zoomin/zoomoutを繰り返すことによって見えてくる世界

サイバーカスケードという話に前から疑問があった。

インターネットには、同じ考えや感想を持つ者同士を結びつけることをきわめて簡易にする特徴がある。つまり人々は、インターネット上の記事や掲示板等を通じて、特定のニュースや論点に関する考えや、特定の人物・作品等に関する反発や賛美等の感想を同じくする者を発見することができるようになる。加えて、インターネットは不特定多数の人々が同時的にコミュニケートすることを可能にする媒体でもあるので、きわめて短期間かつ大規模に、同様の意見・感想を持つ者同士が結びつけられることになる。その一方で、同種の人々ばかり集結する場所においては、異質な者を排除する傾向を持ちやすく、それぞれの場所は排他的な傾向を持つようになる。

そうした環境の下では、議論はしばしばもともとの主義主張から極端に純化・先鋭化した方向に流れ(リスキーシフト)、偏向した方向に意見が集約される。そして、かような場所では、自分たちと反対側の立場を無視・排除する傾向が強化され、極端な意見が幅を効かせるようになりやすい。

ネット内のコミュニティは出入りが自由だから、極端な意見を持つ者同士で集まりやすいということはよくわかる。

しかし、同時に、出入りが自由だから、普通、人はたくさんのコミュニティに所属して、それぞれのコミュニティで情報を仕入れ意見をかわす。飲み会も旅行も結婚式も葬式も全部企業の中で閉じていた、一昔前のサラリーマンよりは、ずっと、多様な考えに接する機会を自然に持てるはずだ。

先鋭的で極端な意見のコミュニティが増える一方で、その両方を見渡す人も増えている。だから、激しい意見のぶつかり合いは増えるが、社会全体としてのコミュニケーションは複雑になっていくので、単細胞な主張に流されることは少なくなると私は考える。

問題は、その「複雑なコミュニケーション」を感じとれるセンスがあるかないかだと思う。

「複雑なコミュニケーション」とは、あるコミュニティの内部で知的に高度な議論が行われているということではない。コミュニティの内部の議論が、メンバーの所属する別のコミュニティに波及し、さらに、そのコミュニティのメンバーが所属するコミュニティに波及するというプロセスだ。

自分と同じコミュニティに属している人とは話が(あるテーマの範囲内では)通じるけど、その人が属する別のコミュニティの会話にはよくわからない言葉が出てくる。そして、その次のコミュニティに行ったら、話していることが全く意味不明かもしれない。

だけど、そういう遠いコミュニティと自分は、2〜3人の人を介して間接的につながっている。だから、何らかの相互作用は起きていると思う。

つまり、自分の見えない所で相互作用が起こっていて、それを自分は直接見ることはできない(見ても理解不能だ)けど、全体として社会は回っているという感覚。社会の中には、自分の理解できない会話がたくさんあるけど、それを全部理解しなくても、自分は社会に参加している、参加していると言ってもいいんだという感覚。

それで、突然話が変わるけど、iPhoneのUIのポイントは、zoomin/zoomoutが簡単に直感的に素早くできることで、これが訴求するかどうかは、その「自分の見えない所でも回っている社会に参加している感覚」に相関があるのではないだろうか。

ちょうど、産経新聞がiPhoneアプリをリリースしていて、これは紙の紙面をそのまま見せるだけのアプリなんだけど、zoomin/zoomoutを繰り返すことで、それなりに使えるアプリになっている。これについては、次のレビューが詳しい。

広告モデルも、現状の新聞のままでいけるし、しかも編集インフラも現状のままでおk。

あたりまえを凄い事にした、産経新聞に脱帽。

RSSリーダ起動←→フォルダ(カテゴリ)一覧←→フィード一覧←→タイトル一覧←→概略表示←→本文表示 という流れも、ある意味では zoomin/zoomout だ。iPhoneのアプリは多くがこういうスタイルになっていて、アプリの起動をあるカテゴリの概略と見ることもできる。

そう見ると、iPhoneとは、あらゆる情報にzoomin/zoomoutしながら世界を見る小窓である。マルチタッチによって、いろんな形で zoomin/zoomout を直感的に素早くできることが iPhone の利点である。

