本日のこれはひどい・その2 「法王発言の誤訳と誤報と誤読と誤解」
これである。
はてなブックマーク - Yahoo!ニュース - 時事通信 - イスラムは「邪悪」と発言=ローマ法王発言に怒り広がる
うっかり報道を真に受けて[これはひどい]といってしまったのだが、ブクマでも指摘にあるようにどうも様子がおかしい。
そして、原文をのぞいてみたところ、
CNN.com - Pope: Conversion by violence not of God - Sep 12, 2006
どうやら問題はこの「要約報道」にあったようなのである。
ローマ法王ベネディクト16世が、イスラム教が本質的に暴力を容認する宗教であるかのような発言をし、イスラム諸国から怒りの声が相次いでいる。(略)
ローマ法王は12日、訪問先の母国ドイツの大学で行った講義で、東ローマ帝国皇帝によるイスラム批判に触れ、「(イスラム教開祖の)預言者ムハンマドが新たにもたらしたものを見せてほしい。それは邪悪と残酷だけだ」などと指摘。その上で、イスラムの教えるジハード(聖戦)の概念を批判した。
Yahoo!ニュース - 時事通信 - イスラムは「邪悪」=ローマ法王発言に怒り広がる
問題は「かのような」という点だ。
原文をたどると、確かになんとも微妙な発言であることは確かだ。
"The emperor comes to speak about the issue of jihad, holy war," the pope said. "He said, I quote, 'Show me just what Mohammed brought that was new, and there you will find things only evil and inhuman, such as his command to spread by the sword the faith he preached.' "
ポイントはまさにここだろう。
He said, I quote,
(注:簡単に訳すと、「彼は引用してこう言いました」。となる。)
つまり、「現法王が東ローマ皇帝が*1引用した言葉をさらに引用して発言した。」ということである。
**********【ココ】「挿入」の<訂正>の「挿入」【カラ】**********
<コメント欄でのご指摘>
He said, I quote, ’Show me ... ”の部分ですが、I quoteは挿入です。
(根拠はクオーテーション・マークの位置です。)
つまり、He said ”Show me ...” とI quoteは別々で、
「私(=ベネディクト16世)は引用しますが、彼(=皇帝)は『……を見せなさい』と言いました」
ということになります。
よって、「現法王が東ローマ皇帝が引用した言葉をさらに引用」したのではなく、
「現法王は東ローマ皇帝の言葉を引用した」ということになります
誤訳を言上げする記事で誤訳してたら世話ないですね。
まぁ、幸いにも?
(注:簡単に訳すと、「彼は引用してこう言いました」。となる。)
の部分は間違ってなかったってことでなにとぞご勘弁ください。
<とてもためになる参考記事>
id:nofrillsさんの英文読解講座
I have got some news from ... - 「挿入」というややこしい問題
個人的には、
また、これは
I believe, Michael said, "I don't like punk rock."
Michael said, "I don't like punk rock," I believe.
というかたちでも、同じ内容を伝える文となる。
という部分を読んで、「英文法、テメーぶっころすぞw」と思いました。(主語と動詞が2個並ぶの禁止!!
**********【ココ】「挿入」の<訂正>の「挿入」【マデ】**********
なんともわかりにくいことはなはだしい、実にクドクドしい発言である。
だが、報道されていない後段の発言を読めばその意図がいかなるものははっきりとしている。
"The emperor goes on to explain in detail the reasons why spreading the faith through violence is something unreasonable," Benedict said.
"Violence is incompatible with the nature of God and the nature of the soul," the pope said, issuing an open invitation to dialogue among cultures.
(私訳)
「皇帝は暴力を利用して信仰を広げることに何の理由もないことを説明しようとしたのです」と法王は言った。
そして、「暴力は、神の本質や魂の本質と交換できるものではない」と言い、異文化間での対話の必要性を示唆しました。
これのどこが、「問題のある発言」なのだろうか。
しかし、現実に問題は発生している。
ならば、発言内容に問題があったのではなく、その発言形式にこそ問題があったとみるべきではないだろうか。
それを示す箇所がこれである。
Clearly aware of the sensitivity of the issue, Benedict added, "I quote," twice before pronouncing the phrases on Islam and described them as "brusque," while neither explicitly agreeing with nor repudiating them.
(注:要するに、法王は発言の際に「唐突ですが」とのことわりをつけた上で「引用ですよ」と二度も念を押したということである。)
つまり、何度も念を押さないといけないような発言とは、すなわち、発言者自身も誤解を招く可能性を十分に意識していた発言であるということになる。
要するに、法王が背負わなくてもいいリスクをわざわざ背負った発言形式を選択してしまった、と言うことがまさに問題だったのである。
そして案の定、そのリスクは、問題として具現化したというわけである。
なぜ、わざわざこんな言い回しをしたのか。
おそらくその理由は、この発言が「母国ドイツの大学で行った講義」におけるものだったという環境要因が作用していることは間違いないだろう。
この「唐突ですが」とのことわりで始まる「とある言葉の引用」というのは、アカデミックなセカイでは毎度お決まりの話法として、極めてベーシックなものである。
この「引用」は、実にさまざまな効果を持っている。
その効果とは、
自分の発言に客観性を持たせると同時に、自分の教養レベルを相手にアピールすることで知的ヒエラルキーを形成し、さらに、すでに出来上がった先人の言葉を使うことで自分が新たに対象について言葉をひねり出すという作業を省略することが出来る、といったものである。
まさに、一粒で二度も三度もおいしい話法なのである。
これに味をしめたら、その甘い誘いから逃れることはなかなかに難しい。
特に、それが「許される」ひいては「求められる」ような場面においては。
大学という環境下に身を置いたことでつい、そのような二重鍵括弧言語を多用する学者気分で発言をし、
そして、高精度読解力を基礎とするその場においては、それが全く問題のない発言として受け取られたのであろう。
事実、発言内容自体に問題はないのだから。
よく読めば発言と報道が違うという指摘をするのはたやすい。
対して、法王がイスラームのジハード(聖戦)を肯定していないことも確かである。
しかし、
やはり、何万何億という人々の耳目に届く言葉において、専門的リテラシー能力を持つごくごくわずかな人々にだけ向けた「二重鍵括弧の付いた言葉」を発したことが、この問題のすべての原因ではないだろうか。
10億人とも言われるカソリックの頂点に立つ法王は、この点について責任を負わなければならない。
世界全体の大学進学率は1%程度に過ぎないのだから。
さらに付け加えれば、この「誤報」問題を引き起こした責任があるのは、イスラム圏に対して法王発言の恣意的な要約と誤報を撒き散らしたメディアにもある、といえるだろう。
関連:
小林恭子の英国メディア・ウオッチ : 思考の壁? ローマ法王のスピーチ(オススメ:問題の箇所の丁寧な日本語訳と、欧州の社会背景の解説があります。)
eirene - ローマ教皇ベネディクト16世に、イスラム諸国が抗議している件
kom’s log - 誤謬
Where Sweetness and Light Failed - Violence is Incompatible
*1:どこからか、おそらくは当時の世評か?