陰謀論的プロジェクトに関わる個人情報はなぜ流出しないのか?

9.11に関わる陰謀説が再燃しているようだけど、私には陰謀論全般に関わる大きな謎がある。いったい、彼らはどういうメソッドでプロジェクト管理をしているのかということだ。

ソフトウエア開発プロジェクトにおいては、メンバー全員に周知徹底しておくべきプロジェクトの目的や原則がある。これはソフトウエア開発に限らず、多人数が関わるプロジェクトでは必須のことだと思うけど、これを100%徹底するのは非常に難しい。

たとえば、「悪い情報ほど早く報告せよ」ということは非常に重要な原則なのだけど、これを標語として壁に貼っておけばみんな守ってくれるなら苦労はない。このお題目を唱えるマネージャーは多いけど、実際に悪い報告があがってきた時に適切な対応が取れる人は少ない。「なんでそんなことになっているのだ、バカモン!」なんて、せっかく報告してくれた人を叱りつけてしまう。これでは、いくら口先で「悪い情報ほど早く報告せよ」なんて言っても、誰もそのとおりには動かない。

悪い情報が報告された時、決して感情的にならず、ちゃんとその根本的な原因を分析し、誰もが納得できるような対策をしないといけない。リーダーがそれを見せてはじめて、メンバーは「悪い情報を早めに報告する」ということが、ペイすることであると理解するのだ。

大規模なプロジェクトでは、何レベルもの報告ルートが必要だが、各レベルのリーダー全員が、このように価値観を共有して、日頃の仕事ぶりの中で、それを体現してみせないと、メンバーは動かない。それでも、何としても原理原則に逆らうヒネクレ者がどうしたって出てくるものだ。

セキュリティが頭の痛い問題であるのは、100%を要求する性質の問題だからだ。99%がWinnyを使わなければ、目的の99%は達成できるなら苦労はない。999人にルールを遵守させることに成功しても、誰か末端の一人でもWinnyを使い情報を流出させたら、プロジェクトの達成率は0%だ。

それで、陰謀論で最も不思議なのは、陰謀論の中では、陰謀プロジェクトの参加者は、緊密に一糸乱れぬ連携を取り完璧なセキュリティを保ち、いくつもの複雑なトラップがある長期間のプロジェクトを、何の苦労もなくやりとげてしまうことだ。

そんなスゴいプロジェクト管理技法があるなら、教えてほしいよ。

もちろん、陰謀論的プロジェクトは、主観的には崇高で偉大な目的があったり、巨大な利益があったりするし、ビッグスポンサーから無尽蔵の資金が供給されるし、非合法の手段は使えるし、言うことを聞かない奴は消してしまえばいいのだから、我々の仕事よりずっといい条件に恵まれていることは確かだ。僕だって、気にいらないメンバーを消してしまっていいなら、もっとうまく仕事できるかも(笑)。

でも、資金が大きければ入出金の記録も目立つし、非合法の手段は情報管理の負荷を増すことにもなる。メンバー全員を洗脳すればいいとしても、洗脳していることを知られるのはマズい。洗脳の過程における機密保持や洗脳に失敗した時の手当も大変だ。

せいぜい10数人で実施できるプロジェクトならいいとしても、アメリカ政府全体にまたがる巨大な陰謀であれば、どうしたってたくさんの「末端」が存在する。「末端」は分け前も少ないし洗脳も行きわたってないかもしれないし、本人に悪気はなくてもついうっかりパソコンをウィルスに感染させたりする。コアなメンバーの不満や失敗の方向は予測がついても「末端」の失敗には不確実性が大きく、こちらが想定する合理性の範疇からはずれた行動原理を持っている。

公的な組織に所属していながらWinnyをやる人の、パソコンのスキルと彼らの目的の主観的な価値を比較したら、どう考えたってリスクとリターンが釣り合ってない人がほとんどだと思うが、そういう人はたくさんいるものだ。よほど、特殊な偏った嗜好を持っている人が、きちんと勉強して防御策を備えた上でやるなら意味があると思うのだが、素人が興味半分にやって何もいいことはない。

だから、非合法な組織においても、命の危険があるとわかっているのに、それに見合うだけの報酬も無い所で、組織の想定外の行動を取る奴が絶対いるはずだ。

多数の組織が関わる大規模で極秘のプロジェクトなんて、どこかで筒井康隆的なとんでもないルートから、秘密が漏れてしまうものである。

そして、このようなノウハウは巨大プロジェクトに関わって苦労した人でないと持ってないものだろうか?

いいやそんなことはない。

人間に関する常識的な観察力があれば、このことは誰にでもわかることだ。陰謀論を信じている人だって、職場で「100%完璧なセキュリティ」「100%の社員がルールを守ること」を前提にした計画や、外部に流出したら会社が倒産していしまうような社外秘があったら「そんなことうまくいくわけがない」と直感的に思うはずだ。

つまり、陰謀論の本質とは「自分の味方を信じないで敵を信じること」なのである。

「自分の敵は一丸となって、何か悪いことをうまくやっている」と信じることである。

「誰もがひとつの目的を共有して、お互いの個性をつなげて、ひとつの難しい仕事をやり遂げる」という理想像が反転して、敵に投影されているのである。

それを敵でなく、自分の回りの人に投影すべきだと思う。「誰もがひとつの目的を共有して、お互いの個性をつなげて、ひとつの難しい仕事をやり遂げる」というイメージを持つ人はたくさんいる。そのイメージの属性に「悪」が含まれることは本質的な問題ではない。

(追記)

とは言っても、こんな事例もある。

その他に、張明秀先生の朝鮮総連内部告発の連載を担当した。張先生の兄弟をはじめ北に渡った在日僑胞の多くが粛清で殺されている事実を暴露し、日本人の拉致や北からの工作員上陸に総連が関わっている事実を告発した。(中略)この連載は92年だが、すでに辛光洙(シン・ガンス)の対日工作の詳細を告発していた。しかし、当時はまだ日本のマスコミや社会党は北朝鮮による拉致や工作を否定していたので、まったく話題にならなかった。

これは、漏れてなかったわけではなく、実際は漏れていたのにみんなが顔をそむけていたということだろう。立花隆氏のロッキード事件の告発の時も、マスコミの人間は「そんなことは俺だって前から知っていた」と言ったそうだが、似たような話である。

「すでに漏れている秘密に対して、誰もが自主的に目をつぶる構造がある」というシステムを含む陰謀論は、上記の考察における例外になるかもしれない。