離婚届け出は冬がピーク 熟年離婚が増加「夫が死ぬまで待てない」(毎日新聞) - Yahoo!ニュース
熟年離婚が冬に多いというニュース。若年で離婚するよりはいいのでは?季節もクソ暑い夏よりいい。寒いほうが冷静な判断が期待できる。人間関係において、無理は無理なので、その二文字が頭から離れないなら離婚したほうがいい。離婚はめずらしくない。特別でもない。普通の行為だ。だから「離婚して私は、新しく生まれ変わった。本当の自分を取り戻した」といってゴミみたいなライフスタイル情報をネットやSNSに流さないでほしい。結婚して引退したグラビアアイドルが、中年に差し掛かったところで離婚、「覚悟のグラビア」を披露して復活したときに覚える、微妙な気持ちと似た気持ちになる。
なぜ熟年離婚するのか。長い時間をかけて、相手に期待していたものとの差異やズレが大きくなったということ。経験豊かな大人が正常な判断力で下した結論なのだ。まったく問題ない。そもそも相手と結婚生活そのものへの期待が大きすぎるのだ。さらに昨今の高齢化によって、我慢の限界値が寿命より前に到来してしまうようになった。50年間壊れないものはない。どこか調子が悪くなる。ボロが出るのは当たり前である。結婚式で叫ばれる「永遠の愛を誓う」なんて夢幻なのだ。なお、知り合いのなかで3名「永遠の愛」を誓いながらも2年以内に離婚した者がいる。祝儀を返してほしい。
僕は結婚して15年。まもなく52歳なので、離婚したら、気分は永遠のアイドルであっても、熟年離婚に分類される。ED、睡眠時無呼吸症候群によるイビキ、洗面台での泥酔メルトダウン、某海外有料動画サイト視聴バレンティン等々、これまで、大小の問題はあったが、今のところ離婚の兆候はない。もちろん、永遠の愛がないように、この先どうなるかわからない。将来の離婚可能性はゼロではない。しかしながら現時点で、熟年離婚危機でないのは、お互い、相手にそれほど期待していないからである。期待値が低いのだ。期待値が低ければ失望もない。また、性格や趣味志向も異なる。僕はアナーキストでロックでいいかげんな人間だけど、奥様は完璧主義者で潔癖症である。結婚当初から寝室は別で、共通の話題は少なく、一緒に出かけることも少ない。映画鑑賞も別だ。奥様が『永遠の0』を鑑賞しているとき僕は『ゼロ・グラビティ』を見ていた。無理に趣味や趣向を強制することもなく、別思想で別行動のため決定的な破滅をもたらす衝突が少なく、お互いに期待値が低いから裏切られることはない。離婚にならない。
最近こんなことがあった。


…不条理で、納得できない。でも人生はこんなことの連続である。
生きることは戦いだ。結婚生活は戦場である。相手が死ぬまで待てないなんて、ウチの奥様にいわせれば生温いのだ。彼女は「死ぬ瞬間まで稼げ」「ぽっくり死ぬなんて許さない」と僕に告げて、死ぬことすら許さない。ときどき結婚相手について、「彼とは価値観が一緒でしたー」「彼女と同じ未来が見たい」などと言っているのを見かけるが笑止である。甘すぎる。狭い世界、短い人生のなかで、そんな理想の人間が都合よくあらわれない。多くが妥協で、そう思い込んでいるだけだ。現実に価値観一緒カップルがばんばん離婚しているではないか。もちろん、理想的なパートナーに出会える人もいる。それは宇宙の辺境の地球という惑星に知的生命体が生まれたくらいの奇跡なので大事にしてもらいたい。
生きることは戦いだ。夫婦は、甘い生活を送るパートナーではない。厳しい戦場をともに生き抜く戦友だ。背中を預けなければならないときもある。生き残るためには愛を囁くかわりに喝を入れなければならない、最悪、捨てなければならないこともあるかもしれない。ハードコアな戦いなのだ。仲良し夫婦、円満夫婦はたいへん結構。けれども、僕らみたいな、表向き、寝室は別で、趣味志向は異なり、小さな口論と別行動が多くても、深い部分で信頼しあっている複雑な関係、そういう夫婦のカタチもありなのではないか。そう信じている。(所要時間20分)
