シートン俗物記

非才無能の俗物オッサンが適当なことを書きます

コンパクトシティーへ

これは、いささか旧聞になるのだが、12/17放映のサンデープロジェクトで「理想の都市発見」というリポートが放映された。
地方都市はどこも中心市街地、特に「駅前商店街」の衰退が激しく、空洞化が進んでいる。これは、地方の郊外化と対を成しているのだが、リポートはかなり衝撃的な内容だった。取り上げられたのは秋田県湯沢町。かつて駅近くにあった病院は郊外へ移転され、お年寄りが病院へ通うには1時間に一本程度のバスを乗り継いで行かなくてはならない。交通費もバカにはならない。駅近くにあった時は歩いて行くことが出来たという。問題を抱えるのは通院する患者ばかりではない。地方では病院は誘客施設として作用しているのだという。それが、駅近くから失われたらどうなるか。中心市街の衰退に拍車がかかることになる。買い物もやはり郊外のショッピングモールという流れが進み、自家用車は必需だ。高齢化の進む町民にとってはどんどん「住みにくい街」へと変貌していく。


中心市街地の衰退が問題になっているのは、全国で共通のようである。


これに対して、その逆とも云える「中心地へまとめる」街づくりを意志を持って行っているのが、北海道の伊達市である。伊達市の菊谷市長は、「住民の住みやすい街づくり」を打ち出し、公共施設の中心部へ移設を行い、人口6万弱で中心2km圏に街を集めてしまった。病院も図書館も公共施設は歩いて行ける距離にあり、買い物も近所の商店で済ますことが出来る。市民の住みやすい街を目指した結果、北海道では例外的に移住希望者によって人口が増加しているとの事。


自分の住む志太地域でも状況は全国と変わらない。焼津市、藤枝市、島田市の市民病院も市中心街から郊外へ移転された。特に藤枝市は駅から歩いて5分とかからない場所にあった病院を山の上へ移転。未だに病院跡地は更地のままで駐車場として利用する程度である。病院へ向かうバスは本数はそこそこあるものの、駅近くにある時とは利便性は比較にならない。市民病院へは多くの人が車で詰めかける。市の中心地から公共施設が移設され、利用者も職員も自動車利用が増え、中心市街地(駅前商店街)はシャッター通りとなっている。


問題はこれだけではない。藤枝市は水守という地域の区画整理事業を行ったのだが、その際に旧東海道筋を潰してしまった。また、セキスイの工場跡地にホームセンターと大型スーパーが進出するのを認めた。歴史ある松並木とゆったりとしたカーブを描く街道を殺風景な直線の道へ付け替え、そしてその旧街道筋にある白子商店街の中心施設であった中堅スーパーを撤退に追い込んでしまったのだ。その中堅スーパーは、別のスーパーが撤退した跡に、商店街や商工会議所が誘致してきたのだが、繋がる道を潰され、強力なライバルをぶつけられれば撤退せざるを得ないだろう。中堅スーパーにしてみれば、呼ばれたのに後ろから斬りつけられたようなものだ。商店街は致命的なダメージを受けた。衰退は更に加速するだろう。市の施策には商店街活性化が謳われるが、矛盾する施策を平気で盛り込むというのは、政策担当者がビジョンを持っていないためだろうか。
こんな例は志太地域でも、静岡県内でも至るところで見ることが出来る。


今なら、郊外化の進む状況に歯止めを掛け、コンパクトな街を実現することが出来る。
では、コンパクトなどんな街が望ましいのだろうか。別に項を立てて語ろうと思う。
参考までに

アメリカ大都市の死と生 (SD選書 118)

アメリカ大都市の死と生 (SD選書 118)

近自然学―自然と我々の豊かさと共存・持続のために

近自然学―自然と我々の豊かさと共存・持続のために