strike-breakers.

組合承認をめぐる長引くストライキにもかかわらず、テスラは海外からの派遣労働者をスト破りに使い出した。

81tj1p4qhol_sy466__20240726093201   テスラの労使紛争については、今月刊行したばかりの『賃金とは何か』のあとがきで、日本の労働組合ヘの叱咤激励のネタとしてちらりと記述したところですが、

・・・その気概を示したのが、イーロン・マスク率いるテスラ社のスウェーデン工場で二〇二三年一一月、金属労組IFメタルが労働協約締結を拒否する同社に対して行ったストライキに、港湾労働者や郵便労働者などが同情スト(テスラ車だけ荷下ろし拒否、テスラ車のナンバープレートだけ配達拒否など)で協力したことです。この争議はまだ続いていますが、公共性とは国家権力への依存ではなく、産業横断的な連帯にあるという北欧労働者の心意気が示された事件です。

昨年11月からの産業横断的紛争に対して、イーロン・マスクはますます居丈高になり、海外からの労働力を使ってでも断固組合は認めないぞという姿勢を貫いているようですね。

Since February, using European Union rules on posted workers, Tesla has brought in workers from Belgium, Denmark, Finland, France, Ireland, Italy, Luxembourg, the Netherlands, Norway, Portugal and Switzerland. This is not only a new low for Sweden but also the EU.

テスラは2月から、海外派遣労働者に関するEU規則を使って、ベルギー、デンマーク、フィンランド、フランス、アイルランド、イタリア、ルクセンブルク、オランダ、ノルウェー、ポルトガル及びスイスから労働者を導入してきた。これはスウェーデンにとってのみならずEUにとっても新安値だ。

There is an onus on the commission and its re-elected president, Ursula von der Leyen, to ensure posted workers are not used to break strikes. Otherwise, capital becomes the only real bearer of rights under EU law. The new commission should instruct the European Labour Authority to investigate. And ‘green’ investment should be withheld from those companies unwilling to engage with independent collective representatives of workers and to sign agreements.

欧州委員会とその委員長に再選されたウルスラ・フォン・デア・ライエンには、海外派遣労働者がスト破りに使われないように確保する責任がある。さもなければ、資本はEU法の下で唯一真の権利者となってしまう。新欧州委員会は欧州労働監督局に対し本件を調査するよう指示すべきだ。そして、独立した集団的労働者代表と労働協約を締結しようとしないような会社からは、「グリーン」な投資は差し控えるべきだ。

そうなんですね。テスラの電気自動車、地球環境に優しいという触れ込みで、とりわけ欧州委員会の産業政策では持ち上げられる傾向にありますが、労働組合を拒否するような会社を、「ちきゅうにやさしい」とか言って褒めあげてるんじゃねえぞ、というわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

2024年7月18日 (木)

イギリス労働党政権の労働政策

Images_20240718124201 世界中でいろんなことが起こりすぎて、イギリスで久しぶりに労働党政権ができたことにあんまり気が行ってなかったのですが、その労働党の労働政策のマニフェストを見ていくと、労働者概念に関するこれまでの三分法を二分法に簡素化するという政策を提示していたんですね。

LABOUR’S PLAN TO MAKE WORK PAY

これの「片手落ちの柔軟性を終わらせる」(Ending “one-sided flexibility”)には、ゼロ時間契約とか解雇即再雇用といった問題と並んで「労働者の単一の地位」(Single status of worker)ってのがあって、現在のイギリスのemployee,worker,self-employedの三分法をやめて、労働者と純粋自営業者の二分法に簡素化するという一節が盛り込まれています。

Single status of worker

The UK has a three-tier system for employment status, with people classified as employees, self-employed or ‘workers.’

The Taylor Review noted this framework often fails to provide clarity for workers and business. Determining which category you are in – and your access to various employment rights and protections – requires knowledge of complex legal tests and an “encyclopaedic knowledge of case law”. This means many workers find it difficult to get a clear picture of where they sit and what protections they are owed, while business can also struggle to properly place staff and comply with legal obligations.

The rise of new technologies and ways of working has exacerbated this challenge, with workers and businesses struggling to apply the complex legal framework to novel forms of working and operating.

In some extreme cases, the ambiguity has been deliberately used to cut costs and avoid legal responsibilities. Labour believes our three-tier system of employment status has contributed to the rise of bogus selfemployment, with some employers exploiting the complexity of the UK’s framework to deny people their legal rights. The complexity has meant businesses and workers are reliant on lengthy legal processes to resolve issues.

Therefore, we will move towards a single status of worker and transition towards a simpler two-part framework for employment status. We will consult in detail on a simpler framework that differentiates between workers and the genuinely self-employed.

We will consult in detail on how a simpler framework that differentiates between workers and the genuinely self-employed could properly capture the breadth of employment relationships in the UK, adapt to changing forms of employment and guard against a minority of employers using novel contractual forms to avoid legal obligations, while ensuring that workers can benefit from flexible working where they choose to do so. We will also evaluate the way flexibility of ‘worker’ status is used and understood across the workforce and the way it interacts with and is incorporated into collective agreements.

We will also consider measures to provide accessible and authoritative information for people on their employment status and what rights they are owed, tackling instances where some employers can use complexity to avoid legal obligations.

 

 

 

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