【後編】『Wake Up, Girls!』監督 山本寛氏インタビュー
「人は再起できる」山本寛監督が語る“地獄”
2014年07月18日 18時00分更新
『フラクタル』で味わった挫折
山本 震災の前にスランプに陥ったともお話ししましたが、『フラクタル』という作品の監督をしているときに大きく挫折したんです。
―― それはどんな挫折だったのですか。
山本 作品が“ネット評”に飲まれたんです。ネットで「“ヤマカン”が俺たちを煽った! だから潰せ! 『フラクタル』は徹底的に叩け!」というという空気が広がって、それが見事に数字に出てしまった。ショックでしたね。
作品を「大好きです」と言ってくれる人もいっぱいいます。アメリカでは結構人気なんですよ。でも作品を愛してくれている人たちの声が、悪い評の大波にのまれて全然届かなくなってしまった。
―― WUG!はそこから再出発されたということですね。
山本 はい。やめたいと思っていたのと同時期に震災が起きてしまったんです。それで、自分ひとりがアニメをやめるやめないじゃなくて、日本中が大ピンチなんだと気がついて。それで自分にできることを探して、いろいろやってみたんだけど、結局、一番形にできることがアニメ作りだったと気がついたんですね。
これが最後の機会であれば、もう一回、精一杯、どん底に落ちた状況から這い上がって、ちゃんと演出家として「倍返し」したかったんです。だからこそ必死に勉強しました。
現場は「ネットの悪い評判」が怖い
山本 WUG!は完全オリジナル作品ということもあって様々な挑戦をしています。それでアニメというフィールドに、世に問うような形で出したかった。
―― 世に問うところまで考えたと。それはなぜですか。
山本 僕がアニメ制作をやめたいと思った理由と繋がっているんですが、ここ10年くらいのアニメ制作の流れがとても気になっています。先ほどの「嫌なものは見せない」と同様のことが、制作の現場では起こりがちなんです。
マーケティング的な目線が優先して、この要素を入れておけば受ける、この要素は入れちゃダメ、みたいなジャッジがすごく細かくなってきていて、だんだんそれはお客さんのためではなくなってきている。
仕方がない面もあるんです。今のアニメの制作現場は「ネットの悪い評判」が怖い。ネットの場合、嫌なことはとことん拡大して伝わりますから、ひとたび悪い噂が起きれば、一気に火の手が上がって世論が変わってしまう。僕だって散々たたかれたから、その怖さは身に染みて感じています。
会議でもネットに叩かれないように、あれはやめよう、これもやめようという防衛やエクスキューズの流れにどうしてもなりますね。でもそれを続けていると、スタッフも作品も縮こまってしまいます。
―― 顧客からのクレームが怖いから、これは可能だけどやめておこう、という流れになる……そういった話は他業種の人からもよく聞きます。アニメ制作に限らず、今の時代の様々な業界について言えそうですね。
山本 そうなのかなと思います。アニメなどのコンテンツ分野は、口コミや評判がそのまま視聴率や作品の売り上げに直結しやすいジャンルなので、特に気になるところなのだと思います。それで、WUG!では今のアニメの流れを変えてやるぞ、という気持ちで臨みました。
WUG!では大きく方針を決めました。スタッフには、この表現は受けないからやめようと言う人は集めない。無用の軋轢を生まないためにもそれが良いのかなと。
―― WUG!は、アイドルが前面に出ている感じがせず、キャラクターも声優さんも応援したくなりました。このように見せるにはどんな工夫がありましたか。
山本 僕は「ハイパーリンク」と呼んでいるんですが、キャラクターと声優に強いリンクを作ってイメージを共通させたことが、アニメファンのお客さんにも受け入れてもらえた理由じゃないかなと思っています。キャラの下の名前はオーディションで決まった声優さんの名前に変更しましたし、声優さんがレッスンやイベントで見せる様子とかも、キャラクターにも反映させながら物語を作っていきました。
―― 声優がそのままアニメキャラクターとして登場しているわけでもなく、別個に存在しているのにどことなく似ている。どちらも「新人が成長する」という軸が共通しているのが興味深いと思いました。
山本 アニメとリアルをシンクロさせることは、僕は以前から意識してやるようにしています。自分のなかで一番大きいきっかけは「涼宮ハルヒの激奏」というイベントでした。
僕も『涼宮ハルヒの憂鬱』に演出スタッフとして関わっていたんですが、「激奏」では、平野綾さんや茅原実里さんといったキャスト5人が、“ハルヒダンス”と呼ばれる『ハレ晴レユカイ』を踊ったんです。踊っているキャストのバックに、僕が演出したハレ晴レユカイのダンスフルバージョンの映像が流れた。
これ見た瞬間、中の人とアニメが完全にシンクロしているっていう虚実混交、どっちが本物かわからないみたいな不思議な感覚を味わったんですね。そのシンクロが僕は新しいと思ったし、これはいける、使えると思って。それ以降、『らき☆すた』など他の作品でも積極的にアニメとリアルをシンクロさせる手法を取り入れました。
“アニメはできるだけ現実とリンクしてほしい”というのは、僕の個人的なテーマなのかもしれません。
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