画像解析技術の進化によって、最近では特殊なセンサーを利用しなくても、身近なカメラだけである程度の精度で様々な情報が読み取ることができるようになってきているらしい。いままで特殊なセンサによって計測していた情報というのは、実はぼくたちの目に見える身近なもののどこかに暗号のように埋め込まれていることがわかってきて、センサーで物理的にセンシングするというよりも、モノがあらかじめ纏っている情報をコンピューティングによって「デコード」していく...そんなアプローチが最近とても面白いなあと思ってる。
Cardiio
MIT Media LabのAffective Computing Groupが開発した、カメラを利用した非接触心拍センシング技術。心拍による血圧の微小な増加が起こると、その分だけ顔から反射する光が少しだけ少なくなるという特性に着目。顔に多くの血流が流れ込めば、顔の皮膚は光をより吸収して心臓が鼓動するごとに光の反射率が人間が認識しないレベルで微妙に変化しているので、顔を動画で撮影し、その動画の皮膚の部分の色の変化を分析すると、心拍が推定できるというわけ。(詳細はここかここをどうぞ)これは、人間が認知できないけれども、画像解析をガリガリまわすと人間が見ることができなかった情報がデコードできるというとても解りやすい例だと思う。iPhoneアプリもでてる。
Reflected hidden faces in photographs
これは、カメラの解像度があがってきたことで、写真に移っている人の顔をめちゃくちゃブローアップしていくと、網膜にに映っている人の判定ができるようになってきたよ、というお話。当然デジタル画像引き延ばしアルゴリズムの進化とのシナジーもあるんだろうな。
画像をひたすら引き延ばしていって、いろいろな情報を読み取っていくというのは、夢が広がって面白い。例えば月食=月に地球の影が落ちるとき、その影をひたすらクローズアップしていくと、その陰のパターンのどこかに、自分の身の周りの環境、それは山の稜線や、ビルの形、あるいは人そのものが折り畳まれているんじゃないか。(それってつまり自分の情報が月に届けられているのだと考えるととてもわくわくする)あるいは夕方にオフィス街で、向かいのビルに反射した光が街に水面のような陰を落としている。これを解析するとオフィスの中のレイアウトや人の動きがデコードできるようになったりするのかな。
物理現象によって変化する画像を解析して、いろいろな情報を読み取るっていう考え方を応用すれば、例えば新素材の開発によってイメージセンサーが別のセンサーに転用されていく可能性もありそうだよね。例えば、湿度によって伸縮率が変わる素材があるとして、その素材の上にグリッドパターンを印刷して、あとはカメラでそのグリッドパターンを撮影し、基準値からの伸縮率を画像解析で計ればカメラを湿度センサーにすることができそう。(もちろん素材の特性によって計測できるものは変えることができるだろうし)
そしてもちろん、画像だけではなくて、音や信号でも同じことができる。音を解析すれば、その音が録音された空間の広さ、材質、何人この空間にいるのか、といったことがわかるかもしれないし、その一人づつが何をしゃべっているのかわかるようになるかもしれない。(そういえば、長年謎とされてきたビートルズの "A Hard Day's Night" の冒頭のコードが周波数解析によって判明したという話も話題になったよね)生体信号を解析することで、人間の様々な状態を把握していこうというアプローチもこの考え方に近い。
Touch & Activate: Adding Interactivity to Existing Objects
音を利用した技術でいうと、例えば筑波大学のこの研究も面白い。物体の触り方によって、物体をたたいたときの音が変化することに着目。任意の物体にスピーカーとマイクをはりつけて、スピーカー特定の周波数の音を流しつづけ、マイクがデフォルトで拾う周波数と、物体の任意の箇所に触れた時の周波数の変化を計測して、どこに触れたかという判定をできるシステムをつくっている。これをつかえばあらゆるものをタンジブルなインターフェイスに変えることができる。
See Through Walls with Wi-Fi Signals
上のアプローチとちょっと似ているのがこれ、部屋の中で人が移動した時のWiFiの電波の揺らぎを計測することで、WiFiをモーションセンサーとして使ってしまおうという研究。しかも電波は壁を超えるので、壁の向こう側にいる人を透視することができてしまう。めちゃくちゃ面白い。
ちなみに、同じ原理を利用して、ワシントン大学が「WiFiでジェスチャー入力を可能にする仕組み」をつくったりしてる。WiFiの電波をセンサーとして活用するという研究は今後相当面白いことになりそう。
見えるものと見えないもの。その境界線に科学のメスをいれていくような研究群をいろいろ見てふと思い出したのは、ヘンリー・ソローのこの一節だ。
日曜日には風向き次第で、鐘の音が聞こえてくることがあった。リンカン、アクトン、ベッドフォード、あるいはコンコードの鐘の音だが、かすかながら美しく、いわば自然な旋律で、野生世界で響かせるにはもってこいの音だ。森を隔てて十分に距離をとれば、この音は地平線にそそぐ松の針葉を竪琴の弦に見たてて奏でているかのように、どこか呟くような震えを帯びる。できる限り離れて聞くと、音はすべてまったく同一の効果を生じて、普通の竪琴が奏でる震音となる。 - ヘンリー ソロー「ウォールデン」
これはまさに森を抜けて聞こえた音にはその森の情報が折り畳まれているという話。今なら森を抜けて聞こえる鐘の音を解析することで、森の正確な形をデコードすることができるのかもしれない。
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