そして、zoomin していった先では、かなり細分化された特殊なコミュニティの中にいるんだけど、一瞬で zoomout して、そのコミュニティを外から見る位置に立てる。そして、さらに zoomout して、広い世界の中でのそのコミュニティの位置を確認することができる。それを一瞬で往復できる。

別の例で言えば、finetuneという音楽を聞くアプリがある。これは次のレビューに詳しい。(同時に取り上げられているOurStageというサービスも面白いサービスである)

これは、自分の好きな曲を自由に登録してplaylistを作り、それを無料でいつでも聞けるという、何とも太っ腹なサイトである。ただし、playlistの曲数が45曲以上、同じアーチストの曲は3曲以内という制限がある。

このソフトの場合、自分の作成したplaylistをそのまま聞いている時が、zoomin の状態である。つまり、自分の好みにフォーカスした自分だけの閉じた世界である。

しかし、finetuneには他にもいくつか機能があって、簡単に使えるものとして「アーチストラジオ」という機能がある。これは、アーチストの名前を入力すると、そのアーチストにゆかりがある曲をどんどん流してくれるラジオだ。

このアーチストラジオがなかなか良くて、渋い選曲をしてくるのだけど、これはplaylistの情報をうまく活用しているのだと思う。

曲数が45曲以上、同じアーチストの曲は3曲以内という不思議な制限は、実際に作成してみるとわかるが、結構、その人の音楽に関わる個人史みたいなものを強制的に吐き出させるのに丁度いい曲数となっている。だから、これを使って「近いアーチスト」「関連するアーチスト」を選ぶと、一般的なつながりには出てこないつながりが含まれて、いい感じになるのだろう。

それはともかく、自分のplaylistを聞いているとzoominの状態だが、アーチストラジオを聞いているとその周辺を見渡せるzoomoutの状態になる。つまり、その好みの周辺にあるけど自分の知らない曲を聞くことができる。*1

だから、物凄く広義に解釈すると、finetuneも「zoomin/zoomoutが素早くできるソフト」としてくくることができると思う。

要するに、iPhone のソフトの良し悪しは、zoomin/zoomoutというキーワードに集約されるのではないだろうか。zoomin/zoomoutを簡単にできるかどうか、zoomin/zoomoutをどううまく活用しているか、zoomin/zoomout回りのUIがどれだけ使いやすいか、そこをクリアしていると、iPhoneらしくて、使いやすくて、有用なアプリになるということだ。

そして同時に、zoomin/zoomout の往復運動を常時できているかどうかによって、社会全体の見え方が随分違うものになるような気がする。というか、「自分の見えない所で回っている社会」に敏感で潜在的にzoomin/zoomoutというニーズを持っている人が、iPhoneに飛びついたということだろうか。

ちなみに、このエントリのアイディアを思いついた時に、ZeptoPadというソフトで次のようなメモにした。

まだ手になじむ所まで行ってないのだけど、このソフトもzoomin/zoomoutにちょっとこだわっているソフトだ。うまく使うと強力なツールになるような気がする。


一日一チベットリンク→チベット一人旅中なんだけど、何か質問ある? 働くモノニュース : 人生VIP職人ブログwww


(追記)

関連する動画を集めてみました。

まず、記事中で取りあげたものです。

YouTube - iPhoneアプリ「産経新聞」

YouTube - ZeptoPad - a handwriting tool for iPhone

それと、(広義の)zoomin/zoomoutの感覚があるアプリ。

YouTube - Daijirin(大辞林) for iPhone - Today's App No.305

YouTube - Seadragon iPhone App.mp4

YouTube - iPhone 2.2でのストリートビュー

YouTube - Google Earth for iPhone and iPod touch

YouTube - Byline 2.0 for iPhone and iPod Touch

それから、標準Webブラウザの拡大/縮小を強調したデモ。

YouTube - iPhone pinch

あと、BB2Cという2ちゃんねるビューアーも紹介したかったのですが、これは動画が見つかりませんでした。

板一覧の画面や画面間の移動等、(広義の)zoomin/zoomoutの操作が工夫されていると思います。

*1:私の場合、「Joe Zawinulラジオ」でかかったSalif Keitaという人がなかなか良くて、今度買おうかなと思っています