新年1本目のウィキペディア記事として[[アイルランド郵便]]を立てました

 新年1本目のウィキペディア記事としてアイルランド郵便を英語版からの翻訳で立てました。クリスマスカードでだいぶアイルランド郵便にお世話になったので、立項せねば…と思って作りました。

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この演目をこれでやるのはけっこうキツい気が…『アラジン』

 ブランチャーズタウンのDraíochtで新年のクリスマスパント『アラジン』を見てきた。クールマインパントグループによるもので、これも地元の子どもがかなりたくさん出演している。お話はディズニー準拠だが、パントなので魔法の絨毯も人が演じていたりする。

 ダブリン郊外のかなりアマチュアの劇団がこの演目をやるのはけっこう厳しいな…と思った。何しろ白人が多い地域だし(ダブリンの住民の8割程度が白人である)、さらに中東とか南アジアのイスラームバックグラウンドで舞台に興味のあるアマチュアの人たちがクリスマスの演目に出たいかというとそんなに興味がないのでは…という気もするので(ゼロではないだろうが)、この演目も出演者のほとんどが白人である。今の時代にだいたい白人のキャストで『アラジン』みたいな演目をやるとなると、本当にアマチュアの寄せ集めっぽく見えるなと思った。さらにディズニー準拠の『アラジン』だと、ジーニーがカートゥーンっぽく動き回ったり、魔法の絨毯が飛んだりするのが見せ場になるのだが、あまり予算もかけられないのでこのへんがかなり安っぽくなる。魔法の絨毯の場面なんか事前録画で合成したものである。もうちょっとやりやすい演目にしたほうがいいのでは…と思った。

ぶっ飛んだクィアな爆笑ミュージカルコメディ~『ディックス!! ザ・ミュージカル』(試写、ネタバレあり)

 『ディックス!! ザ・ミュージカル』を試写で見た。

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 競争心の強いセールスマンであるクレイグ(ジョシュ・シャープ)とトレヴァー(アーロン・ジャクソン)は会社の合併で出会い、ライバルとなるが、自分たちがどうも生まれてすぐに両親の離別によって引き裂かれた双子であるらしいことに気付く。ふたりは母であるエヴリン(メーガン・ムラーリー)と父であるハリス (ネイサン・レーン)を再びくっつけようとするが、ふたりともとんでもない変人である上、エヴリンはヴァギナが別の生き物になって落っこちてしまった(!?)という健康上のトラブルを抱えており、ハリスはゲイだった。それでもふたりは頑張って両親をくっつけようとするが…

 とにかくめちゃくちゃなぶっ飛んだ話で、全編キャンプなバカバカしい下ネタジョークが満載の爆笑コメディである。語り手としていかにもゲイゲイしいキャンプな神様(ボウエン・ヤン)が、世界一のベストセラーである聖書の著者としてお話に介入してくるのもあって、大変へんてこな展開になる。聖書を読んだことがある人は知っていると思うが、とくに旧約には近親相姦やら暴力やらわけのわからない呪いやら、「なんじゃこりゃ」みたいな展開がたくさんあるので、これは意外とツボを押さえた展開と言えるかもしれない。

 始まり方や基本的なあらすじは完全に『ファミリー・ゲーム』のパロティである(これじたいがリメイク映画で、しかもめちゃくちゃな展開の映画なのだが)。セクシーな鬼上司グロリア(ミーガン・ジー・スタリオン)が歌うラップの歌詞に出てくる「氷の女王」のくだりなんかはそのまんま『ファミリー・ゲーム』に出てくるセリフを使ったオマージュだと思われる。このグロリアはいかにもゲイ好みのディズニーヴィランがR18になって現代の企業に現れたらどうなるか…みたいなキャラクターで、過剰にセクシーでワルくて芝居がかっていて大変笑えるので、中盤以降活躍しなくなるのが寂しいくらいだ。

 しかしながら『ファミリー・ゲーム』と違って変人の両親はセックスはしても再婚する気はさらさらなく、どういうわけだかゴリゴリの男らしさに取り憑かれた異性愛者だったはずでしかもふたごのクレイグとトレヴァーが愛し合って結婚することになる…のだが、神様はどんな愛もグロくてしょうもねえものなんだから本気で愛し合っているなら認めてあげましょう、ということでこの結婚を認めてくれるし、抗議活動で押しかけてきた保守派も説得してくれる。最後は神様もゲイ!みたいな感じで祝祭的に終わる。性的な逸脱を断罪するのではなく、どんな愛もへんてこなものじゃないか!という態度でエネルギッシュに描いている点で大変クィアな映画だし、アメリカのキリスト教原理主義的右派を手厳しく諷刺していて、バカなコメディだが大変一貫性のあるきちんとしたコンセプトで作られている映画である。

