過去・現在・未来 3人の私――「ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 - 永遠と自動手記人形 -」感想
時すらも越えて。
ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 - 永遠と自動手記人形 -
©暁佳奈・京都アニメーション/ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会
「ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 - 永遠と自動手記人形 -」を視聴。個人的にもっと印象に残ったのが、後半のテイラーとヴァイオレットのやりとりでした。ヴァイオレットを真似して髪を編もうとして上手く行かないテイラーに、ヴァイオレットは助言します。2つではほどけてしまう、3つを交差させて編むとほどけない……と。2つではなく3つならほどけないというのは、この映画に限らず本作に通底するものなのだと思います。だって自動手記人形が書く手紙こそは、人と人(2つ)だけではほどけてしまう縁を交差させ、編んでくれる3つ目なのですから。
<前編:覚えていてほしいもの>
1本の映画の中で二部作の形式をとった本作、前編はイザベラ・ヨークという令嬢にヴァイオレットが家庭教師としてやってくるところから始まります。自動手記人形であるヴァイオレットに家庭教師をしてほしい。本来は彼女と結びつかない(ほどける)はずだった筋違いの仕事は、ドロッセル王家という依頼者が編み込まれたことによって成立したわけですが、ヴァイオレットの仕事もまた3つ目になることを期待されたものです。いわゆる淑女の教養を持っていないイザベラはこれから自身が進む世界、あるいは未来とほどけてしまいそうな状況にあり、今回の家庭教師の仕事は両者を繋ぎ止めるためにある。ですがイザベラが必要としていたのはもっと内側にある、己の中でほどけそうになってしまっている2つのものを繋げてくれる3つ目でした。
イザベラ・ヨークのかつての名はエイミー・バートレット。食にも事欠かぬ今とは違い苦しい日々を送っていた彼女は、世界への復讐と称してテイラーという捨て子を拾いました。エイミーにとってテイラーは自分と世界をほどかないための3つ目であったわけですが、人と人が「2」人ではそれはほどけてしまう。エイミーは気管支を痛め、立ち行かない生活をどうにかすべく、エイミーは名前も過去も捨てるという父の誘いを受けることにしました。
名前こそ名家ヨーク家の一員となっても、それが身につけるべき教養は備わっていない。過去を振り返ることは許されなくとも、テイラーのことを忘れることはできない。「エイミー・バートレット」だけから離れられず「イザベラ・ヨーク」だけにもなりきれず、ほどけそうな両者の中でもがいている少女、ヴァイオレットが出会ったのは、本当はそういう存在だったのでした。
だからヴァイオレットが教えるのは、繋ぐのは教養に留まりません。家庭教師であり、友達であり、自動手記人形であり。3つの役割を併せ持つことで、ヴァイオレットは初めて役割を全うすることができる。エイミーを、イザベラを、そしてそのどちらでもなかった時の「私」を、ヴァイオレットが知ってくれていることが、少女と世界をほどかず繋ぎ止めてくれるのです。
<後編:伝えていくもの>
それから少し先を描く後編のサブ主人公となるのはエイミーの妹テイラー。かつて受け取った手紙を頼りにヴァイオレットのところへやってきた彼女は、これまたヴァイオレットに自動手記人形以外のお願いをしにきた存在であり、そして彼女もまた過去を失いながら生きている少女でもあります。指を掴んで、共にいるだけで幸せだった「ねぇね」。その思いがいくら強くても、時間は全てを押し流してゆく。一緒に寝たことすらほとんど記憶に残っていない彼女は、どんどんと「エイミーの妹」だけではなくなりつつある。そんな彼女がすがったのが、姉の記憶の名残に連なるヴァイオレットであり、そして手紙を配達してくれたベネディクトでした。
テイラーにとってC.H郵便社での日々は、イザベラがヴァイオレットと過ごした日々に等しいものです。郵便の配達の仕方や文字を教わる学びの日々であり、自分を大勢の中の1人ではなく個として扱ってもらえる日々であり、また記憶から失われてゆく姉との繋がりを思い出させてくれる日々でもある。もし彼女が孤児院にいたままなら、そこにも幸せはあったかもしれませんが、姉の記憶はきっと本当にぼんやりしたものになっていったことでしょう。その時そこにいるテイラーは、かつてエイミーをねぇねと慕った幼子の時の彼女とは決定的に離れてしまっている、ほどけてしまっている。
けれど姉の手紙を届けてくれたことから始まった郵便配達人の仕事を目指すなら、過去のテイラーと未来のテイラーは決してほどけはしません。今のテイラーという3つ目が、過去と未来を繋げ続けてくれるのです。
こうして見ると、前編は失われゆく過去と現在の私を他者に託して(代筆して)もらうお話であり、そして後編は現在の私が未来の私へ希望を託す(配達する)お話であると言っても良いのかもしれません。そして過去から続く現在が未来に希望を託す限り、過去は永遠に蘇ることができるのです。それはきっと、テイラーだけの話ではないのでしょう。
スタッフの皆様、とても素敵な作品をありがとうございました。
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