1杯790円でも儲かる「古き良きラーメン店」の秘訣
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1月1日。世の中が「明けましておめでとうございます」と言い合っているその日に、東京・平井で一軒のラーメン店が静かに、しかし確信犯的にオープンした。店名は「ラーメン ねぎとん」。
ラーメンは790円、しかも半ライス無料。ラーメンの価格が1000円を超えるのが当たり前になりつつある今、この数字はどう考えても時代に逆行している。

だが、この店を手がけたのが、「つけめんTETSU」創業者であり、「釜玉中華そばナポレオン軒」「伊蔵八中華そば」「清麺 常藤」など、数々のブランドを成功させてきた小宮一哲氏だと聞けば、話は変わる。
初日から長い行列を作るその店は、利益を削って安くラーメンを出しているのではない。安く「設計している」お店なのだ。
1年間、家賃を払い続けたテナントだった
「ねぎとん」が入る物件は、もともと「深だし中華そば」が営業していた場所だ。ラーメン590円という破格の安価で話題を集めたが、昨年は約1年間、店はシャッターを下ろしていた。
「家賃は払い続けていました。でも、同じ店をやるか、まったく違うものにするかで、ずっと考えていて」(小宮さん)
「やらない」という選択肢を持てるのも、小宮一哲という人間の強さだろう。もともと流行っていた店を、そのまま再開することもできたはずだ。だが、彼はそうしなかった。
再始動のきっかけになったのが、近年勢いを増す「ちゃん系」の存在だった。赤いテント、少ないメニュー、豚清湯のショッパウマ系で、柔らかい麺、切りたてチャーシュー、白飯前提の味設計が特徴。昭和の記憶をなぞっているようで、令和の時代に最適化されたニュースターだ。
「低価格で、お腹いっぱいになって、肩肘張らない。あれって、ラーメン屋のもともとの姿じゃないかなって思ったんです」(小宮さん)
学生もお金持ちも同じカウンターで食べられる一杯を

誤解してはいけない。「ねぎとん」は、いわゆる「ちゃん系インスパイア」ではない。味も構成も、まったく別物だ。ただし、思想は共鳴している。小宮さんは言う。
「僕、2000円とか3000円のラーメンを作りたいと思ったことが一度もないんですよ。それはそれで上手い人がやればいい。僕は、子どもからお年寄りまで、学生もお金持ちも、カウンター一列で同じものを食べる──そのラーメン文化が好きなんです」(小宮さん)
だから、基本的に1000円を超えるラーメンはやらない。それが彼の美学だ。

「ねぎとん」のスープを一言で説明するのは難しい。白濁しているが、いわゆる濃厚豚骨とは違う。塩とも、豚骨とも、醤油とも言い切れない。その理由は、コンセプトにある。
「スープを作るというより、“美味しいお湯を作る”っていう感覚なんです」(小宮さん)
この言葉は、小宮さんが敬愛する「田中商店」店主・田中剛さんから受けた影響だという。
主役となる素材を立たせるのではなく、何も立たせない。ど真ん中に“お湯”を置き、そこにうま味を溶かしていく。結果として生まれたのが、毎日でも飲める、引っかかりのない、それでいて確実に記憶に残る一杯だ。
スープが半濁しているのも、狙った結果というより合理性の積み重ねだ。前日の夜から骨を炊き、余熱を活用する。朝は骨を抜き、チャーシューを仕込み、その煮汁をスープに加える。

時間も、人の労力も減るし、結果としていい色になる。効率化は、味を犠牲にするためではなく、味を成立させたまま、無駄を削るためにあるのだ。
トッピングにも様々な工夫が込められている
そして、ほかにあるようでないトッピング「あまとろネギ」はこのラーメンの最大の特徴の一つだ。白髪ネギの辛さ、水にさらすことで失われる香り。火を通すと甘くなるが、そのまま置いておくとクタっとして見栄えが落ちる。
その矛盾を解決するため、小宮さんは目の前でネギを揚げるという方法にたどり着いた。提供直前に、ラーメンの茹で時間に合わせて、ネギをちょうど“とろ”になる温度で油に通す。ネギにまとった油は作りたての香味油(ネギ油)となる。

さらに、のれんに大きく書かれた「切りたてチャーシュー」「寸胴一本スープ」「手打ち仕立て麺」「あまとろネギ」という言葉。これは、お客さんの脳内に「美味しい」を先に作る装置でもある。
「これから食べるラーメンがどういうラーメンかをお客さんに先にインプットしていただくことが大事です。食べる前から“これは美味しそうだな”って思わせたいんです」(小宮さん)

では、本題だ。なぜ790円で出せるのか。答えはシンプルで、790円を先に決めて、逆算しているからだ。
・賃料は売上の10%以下
・減価償却費も10%以下
・営業利益10%が残ればOK
平井のこの物件は、すでに減価償却が進んでおり、賃料も抑えられている。その結果、本来30%に抑える原価率を40%までかけられる余裕が生まれた。

「やみくもに安くしているのではなく、使えるところに、ちゃんと使っているだけです」(小宮さん)
初期投資に気をつけて、勝てる設計をする
ラーメン店を出すにあたって、最も気を付けておくべきこととして小宮さんが強調するのは、初期投資だ。工事代は先払いで、店が潰れても戻らない。だから、ここだけは失敗しないように徹底的にやるべきなのだ。
居抜きでいいのか、オールカウンターなのか、ホールのスタッフが不要になるような設計ができるか、など、安くラーメンを提供するには、スタッフの人数を増やさなくていい動線を作ることが絶対条件だ。
「デビュー戦は、絶対に負けちゃダメなんですよ。安いラーメンをやりたいなら、安い場所を探すのではなく、勝てる設計をすることが大事です」(小宮さん)
それが小宮一哲の答えだ。

卓上には、「キクニラ」と「抜群鶏油」という見たことも聞いたこともない無料トッピングが置いてある。
キクニラは小宮さんの店「ナポレオン軒」で人気のキクラゲとバカニラ(辛いニラ)を混ぜたものである。そして「抜群鶏油」も、小宮さんの展開する唐揚げ専門店「きみ勢」で唐揚げを揚げるときに出る揚げカスを利用したものだ。グループだからこそできる独自のトッピングを取り入れているのも実に小宮さんらしい。
思想と計算が「1杯790円」を作った
「ねぎとん」は、派手な一杯ではない。しかし、そこには小宮さんの経験から裏打ちされた思想と計算がしっかり成り立っている。
790円のラーメンにここまでのロジックを詰め込める人はそういない。そして何より、この店はラーメン店をやり続けるためのひとつの答えでもある。

平井という下町で、老若男女が同じカウンターに並び、同じラーメンをすする。小宮さんが守ろうとしているのは、古くから続くラーメンという文化そのものなのだろう。





