 

 

ノー・エンジェルス・イン・アメリカ 至福千年紀が遠のく~『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』(試写)

 『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』を試写で見た。

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 舞台は1970年代のニューヨークである。若きドナルド・トランプセバスチャン・スタン)は野心はあるがなかなかいろいろなことをうまくこなせない青年実業家である。黒人住民に対する差別でトランプ家の不動産事業が法的にまずいことになり、トランプは有名だが手段を選ばないことで有名な弁護士ロイ・コーン(ジェレミー・ストロング)に頼る。トランプはコーンから非情な手段を学び、どんどん出世していくが…

 内容だけ書くと『ウルフ・オブ・ウォールストリート』とかに近そうなのだが、ヴィジュアルや雰囲気が全然違う…というか、あのへんの映画にあるハイテンションな感じがまったくない。大部分は手持ちカメラで撮影している上、色彩などに全然華やかなところがなく、始終けっこうテンションが低くて不安定な映像が続く。パーティなんかの場面にもまったくキラキラ感がなく、どの会合にもなんかここに出席したくないな…という感じが漂っている。インディーズ映画とテレビのドキュメンタリー番組の中間みたいな感じで、意図的に安っぽく、かつ撮られている対象から見ている人をわざと引き離すような冷たさのあるタッチで撮っている。たまにカメラが揺れすぎだと思うところもあるし、私は手ブレ大嫌い人間ではあるのだが、この映画についてはこのわざと「金かけずに金まみれの話を撮るよ!」みたいにしている撮影が特殊な効果をあげている…というか、手ブレを生々しさよりは見ているほうの居心地の悪さみたいなものにつなげているみたいなところが評価できると思った。トランプやコーンの悪行を別にことさらに悪魔化して描いているわけではなく、わりと淡々としているのだが、一方で「この人たちがやっていることは不快な行為ですよね」ということが映像から伝わってくるようになっている。

 内容は『エンジェルス・イン・アメリカ』のプリークェルみたい…というか、コーンが暗躍しまくって弟子のトランプを汚いビジネスマンに育てるのだが、トランプがその気持ちを真摯に返してくれたかというとそういうわけでもなく、コーンをはじめとするゲイのエイズ患者たちはそれまで目先の利益でつながっていた人たちからも見放されて寂しく死んでいく…みたいな話である。トランプの出世をコーンがいかに助けたかということがかなり話の中心になっており、ストロングの演技に非常に説得力があるのもあって非常に大きな役柄に見える。コーンは少なくともこの映画では、もちろん見込みがありそうだと思って将来の利益目当てに支援しているのだが、一方でトランプを若くて元気で可愛いと思って好意を抱いているから引き立てているというところもある。「王子様」とか言って他の人たちに紹介しており、たまにビミョーに性的な好意が感じられる言動などをすることもあるがえぐいセクハラとかはせず、コーンにしては紳士的でメンターらしい態度で接しているように見える。しかしながらトランプはコーンに学んだ同じやり方で自分の師匠を踏みにじって出世していく。拝金主義的で倫理のないビジネスの権化のようなコーンが少しだけ思いやりを示した弟子がトランプで、結局思いやりの場所なんかトランプにはなかったのだ…ということになる。

 しかしながらこの映画はコーンやトランプをただ断罪するというよりは、どういう環境の要因によって人の野心や性格の欠点が助長されてとんでもない悪行につながるか…みたいなことを描いた映画である。その点では貧しい地域で育ってギャングになった人を描く…みたいな映画と非常に似ている一方、金持ちの世界だって貧困地域と同じくらい、あるいはそれ以上に人間の非行を促すような価値観に影響されているという視点の転換がある作品でもある。トランプはもともと軽薄な野心に満ちていたかもしれないが、それを助長する男性中心的で拝金主義的な文化がアメリカのそこそこリッチな人々の間に存在し、どんどんトランプが堕落して救いようのない人間になっていく様子が容赦なく描かれている。この変化を演じるセバスチャン・スタンの芝居が見もので、最初は本当にまあ軽薄な坊ちゃんだが大悪党とはほど遠いよくいる感じの若者で、コーンのえぐい手口を初めて見た時は「!?」みたいな戸惑いの表情を示すことしかできないのに、だんだん面構えが不敵になってコーンよりひどいことを表情も変えずにやり始める。メイクとヘアスタイリングのおかげもあるが、最初のトランプと最後のトランプは物の言い方から動き方まで別人みたいで、スタンの演技力に驚いた。

