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歯切れが悪いのは仕様です。

日本語は特殊な言語である(かどうかWALS Onlineを使って調べてみよう)

はじめに

 「日本語は特殊な言語である」系のお話には時々反応していて,下記のように記事にしたこともあるのですが,

「言語を比べるのはなかなか難しい」とか「オノマトペや敬語が豊かな言語は日本語の他にもある」という話にある程度納得できても,「日本語にもちょっとぐらい変わったところがあるのでは…」ということが気になる人はいるのではないでしょうか。
 というわけで,WALSという世界の言語に関するデータベースを使ってほんとうに日本語は特殊ではないのか調べてみましょう。

WALSとは

 “WALS”は“World Atlas of Language Structures”の略称で,世界の様々な言語がどのような特徴を持つのか,その特徴ごとに見ることができるデータベースです。現在,オンライン版を無料で使用することができます。

“Language Structure”というと「文法(統語論)」の印象を持つ人もいるかと思いますが,音韻・音声や語彙についての情報も豊富です。
 ちなみに,以前ついったーで話題になっていた「茶」に関する語彙の項目もあります(下記のコメント欄でも指摘があります)。

 言葉・(自然)言語が好きな人は,色々な項目を適当に眺めているだけでも楽しいのではないでしょうか。

WALSを使う上での注意点

英語

 まず,英語で使わなければならないので,言語名や,言語の特徴に関する用語の英語に慣れていないとなかなか大変かもしれません。とはいっても高度な専門用語がばんばん出てくるという感じでもないので,場合によっては語学で学んだ範囲の用語でもけっこうカバーできるのではないでしょうか。

情報の信頼度

 各言語の情報は(少数の)文献を元にしていることが多いので,言語・出典によっては,専門的に見ると情報が古い,不完全ということは珍しくありません。場合によっては間違っているということもあるかもしれません。
 各言語の専門家は,項目によってはかなりの違和感を覚えることもあるようです。言語学の知識やトレーニング経験があまりない方がこのデータベースだけを使って言語学の研究をするとか専門の研究に反論するといったことは考えないのが吉です。ただ調査や研究の出発点としては良いかもしれません。

カバー範囲

 上に書いたように,多くの場合すでに存在する研究や文法書をベースにしていますので,すべての言語についてすべての項目の情報があるわけではありません。

日本語を調べてみる

日本語のデータだけ出す

 さて,では日本語について調べてみます。ちなみに,ここで言う「日本語」はいわゆる「現代日本語(共通語)」ですね。
 <トップページ>➜とページを移動して,の検索欄に “Japanese”と入れます。これは他の検索欄でも同じなのですが,インクリメンタルサーチになっているので入力中にどんどん絞り込みが進んでいきます。
 次に言語名をクリックします。そうすると,日本語のデータが含まれている項目の一覧が表示されます。

項目 (Features)数192のうち151項目についてデータがあるのですから,かなり多い方ではないでしょうか。
 この一覧を見ると出典 (Source)がかなりいくつかのものに集中していることが分かると思います。日本語研究やってると見たことある名前が多いです。Shibatani 1990なんかは今でも研究で引用されたりしますね。

The Languages of Japan (Cambridge Language Surveys)

The Languages of Japan (Cambridge Language Surveys)

日本語が少数派な項目を調べてみる

 さて,それでは実際に各項目を見てみましょう。
 項目名をクリックすると,各言語ごとの情報がまとめられた地図と表が出てきます。例として収録言語数が1000を超えている”Feature 33A: Coding of Nominal Plurality”を見てみます。これは名詞の数 (number)の情報(単数とか複数とか双数とかそういうやつ) がどのように表されるかという項目です。

日本語は”Plural suffix”(複数性を接尾辞で表す)に分類されていて一番多数派ですね。地図に出ている記号は自分で色や形を変更して見やすさをコントロールすることもできます。
 では皆さん張り切って調べてみてください!…としても良いのですが,私も気になったのでざっと見てみました。
 「日本語は特殊な言語である」と言えるためには,「日本語が持つ値 (value)が1の項目が見つかる」のが理想ですが,残念ながらそういう項目はありませんでした。
 というわけで,条件を緩めて「日本語が持つ値 (value)ができるだけ少ない項目を探す」ことにしました。同じ特徴を持つ言語が数言語しかない項目としてはこの辺りがなんとか候補になりそう…かな。

 「代名詞(の使用)で他人(主にコミュニケーションの相手)に対する丁寧さ(politeness)をどう表すか」といったところでしょうか。概説するのもめんどうなので説明のページをどうぞ(日本語研究だと「待遇」辺りがキーワードになります)。

日本語の値は”Pronouns avoided for politeness”(代名詞の使用自体が避けられる)で,言語数は7となっています。ただ対象になっている言語数が207なのでややインパクトに欠けるかもしれません。

 これはかなり文法の話になじみがないと分かりにくいかもしれません。「動名詞や出来事名詞といった動きを表す名詞 (action verb)の項 (argument)がどのように現れるか」という項目で,日本語の値は”Double-Possessive: All major arguments treated as possessors”,言語数はやはり7です(対象言語数168)。”All major arguments treated as possessors”というのは,「友人のバイオリンの演奏(がすごかった)」みたいなのが可能だってことですね。
 「項 (argument)」という概念・用語に馴染みがない方は,下記の記事が参考になるかもしれません。

 しかし日本語特殊論としては項目的にも言語数的にもあまりインパクトない感じですね…たとえば,下記のような項目は分類が細かいこともあってか各値の言語数が1ってのが複数ありチャンス?なのですが,日本語は該当していません。

ただ,私もかなり雑に見ただけですし,知っている項目についてはかえってチェックが甘かった可能性もありますので,丁寧に探せばおもしろい項目が見つかるかもしれません。

おわりに

 WALSは,一般的な知名度はおそらくかなり低いというのに加えて,個別言語の研究者も(どのようなものか)知らないことが意外とあるなと感じたので,こんな記事を書いてみました。私もそんなに詳しいとかよく使うというわけでもないんですけどね。
 実はこのアイディアを思いついたときはもっと「日本語は特殊」っぽい(けど日本スゴイ系の話につなげにくい)項目が見つかるかと思ってたんですが,意外となかったですね。
 ちなみに,日本と地理的に関係のある言語としては,アイヌ語や日本手話のデータもありますし(ただ日本手話は項目数2…),複数の項目の組み合わせなんてこともできますので,気になる方はいろいろ遊んでみて下さい。