誰が長野電鉄屋代線の廃止を決めたのか。

katamachi2011-02-26

 2011年2月2日、長野市役所で開催された会議で長野電鉄屋代線の廃止が決められた。

長野電鉄活性化協議会は2日、長野市役所で開き、屋代線を廃止し、バス運行に転換することを決めた。
長野電鉄屋代線は「廃止」 活性化協議会が決定信濃毎日新聞2011å¹´2月3æ—¥

 続く、2月24日の会議で、長野電鉄の笠原甲一社長は「3月中に(国に)廃止届を出し、1年後に廃止したい」と表明している。早くも路線の整理に手を付けたようだ。
 この協議会。審議の経緯は新聞報道やHPなどで追っていたが、途中から屋代線廃止ありきで議論は進められていた。
 基本、鉄道好きなんで採算が悪いローカル鉄道であっても存続して欲しいとは思う。
 ただ、そうした「願い」だけでは鉄道は存続しないというのも了解している。年間何千万円という赤字を地元自治体が負担する気があるのかどうか。市民が身銭を切ってまで存続するつもりがあるのかどうか。みんなか必要としているのかどうか。
 もっとも、今回の屋代線廃止決定劇。なんで廃止という決断になったのか。協議会ではきちんと説明されていない。鉄道として存続できるかは最初から話題になっていない。
 しかも、実は最終決定でこんなことがされている。

委員26人の無記名投票の結果、「屋代線を廃止し、バス運行に転換」が過半数の14票で、「実証実験継続」は11票だった。1票は白紙だった。

 無記名投票か。巧妙だなあ。誰が「屋代線を廃止」と投じたのか分からないようになっている。
 地元の長野市松代・若穂地区の住民自治協議会からは「長野電鉄活性化協議会の議論の進め方や決定に反発」する声が相次いでいるようだ。長野市議会の公共交通対策特別委員会がヒアリングなども開いたようだけど、長野市役所は粛々と廃止を進めるつもりらしい。

(以下の写真は長野電鉄の写真ですが、屋代線とは無関係の電車です念のため)
 

長野市役所で屋代線の存廃問題がヨソ事っぽく扱われている理由

 長野電鉄屋代線の営業キロは24.4km。このうち、長野市域16.3km、須坂市域3.9km、千曲市域4.2kmとなる。
 ただ、長野電鉄長野線のある須坂駅界隈、しなの鉄道のある屋代駅界隈(旧更埴市→千曲市)ではさほど屋代線の価値は問題にならない。鉄道を利用するにしてもほとんどの市民は長野線やしなの鉄道なんだし、正直、屋代線がなくても問題は少ない。
 だからこそ、屋代線の存廃問題は、沿線の8割を占める長野市の課題であるとも言える。長野市役所の意向一つで存廃は決まる。
 でも、屋代線問題はあまり長野市役所では大きな話題として取り上げられていない。

長野電鉄 マルーン時代 (RM LIBRARY(86))

長野電鉄 マルーン時代 (RM LIBRARY(86))

 というのも、屋代線の中心駅である松代駅と長野市役所。かなり距離が離れている。屋代線のある旧松代町域は長野市域においてはかなり外れのエリアに位置するからだ。
 松代という町は、かつて真田家の居城のあった場所で、以前は一つの町域を設定していたが、1966年に長野市が市域拡大をした際に長野市内に組み込まれている。戦時中、松代大本営の増築が進められていたこととしても知られている。
新版 ガイドブック松代大本営 (新日本Guide Book)

新版 ガイドブック松代大本営 (新日本Guide Book)

 興味深いのは、信濃毎日の「http://www.shinmai.co.jp/news/20110219/k-3.htm:title=屋代線の実証実験継続を要望へ」という記事。

長野市議会の公共交通対策特別委員会は18日、松代地区に出向き、沿線の松代、若穂両地区の住民自治協議会代表ら8人と意見交換した。

 ここに「松代地区に出向き、沿線の松代、若穂両地区の住民自治協議会代表ら8人と意見交換」という言葉がある。
 ちょっと気にならないだろうか。なぜ長野市議たちが長野市内の集落でヒアリングするのに、「松代地区に出向き」と遠来地に赴くような表現があるのか。ここに屋代線存廃問題と長野市役所との距離感が浮き彫りにされている。
 地図を見て欲しい。