 

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ウサギの場面が怖い~『アンデッド/愛しき者の不在』(試写)

 テア・ヴィスタンダル監督『アンデッド/愛しき者の不在』を見た。

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 亡くなったはずの人が突然生き返ったものの、生前とは全然違う様子でうまく意思疎通もできないので戸惑ってしまう3つの家族を描いている。一応ゾンビホラー…ではあると思うのだが、別にゾンビが暴れまくるとかではなく、どちらかというと親しい人が亡うなった時に残された人が感じる悲しみを描いた静かで憂鬱な作品である。かなりテンポがゆっくりである上、わりとよくある発想で意外性はなく、そこまでひねりがあるわけでもないので、ありがちなままで終わってしまったという印象を受けた。ただ、途中のウサギの場面は、綺麗な映像でテンポもゆっくりした映画なのにそこだけ急に暴力的になるのでめちゃくちゃ怖い。

中年女性の冒険を描く~『ブラックバード、ブラックベリー、私は私。』(試写)

 エレナ・ナヴェリア監督『ブラックバード、ブラックベリー、私は私。』を試写で見た。

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 ヒロインはジョージアの田舎町で何でも売っている日用品店を営んでいる48歳のエテロ(エカ・チャブレイシュビリ)である。あまり幸せな家庭環境で育ったわけではないエテロはひとりで店を切り盛りして暮らしていたが、ブラックベリー摘みをしていた時に大きな事故にあってしまう。とりあえずはなんとか無事に生還したエテロだが、これをきっかけに人生を考え直し、初めて男性と関係を持ち、恋愛も体験することになる。

 いつ死ぬかわからないんだから人生を楽しまねば…と思ってこれまでの暮らしを変える中年女性の話である。若くもないし綺麗でもないエテロが、別に綺麗にもならず、若々しくもならず、マイペースで自分らしいままセックスや恋愛を体験する様子をオフビートなユーモアをまじえて描いている。セックスや恋愛を体験したからといっていきなり人生がバラ色になったりはせず、エテロは相変わらずちょっと風変わりで孤独な女性なのだが、それでいいじゃないか…というような描き方になっている。町の人たちがいつまでも独身のエテロに向けている視線はかなり嫌な感じがするもので、とくにエテロの女性の知り合いたちがけっこう不快なことを言ってくる…のだが、このへんは小さい町の描写としてリアルで、あまりミソジニー的にならずに女性同士の間で発生する同調圧力みたいなものを描いている。終盤はこのままこの方向で大丈夫なのかと思いきやちょっとしたひねりがあり、前のあのセリフがここで効いてくるのか…と思ってちょっと感心した。

2024年に刊行したものの一覧

 2024年に刊行したものの一覧です。サバティカル中は日本語文献が必要な執筆依頼は一切受けなかったので、だいぶ仕事が減りました(それでも連載を2種類やってますが)。とはいえ日本語の単著を1冊出しました。2024年中に学術論文をいくつか雑誌に投稿して査読に通ったものもあるのですが、掲載はかなり先になりそうです。

