【記者ノート2025】御嶽山遺族 11年の苦悩
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死者58人、行方不明者5人を出した御嶽山の噴火災害。夫の
旅先で撮った写真をまとめたもので、交際を始めた頃から年に1冊ずつ作っていた。「おやつを食べて元気になったぞ」「乗鞍岳をバックにポーズ」。余白には泉水さんが寄せたコメントも。お互いにカメラで撮り合ったが、弘美さんの写真の方が多い。「泉水さんの写真がもっと残っていたらよかった」。突然の別れを誰が予想できただろう。
弘美さんと出会ったのは、11年目を迎えた噴火災害の追悼式だった。アルバムを開きながら思い出を語る姿が忘れられず、年の瀬に連絡をとらせてもらった。
「母子家庭で、旅行に行ったことがなかった私をいろんな所に連れ出してくれた」「泉水さんに出会ってなかったら全然違う人生だったと思う」
言葉の端々に思いがにじむ。弘美さんは月に1回程度、2人で過ごした時間を記憶に刻むように、かつて訪ねた旅先を巡ってきた。楽しかったことを振り返ったり、1人でも来られたことを喜んだりして、一つ一つの思い出に「『済』のハンコを押していく」という。県内数十か所を訪ね、残すはあと1か所。ただ、最後の地には、「行くと終わっちゃうから行かないかも」と足を運べていない。
取材を始めて1時間半ほどたった頃、弘美さんが「記者は、噴火から半年、1年と節目にやってきて、やっとできた心のかさぶたをはがしていく」とつぶやいた。申し訳ない気持ちでいると「でも、今も泉水さんのことを聞いてくれるのは、マスコミくらい」と力なく笑った。
どんなに弘美さんが思っているか、泉水さんに伝えてあげたいです――。思わず口にした時だった。「噴火から10年は、泉水さんがいない現実に向き合おうとしてきた。でも今は、ただ会いたい。そばにいてほしい」。気丈に振る舞っていた弘美さんが静かに涙をぬぐった。この11年間、弘美さんが耐えてきたものを垣間見た気がした。
浅賀さくら 2024年入社。松本支局で警察や町村を担当。学生時代は演劇に明け暮れた。最もしびれた作品は野田秀樹演出の舞台「THE BEE」。




