大きな地図で見る
 旧松代町エリアと他の長野市域。その間には、日本最大の河川、千曲川(信濃川)が流れている。地理的には川で断絶されたエリアだ。
 経済圏も微妙に異なる。商工会議所でも、松代は長野本体とは別の組織を構えている。長野市側の視点からすると、川の向こうにある松代は遠隔の地。「松代地区に出向き」という言葉にその距離感がいみじくも浮かび上がっている。
 橋で川を渡れば長野市篠ノ井エリア、そして幹線道路沿いにロードサイド型の街並みが続く市郊外部にも程近い。近くなってきたし、だからクルマやバスで長野市中心街へ人が流れるようになった→屋代線の地盤沈下がさらに深刻となっていったのだろう。
 でも、多くの長野市民にとって、長野市議にとって、旧松代町域に利用者が限定される屋代線問題はヨソ事のようなものだ。
 長野市政(千曲市・須坂市政)にとって屋代線存廃問題がさほど真剣に考えられてこなかった理由はそんなところにも要因があるというのは想像できる。そうした温度差が、廃止ありきで進められた長野電鉄活性化協議会への松代エリア側の反発へと繋がっていく。

屋代線の廃止はどうやって決められたのか

 長野電鉄活性化協議会の議事録などは長野市役所HPで公開されている。

  • 企画政策部 > 交通政策課 > 交通政策課 審議会情報 > 長野電鉄活性化協議会

http://www.city.nagano.nagano.jp/pcp_portal/PortalServlet?DISPLAY_ID=DIRECT&NEXT_DISPLAY_ID=U000004&CONTENTS_ID=18816
 2月2日に屋代線廃止を決めた第12回長野電鉄活性化協議会のもろもろもアップされている。
http://www.city.nagano.nagano.jp/upload/1/kotuseisaku_nagaden12gaiyou.pdf
 一部委員から、議論が成熟していない段階で決めるのは早計では……と疑問符が投げかけられるのだが、

  • 会長「本日、採決することについては前回の会議での決定事項である。ご意見として受け賜る。」
  • 会長「今後の方向性を決めることについては、前回まで皆様の考えをお聞きして、決定していただいたこと。」

と協議会の会長(長野市副市長)はつれない対応だ*1。
 そして投票での採決についても

  • 委員「私も第1案の投票方式が適していると思う。オリンピックの開催地決定など、外的要因に影響されず、記録が後に残る。」
  • 委員「今後長野線の協議になるかもしれない。誰がどこにいれた、ということが世間に出ることは決してよいことではない。投票がよいと思う。」

とかいう言葉たけが飛び交い、これにも全員が「異議なし」ということになった。
 最終的に無記名投票となり、結果、

案の概要 得票数
総合連携計画を見直し、引き続き実証実験を実施 11票
屋代線の存続について更なる検討を続けるために、屋代線を一時休止しバスによる代替運行 0票
バス代替による地域の交通手段の確保 14票
白紙 1票

となった。僅差ではあるが、「バス代替による地域の交通手段の確保」が選ばれた。

なぜ屋代線は廃止しないとダメなのか。理由が説明できてないから揉めている

 そもそも屋代線は輸送密度が300人程度とも聞くし、それ以前に屋代線のルートは現在の旅客流動とズレてしまっている。存在するのはかなり難しいと僕は思う。
 ただ、長野市役所が廃線ありきで協議会をリードしていたのには疑問を感じた。
 鉄道を存続させるためには何が必要なのか。何億円が必要で、それをどうやったら捻出できるのか。それが協議会でどこまで話題となったのか。平成22年度事業(実証実験等推進施策)は地元住民主導でやらせてはいたが、彼らのガス抜き的な意味しかなかった。努力してもムダだというのを確認するだけの作業に過ぎなかった。
 そして、協議会は予定通り一年半で審議満了。そして、三択の無記名投票で廃止決定。
 だから、

  • なぜ廃止になったのか
  • 誰が廃止を決めたのか

という肝心なポイントが曖昧になった。
 そして無記名投票から3週間。早くも話題は2012年3月に向けてのバス転換の方に、
……って、ちょいと待てよ、と言いたくなる人たちもいるだろう。住民側が不信感を抱くのも当然だ。
 廃止決定後の議論で長野電鉄社長の発言が読売で紹介されている。

