あとで飲もうと思って冷蔵庫から出したヤクルトを逆さにしてこたつの上に置いている。独立洗面台のなかった1Kに住んでいた頃の名残で、部屋で髪を乾かす習慣が抜けない。つい数週間前まで冷房をつけていたというのに、もうこたつでぬくぬくとしている。最後に冷房つけたのいつだっけ?毎年記録しようとして忘れる。今季初めて息が白くなった日は記録に残せるけど、日常生活でこれが最後だと思いながら何かをすることはあまりない。
今まで生きてきて、何度か文才があると言われたことがある。学生時代の自由作文と、はてな匿名ダイアリーがTwitterの知らない人に呟かれてバズった時。どちらも匿名だった(前者は作者を伏せて先生が朗読する形式だった)。小学生の時には作文は大嫌いだったし、大学では理学系に進んだのでそういうのとは縁遠い方だと思うけど、思い返せばマニュアル作成を任されがちだ。ちなみに卒論のときにはちゃんとボコボコにされている(理科系の作文技術にはお世話になった)。それはさておき、言われてみると「文章うまい」「文才ある」ってなんなのか気になる。
一言で言えば「読ませる文章」だというのは理解できる。技巧じゃないんだ!気持ちだ!またはセンスだ!という言説もわからなくもない。いややっぱりわからない。「自分運動のセンスないから」って言う人は言い訳してるように聞こえる。もうちょっと具体的な言葉を使っていれば言い訳には聞こえにくくなるのになーもったいないなーと思う。印象はいい方がいいから。どういう要素があれば/なければ文才があると言われやすくなるんだろう。あったからどう、ってわけじゃないけど、強みっぽく言えたらそれは強みだなと思う。
なんか今日はあまり筆が乗らなかったな。がーっと勢いで書いたときのほうが良い。書きたいものが先行しているから当然ではあるけどね。