【特集】自由な校風を象徴する闊達な「読書」の授業…東大寺学園

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 東大寺学園中・高等学校(奈良市)は、約50年前から中1の国語で週1コマ「読書」の授業を行っている。自由な校風で知られる同校を象徴する授業で、どのような教材を使って、どのように授業を展開するかは教員の裁量に任されている。一つ一つの作品をじっくり読み進めることが原則だが、時に雑談や落語鑑賞なども交え、その授業は自由 闊達(かったつ) だ。6月30日、教室の様子をのぞいてきた。

教員と生徒が対話しながら作品を味わう

「読書」の授業で積極的に手を挙げる生徒たち
「読書」の授業で積極的に手を挙げる生徒たち

 6月30日、中1の国語で「読書」の授業が行われた。担当するのは、国語科の阿部哲也先生だ。生徒たちが読んでいるのは室生犀星の「蜜のあわれ」だ。「蜜のあわれ」は、老作家の 上山(かみやま) (おじさま)と、上山の飼う金魚の (あか)() (あたい)との関係を中心に、全編会話体で書かれた幻想的な小説だ。

 「『あたい』と『おじさま』の関係性を考えながら読んでください。『あたい』と『おじさま』は、どんな関係だと思う?」

 「ラブラブ!」「『あたい』が『おじさま』を手玉に取っている」など、阿部先生の問いかけに、生徒たちが口々に発言していく。

 次いで、「あたい」と「おじさま」とに配役を分けて、生徒たちは1ページごと、「蜜のあわれ」を音読していく。

 「暖かい“ひゅうが”(日向)にね」とある生徒が誤読すると、「“ひなた”だよ!」と間髪を入れず別の生徒からツッコミが入る。「おじさま」のパートを、老人らしい声色をつくって読む生徒もいれば、積極的に手を挙げて何度も読もうとする生徒もいる。時折笑い声が上がり、教室内はにぎやかながらも和気あいあいとした雰囲気だ。

 取材に同行した松本浩典教頭は、「自由に発言したり、読み方をアレンジしたり、生徒たちはおおむね授業を楽しんでいるようです。教員が読み聞かせをすることもありますが、その時は登場人物になりきって臨場感が出るように工夫しています」と話す。

 「読書」の授業では、この日のように作品を音読あるいは黙読したあと、先生が作中に出てくる表現や用語について解説したり、主題に関係するエピソードを披露したりする。時には、CDと速記本で柳家小三治の古典落語「時そば」を鑑賞するなど、さまざまな題材を使って自由闊達に授業は進められる。

 また、生徒たちがオリジナルのショートショートを作ることもある。ワークシートを用いてプロットや構成を考えたうえで作品に仕上げ、各自に発表してもらう。

50年以上受け継がれる「進まない楽しみ」

作品の一部を抜粋したプリントを用いて音読する
作品の一部を抜粋したプリントを用いて音読する

 松本教頭は同校出身で、中学生だった約50年前、自身「読書」の授業を体験した。また、昨年まで国語科の教員として教壇に立って「読書」の授業を担当していた。

 「民俗学の研究で有名な岸田定雄先生に授業していただきました。印象に残っているのは夏目漱石の『坊っちゃん』。朗読中に『 金鍔(きんつば) 』という言葉が出てくると、先生が『知っている?』と聞いてくるんです。ほとんどの生徒が知らないので、『次の授業に持っておいで』と先生が言うと、何人かが持ってきて、みんなで金鍔を食べて楽しかったことを今でも覚えています」

 当時から授業は担当教員の裁量に委ねられていたという。1冊の本をじっくり鑑賞しながら読んでいくが、話が横道にそれることも多かったという。「1年かけても1冊を読み終わることはありませんでした。先生と一緒に雑談で盛り上がるなど、進まない楽しみがありました」

あらゆることに「かもしれない」と可能性を探る

「『読書』は、自主性を重んじる東大寺学園の学校文化を象徴する授業」と話す松本教頭
「『読書』は、自主性を重んじる東大寺学園の学校文化を象徴する授業」と話す松本教頭

 自らの経験も踏まえ、松本教頭はこの授業の目的について、「読むだけでなく、辞書を引いたり、ワークシートに書いたりしながら、生徒に作品を純粋に楽しんでほしいんです」と語る。「興味を持って授業に参加することにより、自らの感覚や感性を磨き、主体的に学ぶ姿勢を身に付ける時間だと考えています」

 中1生は、受験の経験から正解を出すことばかりに気を取られることが多いという。「読書」の授業では、正解が一つでない問いに仮説を立てたり、想像力を働かせて答えを探したりする中で思考力を養っていく。

 「すぐに答えを求めたり、とにかく知識を得ようとしたりする生徒は少なくありません。そうした生徒にも学問の本質を知ってほしいとの思いから、私は常に『かもしれない』と可能性を探ることを心掛けるようにしています」

 松本教頭はかつて、芥川龍之介の小説「 蜘蛛(くも) の糸」を題材にして授業した際、「極楽から地獄に垂らした蜘蛛の糸はなぜ切れたか」を生徒に考えさせた。「生徒からは『利己主義だから』といった答えが返ってきますが、そこから『自分が大事なのは当たり前だけど、なぜ利己主義はダメなのか』と尋ねていきます」

 また、教室に2本の長い木の棒を持ち込み、「天国と地獄に、同じようにごちそうがあるけれど、どちらにもこのような長い箸しかありません」という話をしたこともある。

 「この2本の棒を箸に見立てて、食べてみてください」。生徒たちは、自分の腕よりも長い箸を扱うのに悪戦苦闘する。そこで、「地獄ではみんなが自分のことしか考えないので誰もごちそうにありつけず、争いになってしまう。一方、天国では互いに食べさせるからみんなが満腹で幸せになる。どちらがいいですか」と問いかけ、考えを促す。「国語とは、生活の授業だと思っています。さまざまな作品から、単に知識を身に付けるだけでなく、人として大切なことを学んでほしい」

 長年続けてきた「読書」の授業の意義について、「中1の週1時間のみの授業ですが、在校生や卒業生が『面白かった』とたくさん声をかけてくれます。『あの時、あんなことをしたな』と 反芻(はんすう) することが大事です。授業を受けている間は芽が出なくても後々、実を結んでくれたらいいと考えています」と松本教頭は語る。

 「『読書』は、テストも評価もないので、教員も生徒も自由に活動することができます。自主性を重んじる東大寺学園の学校文化を象徴する授業です。今後は映像や音源を用いるなど、さまざまなアプローチもできるのではないでしょうか。授業自体が自由であるからこそ、可能性は広がっています」

 (文・写真:石上元 一部写真提供:東大寺学園中・高等学校)

 東大寺学園中・高等学校について、さらに詳しく知りたい方は こちら

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