  1. 北村紗衣「汗牛充棟だより(12)リトル・クリスマスと小正月アイルランドと日本の女性の新年」『白水社の本棚』2024年冬号、8-9。
  2. 北村紗衣「静かなる少女の目を通して描かれる、リアルなアイルランド~『コット、はじまりの夏』」『芸術新潮』2024年2月号、p. 107。
  3. 北村紗衣「ソーシャルメディア」、ジェンダー事典編集委員会編『ジェンダー事典』丸善、2024、pp. 572-573。
  4. 北村紗衣「ロックにおけるドラムを真面目に考えつつ、深読みしたくなるドキュメンタリー~『COUNT ME IN 魂のリズム』」『芸術新潮』2024年3月号、p. 113。
  5. 北村紗衣「[映画評]RHEINGOLD ラインゴールド」『日本経済新聞』2024年3月22日夕刊p.12。
  6. 北村紗衣『1960年代の「鏡よ、鏡、鏡さん」――寺山修司毛皮のマリー』と松本俊夫薔薇の葬列』における『白雪姫』の影響』『武蔵大学人文学会雑誌』55.2 (2024)、233-252。
  7. 北村紗衣「クィアな時空が解放するもの――『異人たち』」『芸術新潮』2024年4月号、p. 121。
  8. 北村紗衣「[映画『プリシラ』レビュー]ソフィア・コッポラが描くヒロインの気品、その物足りなさ」、Tokyo Art Beat、2024年4月12日。
  9. 北村紗衣「エネルギッシュな母親が人権侵害と闘う~『ミセス・クルナスvs.ジョージ・ブッシュ』」、『芸術新潮』2024年5月号、p. 113。
  10. 北村紗衣「汗牛充棟だより(13)ひなまつりにウィキペディアを書く~Kanagawa in WikiGap 2024」『白水社の本棚』2024年春号、8-9。
  11. 北村紗衣「【素面のダブリン市民】第1回プロローグ」、書肆侃侃房、2024年4月26日。
  12. 北村紗衣「[書評]『世界の半分、女子アクティビストになる』――立ち上がり、声をあげるときに知っておくべきこと」『現代思想2024年6月臨時増刊号 現代思想+ 15歳からのブックガイド』2024年6月、41-45。
  13. 北村紗衣「【素面のダブリン市民】第2回 ダブリンの住宅事情」書肆侃侃房、2024年5月26日。
  14. 北村紗衣、編集協力:飯島弘規、金子昂「あなたの感想って最高ですよね!遊びながらやる映画批評第1回 飲酒推奨映画? アルコールでジェンダー境界を越える『酔拳』太田出版、2024年6月27日。
  15. 北村紗衣「【素面のダブリン市民】第3回 ブルームの日」書肆侃侃房、2024年6月28日。
  16. 北村紗衣「ヨーロッパ最後の英語圏から(1)ロンドンの小さな専門図書館~フレンズハウス図書室とフェミニスト図書館」『白水社の本棚』2024年7月号、8-9。
  17. 北村紗衣「【素面のダブリン市民】第4回 ダブリンお茶事情」書肆侃侃房、2024年7月24日。
  18. 北村紗衣、編集協力:飯島弘規、金子昂「あなたの感想って最高ですよね!遊びながらやる映画批評第2回 人種差別も反進化論も批判しているのに…やっぱり昔のSF映画? 『猿の惑星』を初めて見た太田出版、2024年7月25日。
  19. 北村紗衣、編集協力:飯島弘規、金子昂「あなたの感想って最高ですよね!遊びながらやる映画批評第3回 メチャクチャな犯人とダメダメな刑事のポンコツ頂上対決? 『ダーティハリー』を初めて見た太田出版、2024年8月22日。
  20. 北村紗衣、編集協力:飯島弘規、金子昂「あなたの感想って最高ですよね!遊びながらやる映画批評第4回 お約束をひっくり返す、パロディゾンビ映画 『バタリアン』を初めて見た太田出版、2024年9月26日。
  21. 北村紗衣「書評『男はクズと言ったら性差別になるのか』アリアン・シャフヴィシ著――不平等を考える良い手引き」『日本経済新聞』9月28日。
  22. 北村紗衣「【素面のダブリン市民】第6回 クリスプスことポテトチップス」書肆侃侃房、2024年9月30日。
  23. 北村紗衣「ヨーロッパ最後の英語圏から(2)アイルランドのことば 」『白水社の本棚』2024年10月号、8-9。
  24. 北村紗衣「【素面のダブリン市民】第7回 少数言語がテーマのウィキメディア会議「ケルティック・ノット」」書肆侃侃房、2024年10月24日。
  25. 北村紗衣、編集協力:飯島弘規、金子昂「あなたの感想って最高ですよね!遊びながらやる映画批評第5回 マイペースな婚約相手の弟に惚れられて…徹頭徹尾ロマンティックな映画『月の輝く夜に』を初めて見た太田出版、2024年10月24日。
  26. 北村紗衣『女の子が死にたくなる前に見ておくべきサバイバルのためのガールズ洋画100選』書肆侃侃房、2024年11月12日。
  27. 北村紗衣「【素面のダブリン市民】第8回 ウェクスフォード・フェスティバル・オペラ」書肆侃侃房、2024年11月27日。
  28. 北村紗衣、編集協力:飯島弘規、金子昂「あなたの感想って最高ですよね!遊びながらやる映画批評第6回 真面目な白人ラッパー・B-ラビットの教育的成長物語 『8 Mile』を初めて見た太田出版、2024年11月28日。
  29. 北村紗衣「【素面のダブリン市民】第9回 クリスマス」書肆侃侃房、2024年12月23日。