法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『国が燃える』事件の無反省

[twitter:@Fuwarin]氏が本宮ひろし作品に対して批判しているTogetterに対して、傍証のように持ち出している過去の出来事について大きな異論がある。
ビジネスジャンプの「有終の美」を台無しにした連載漫画について - Togetter

@t_iori まぁ、機会があれば目を通される事をお勧めしますが、最新号のビジネスジャンプでも、某有名漫画家が似たようなことやってしまってますからねえ……数日前にツイートしたので覚えておられるかもしれませんが、以前満州周りの話で似たような事をしでかした方です
Fuwarin 2011/10/10 13:05:48


@t_iori 昔ヤングジャンプで日中事変周りの話を書いた時も、一方的な説だけを取り上げて描写したものだから、あちこちから歴史交渉などの点で非難が殺到して、事実上打ち切りになったという前歴があるのですよ。しかも今回はBJの長い歴史の最後の、有終の美を飾るべき号の、
Fuwarin 2011/10/10 13:13:22


.@t_iori 百歩譲って歴史的解釈云々ならともかく(事実誤認があるので結局アウトですが)、現在進行形の事象でそれやったら、例え「表現の自由」云々を振りかざしてもアウトですし、それを止めなかった編集サイドも、雑誌社として資格はありません。その観点でBJは休刊してしかるべきかと
Fuwarin 2011/10/10 13:17:49

「一方的な説」や「事実誤認」とは何か、具体的に問いたいところ。
『国が燃える』の当該描写はフィクションとして比較的に証言資料に忠実な描写をしただけであって、「ほとんど削除・修正の必要がない」*1と日本近現代史を専門とする歴史学者から評価されている。資料にされた証言記録『目撃者が語る日中戦争』自体も、どちらかといえば保守派に位置する猪瀬直樹監修によるものだった。



打ち切りにいたった経緯も、「あちこちから歴史交渉などの点で非難が殺到」とぼかされているが、その実態は2ちゃんねるで集まったオフ会メンバーや街宣車による抗議、活動家の西村修平氏*2や犬伏秀一議員*3が出版社に乗り込んでの抗議文提出*4、さらには複数の地方議員が連名で出した抗議文など、政治が表現を抑圧する典型的な例だった。
そして抗議文を実際に見れば、むしろ抗議側こそ「事実誤認」に基づいた「一方的な説」を実態として押し付けていたことがわかる。
いぬぶし秀一の激辛活動日誌

私たちは、各地域において、青少年の健全育成と、異常な自虐的歴史観の排除に奮闘している地方議員です。
貴社が平素より、出版物を通じ、青少年の健全育成に努められている由、敬意を表するものでございます。しかしながら、貴社発行『ヤングジャンプ』42、43号に掲載されている、本宮ひろ志氏作「国が燃える」については、その史実考証の稚拙さなど、看過する訳にはいきません。つきましては、各議員連名のうえ、下記のとおり抗議いたしますので、平成16年10月12日までに誠意ある回答、対応及び面会を求めます。

個人的には『ヤングジャンプ』が青少年の健全育成に努めているとは思わない。

1. 所謂『南京大虐殺』は、当時の体験者や、研究者、学者により、諸説が分かれているところであり、ないという強力な証拠があるものの、あるという確証がない状態で、松井石根氏、岸信介氏等実名を使用し、これをあたかも戦争の真実として漫画化している。

ここでは「諸説」の詳細な提示がされていない。こういう記述をすれば、それぞれの「説」が持っている妥当性の差異を無視して「諸説が分かれている」と主張でき、ひいてはデマを一つの説として流布させることができるわけだ。「一方的な説だけを取り上げて」という一見すると中立的な批判は、実際にはデマに加担する危険性も大きい。
しかも抗議文は直後に「ないという強力な証拠があるものの、あるという確証がない」と断言している。むしろ抗議側に対して「一方的な説」と批判してしかるべき話なのだ。

2. 中国の真偽定かでない写真を用い、百人斬りを事実として記載し、意図的 に歴史を歪曲している。

百人斬り名誉毀損裁判が行われていた時期のこと。もちろん裁判は本多勝一氏や新聞社側の完全な勝訴で終わり、逆に原告側の証言で兵士側から百人斬りの情報が持ちかけられたことが明らかになった。
なお、本多勝一氏ら被告は百人斬りが戦闘中に行われていたという説をとっていたわけではない。戦中時の戦意高揚記事は実態と異なっていたという認識だ。そしてその説は、まさに『国が燃える』でも踏襲され、逆に当時の戦意高揚記事内容をデマとして批判していたのだ*5。


「百人斬りを事実として記載」という抗議文の表現自体にも、疑問符がつけられてしかるべきだろう。

3. 歴史的認識が確立されていない青少年に多大なる影響を与える貴誌に、史 実ではない残虐なシーンが登載された事は、次代を担う青少年の心を傷つけ、遺憾である。

この主張は、歴史認識という争点を超えて、表現というものの根本を否定しかねない内容と感じる。青少年健全育成を主張する人間が、必ずしも実際に青少年の心をおもんばかっているわけではない一例ではないだろうか。

4. 事の重要性を認識せず、問題の事実関係についての調査研究を怠り、大東亜戦争従軍の将兵、遺族さらには日本国及び国民の誇りに傷をつけ、辱めさせた行為は厳に慎むべき行為であり、フィクションと記載された「漫画」であっても許されない。
 

以上

「日本国及び国民の誇りに傷をつけ」とあるが、実際には日本政府からして南京大虐殺の実在を公式に認め続けている。「諸説あり」という記述もあるが、それは「被害者の具体的な人数」という差異であって、具体的な犠牲者数を出したわけでもないフィクションを否定できるわけがない。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/qa/08.html

問6.「南京大虐殺」に対して、日本政府はどのように考えていますか。


日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、多くの非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています。

しかも抗議文の末尾を見てわかるように、「フィクション」と明記されていたことは、抗議側も認識はしていた。つまりTogetterのコメント欄にある[twitter:@tikuwa_ore]氏の認識は、いささかのずれがある。

『国が燃える』問題の争点は、あくまでもフィクションである事が強調されてなかった点ではないかと。歴史的事実を元にしたフィクションがダメとか、部数がどうだからはどーでもいい問題。
tikuwa_ore 2 days ago

フィクションと認識した表現を抑圧する者が、活動家や政治家にも少なからずいる。しかもその問題は、フィクション表現を好んで受容するような層にすら、忘却されてしまっている。


ちなみに下記ツイートはFuwarin氏が同日に投下したもの。異なる話題に対してらしいが、『国が燃える』事件についても適用して考えてもらいたい。

『国が燃える』事件では、自身の信じるデマに反する表現を突きつけられた側が、思考停止を超えた実力行使に出た。逆に、デマではないものをデマ扱いされた出版社が「抗議」されて「思考停止」に陥ったといえる。その意味を噛みしめてほしい。

*1:笠原十九司『南京事件論争史 日本人は史実をどう認識してきたか』241頁。

*2:威力業務妨害で逮捕収監されたような程度の人物。かつては在特会と協力関係を持っていたが、現在は別れている。

*3:たちあがれ日本に所属する、現職の地方議員である。

*4:その際の恫喝も疑われている。

*5:http://page.freett.com/tekkin1989/kunimoe/sonota.htmlから画像を又引用。