■コロナがすべてを奪っていった
倒産した製菓店の店主として語るなら、胸の奥がまだ少し痛む。
店を閉めた日のことは忘れられない。
ショーケースに残った最後のシュークリームを見つめながら、何度も「もっとやれたはずだ」と自分に言い聞かせた。
けれど、現実は甘くなかった。材料費の高騰、客足の減少、どうにもならない流れの中で、店の灯りは静かに消えた。
それでも、あの日々が無駄だったとは思わない。
子どもが初めて食べたケーキに目を輝かせた瞬間や、
常連さんが「ここの味が一番好きだ」と言ってくれた声は、今も心の中で温かく残っている。
コロナがすべてを奪っていった。
朝いちばんに焼き上げたクロワッサンの香りも、
子どもたちの「また来るね」という声も、店の奥で聞こえていた小さな笑い声も。
シャッターを下ろした瞬間、世界が音を失ったようだった。
それでも、あの日々の温もりだけは奪われなかった。粉にまみれた手で積み重ねた時間は、今も胸の奥で静かに息をしている。
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