笠原社長は協議会後、「来年3月の廃止は、定期券利用の通学者などを考えた区切り。(これまでの協議会で)我々の負荷を減らす議論がなかったのは残念だ」と述べた。また、「引き受ける会社があれば線路をお譲りする」とした。線路用地は時価20億円を超すという。
屋代線廃止届、年度内に読売新聞2011å¹´2月25æ—¥

 鉄道で存続するときに鉄道用地を20億円で誰かが引き取るように……なんて議論は出ていたのか。議事録では20億円の土地を引き継いで鉄道を存続させていく可能性について議論はされていない。それを後になって逃げ口上として使うのはなんなんだろう。
 このままでは長野電鉄活性化協議会は次回以降もまだまだ揉め続けることになるのだろう。鉄道事業法が2000年に改正されて廃止届けを出せば1年後に廃止できるという「1年ルール」ができてはいるが、今回のケースはいろいろとややこしくなりそう。
 やはり、協議会=長野市役所は、

  • バス転換
  • 鉄道としての維持

の2つがどれくらい可能性があるのか。比較考慮した上で、

  • 年間赤字1億円を長野市役所は負担できません
  • 長野電鉄も資金的人材的な負担に耐えられません
  • お金が集まる目処もつきません
  • 市民の代表である議会でも廃止やむなしという方向になりました
  • だから総意で廃止と決めました

と、きちんと順を追って説明すべきだった。もう1年ぐらい丁寧に議論を重ねる必要があった。少なくとも利用者の代表が参画しているはずの長野市議会できちんと討議されるべきであった。
 でも、協議会=長野市役所がきちんと利用者と討議をした気配はない。廃止に必要な分析やアンケートをコンサルタント業者に丸投げしている。
 それでは……揉めるよな。

誰が屋代線を「殺す」ことを決めたのか

 鉄道を廃止とするという決断は市民に歓迎されるはずがない。問答無用で批判されてしまうからだ。
 でも、無記名投票となることで、批判の矢面に立たなくても済むことになる。
 十数年前、長野オリンピック誘致の件を覚えているだろうか。誰が決定にゴーサインを出したのか、予算と実態はどうなのか。開催前にも後にも長野政界を揺るがす大騒動になり、後の田中康夫県知事誕生の伏線となった。批判の中心は県庁に対してであったが、長野市役所もいろいろと指摘されていた。政治的判断を外部から批判されたくない→だから決定者が誰か隠したいという意図が働いたのか。
 

今回、誰が屋代線の廃止に賛成したのかは分からない。
 けど、http://www.city.nagano.nagano.jp/upload/1/koutsu_nagaden1-iinmeibo.pdfに委員の名簿がある。
 委員27人のうち、長野電鉄社長1人、長電バス常務1人が混じっている。長野市は副市長1人と元助役(ながの観光コンベンションビューロー理事長)1人。長野県庁と須坂市、千曲市の関係者は6人くらいか。これにプラス、利害関係のある川中島バスあたりも同調したのかな。三セク成立となったらカネを無心される可能性のあるJR東日本、しなの鉄道、地元財界はどう判断したのか。長野電鉄の組合はどうしたんだろう。
 まあ、それを詮索されたくないから無記名なんだろうというのは分かる。

 実は、この議決に至った重要なターニングポイントが一年半前の2009年9月にあった。同年7月の「鉄道に関する市民(長野市、須坂市、千曲市)アンケート調査」が公表されたのだ。「屋代線を普段利用している沿線住民が全体の8・5%」→「屋代線利用と関心の低調さを裏付け」→「屋代線廃止やむなし」という空気が醸成されていく。
 ただ、このアンケート、手法面でいろいろと問題がある。屋代線を利用することがありえない長野市域も調査対象地域になっていて、だから屋代線の評価が実態以上に低く数字で示された。廃止させたかったから駅勢圏5kmという無茶苦茶な設定がなされたんだよね。その調査の杜撰さもいろいろと指摘したいのだけど、それはまた別の話。

*1:ちなみに、第11回の議事録もアップされている。http://www.city.nagano.nagano.jp/upload/1/kotuseisaku_nagaden11gaiyou.pdf 会長「来年2月には最終的に方向性をまとめていきたいと考えているが、よろしいか。」全員 「異議なし」。確かに、議事録の上では全員が「異議なし」と発言したことになっているがまあ形式的なモノだろう