私的使用目的の複製が自由に行える理由
日本映像ソフト協会の酒井さんから、「そもそもどうして他人の著作物を自由に複製できるのか、の説明をお願いできないでしょうか。」とのご質問を頂きました。
まず確認しておかなければならないのは、我が国は自由を原則とする国だということです。 ですから、他人の著作物を複製することがこれによって実現される個人の幸福追求権に優越する利益・価値を不当に損なうおそれがある場合に、そのような事態を回避するのに必要やむを得ない範囲内でのみ、他人の著作物を複製することを法令で禁止できるということがむしろ言えます。
で、他人の著作物をその創作者の許諾なくして複製することを禁止する理由としては、これを自由にさせておくと、複製物の市場価格は、複製物自体の製作・流通コストぎりぎりのところで均衡してしまい、著作物自体の創作コストを複製物の価格に上乗せして投下資本の回収を行うことができなくなってしまい、結果、コストをかけて著作物を創作することができなくなってしまうが、それでは新たな著作物が創作され人々がこれを享受することによりもたらされるはずの文化の発展が阻害されてしまうので、著作物自体の創作コストを回収するためにこれを複製物の価格に上乗せできるようにするために、その複製物を製造・販売についての参入規制を行うこととしたのだというのが一般にあげられます。
このような伝統的な「インセンティブ論」を前提とするときは、著作権法に基づく競争制限期間は一般に創作コストの回収に必要な期間で足りるといえますし、創作コストを回収するために行われる正規商品の流通を不当に阻害しない行為についてはこれを著作権法で規制することは正当化され得ないということになります(例えば、試作段階の複製・翻案は、明文の規定はありませんが、完成品を流通させる際には必要な権利処理を行うことを予定している場合には、おそらく著作権侵害とはしないのではないかと思います。)。もちろん、司法権が比較的強い米国においては、正規商品の流通を不当に阻害するか否かという判断を司法府が個別の事案に即して行う割合が高く(cf.フェアユース)、他方、立法府が比較的強う日本においては、どのような行為類型について正規商品の流通を不当に阻害するといえるのかを立法府が判断して著作権法の条文に明記する傾向が高いということができます。その一例としていえば、我が国の司法府は、複製物を正規商品の競合商品として市場に流通させることを予定しない複製(私的使用目的の複製)について、複製権の対象から明文で除外しています(30条1項)。
従って、当初の酒井さんの質問に立ち返ると、他人の著作物を私的使用目的の複製を自由に行うことが許されるのは、それが私的領域にとどまり市場に供出されない場合には、複製物の市場価格を複製物の製作・流通コストぎりぎりまで押し下げる機能を有しないため、複製物の製作・流通コストに著作物自体の創作コストを上乗せした価格を設定することを妨げないから、そのような複製を禁止すべき理由がないからであるということになります。
例えば、iTunes Storeでダウンロードした楽曲データをiPodに同期させる行為は、音楽CDの市場価格や音楽配信サービスの市場価格をその複製物自体の製作・流通コストぎりぎりまで押し下げる機能を有していないため、むしろ、これを法律で禁止する理由はないし、そのような同期が行われうるからといってiPodを製造・販売するApple社がJASRACやレコード会社に補償金を支払う合理的な理由はないということができます。また、タイムシフト視聴目的でテレビ番組を録画する行為もまた、当該番組に関する広告料を限界利益まで引き下げるものではありませんので、これを規制する合理的な理由はないということになります。
Posted by 小倉秀夫 at 02:05 AM dans au sujet de la propriété intellectuelle | Permalink
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P2Pとかその辺のお話という、海外の著作権情報を伝えてくれているブログがあります。詳しい情報を書いてくださるサイトで、こちらでもよく参考にさせていただく事があり、トラックバックも何度か送らせて頂きました。そんなおり、私信めいた記事を頂きましたので、反応させ...... Lire la suite
Notifié: 12 juil. 2007, 06:01:41
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Commentaires
早速、丁寧なご説明をいただきありがとうございます。
ご多忙のところ恐縮ですが、いくつが質問させていただきたく存じます。
先生は、他人の著作物を著作権者の許諾なく複製することが基本的人権のひとつである幸福追求権の内容となるとのご見解を採っていることはわかりました。また、先生が日本の著作権法が自然権説に立っていないとの見解を採っておられることもわかりました。
基本的人権である幸福追求権と先生のお考えでは後国家的権利である著作権とが衝突した場合、どのような利益衡量方法をお採りになるのでしょうか。人権と人権が衝突する場合の利益衡量は聞いたことがあるのですが、人権と法律上の権利とが衝突した場合の利益衡量は存じ上げませんので、お教えいただければ幸いです。
投下資本回収のために著作権が認められているとのことですが、そのご見解は、ゲームソフト中古訴訟での頒布権の立法趣旨に関するゲームソフトメーカーの主張と類似している印象を受けます。先生のご見解はゲームソフトメーカーの見解と同じなのでしょうか。それとも何か相違があるのでしょうか。
先生のご見解はインセンティブ論に立脚しておられることはわかりましたが、先生がこのブログで著作物を創作するのは、著作権制度の存在によって創作意欲が湧いてくるからなのでしょうか。
私的録音録画についての立法府の判断は、旧著作権法では器械的又は化学的方法による複製は著作権者の許諾を必要としていました。現行著作権法では、たしかに私的使用目的の複製は自由としましたが、その際、衆議院では、
「著作物の利用手段の開発は、いよいよ急速なものがあり、すでに早急に検討すべきいくつかの新たな課題が予想されるところである。よって、今回改正される著作権制度についても、時宜を失することなく、著作権審議会における検討を経て、このような課題に対処しうる措置をさらに講ずるように配慮すべきである。」
との附帯決議を行い、参議院でも同趣旨の附帯決議を行っています。
そして、平成4年にはタイムシフトやプレースシフトを含む私的録音録画について、立法府は補償金制度導入を必要と判断しています。
わが国の立法府は、先生のご見解とは異なる立場で著作権法を作ってきているのではないでしょうか。
Rédigé par: 日本映像ソフト協会 酒井 | 12 juil. 2007, 17:48:07