C++でsynchronized methodを書くのは難しい (2)
「いや、メソッドの同期化など頻繁に必要になるはずだ、便利な方法がないわけがない」と仰る方もいるでしょう。はい、あります。一般的な方法は、
- (non-POD型の、つまり普通の)C++のクラスとして「Mutexクラス」を用意する
- クラス変数、あるいはグローバル変数としてMutexクラスのインスタンスを用意し、それを用いてメソッドを同期化する
となります。
具体的に見ていきましょう。まず、Mutexクラスというのは次のようなものです*1。
class Mutex { public: Mutex() { pthread_mutex_init(&m_, 0); } void Lock(void) { pthread_mutex_lock(&m_); } void Unlock(void) { pthread_mutex_unlock(&m_); } private: pthread_mutex_t m_; };
世の中のMutexクラスは、抽象基底クラス(インタフェースクラス)を持っている場合も多いと思いますが、ここでは省略します。ScopedLockクラスも若干修正が必要ですね。次のようにしておけば良いでしょう。
template<typename T> class ScopedLock { public: ScopedLock(T& m) : _m(m) { _m.Lock(); } ~ScopedLock() { _m.Unlock(); } private: T& _m; };
このMutexクラスを用いてメソッドを同期するには、次のようにします。まずは明らかに間違った例から。
// 方法e void Foo::need_to_sync(void) { static Mutex mutex; { ScopedLock<Mutex> lock(mutex); // 処理 } return; }
これは…コードは簡単で良いのですが、残念ながらきちんと動作しません。NGです。Foo::need_to_sync関数の初回実行が偶然、複数のスレッドによって同時に行われると、mutexのコンストラクタが複数回呼ばれる可能性があります。理由については、MSの中の人のblogとして名高い The Old New Thing の記事、"C++ scoped static initialization is not thread-safe, on purpose!"などで熟知していただくのが良いと思いますので詳しくは述べません*2。このblogではVC++を例にしていますが、g++でも話は同じで、「局所的静的変数の動的初期化処理」は、スレッドのことなど全く意識されずに行われます*3。
次に、世間でよく行われている方法を紹介します。簡単のためグローバル変数にしておきますが、クラス変数(クラスのstaticなメンバ変数)としても同じことです。「非局所的な静的変数」としてMutexを用意する方法です。
// 方法f namespace /* anonymous */ { Mutex mutex; } void Foo::need_to_sync(void) { ScopedLock<Mutex> lock(mutex); // 処理 return; }
この方法は最もポピュラーと思われます。しかも、たいてい問題なく動きます。
問題が起きるのは、別のグローバルなオブジェクトxがあり、xのコンストラクタから直接、あるいは廻りまわって間接的に、Foo::need_to_sync関数が呼ばれてしまう場合です。静的オブジェクトの初期化順の問題、一般に "static initialization order fiasco" などと呼ばれている問題です。mutexのコンストラクタが走る前に、mutex.Lock()が実行されてしまう可能性があるのです。
こちらのFAQの10.12〜10.16を読み*4、その上で自分のコードに初期化順の問題がなく、将来も問題が起こらないと確信できるのでしたら上記方法を使用してOKと思います。
もし、初期化順の問題が起きないと確信できないのなら、pthread_onceを用いた「方法d」を使用するか、やや移植性の低い「方法c」を使用するしかありません。個人的には割り切って方法cを使えば良いのではないかと思っています。
さて、最後に方法cを、もう少しC++的にする方法を考えてみます。
// 方法c (再掲) void Foo::need_to_sync(void) { static pthread_mutex_t mutex = PTHREAD_MUTEX_RECURSIVE_INITIALIZER_NP;
目標は、
- pthread_mutex_t 型を隠蔽し、自作したクラス型だけを見せる
- 方法e,fで使用したScopedLockクラステンプレートをそのまま使用できるようにする
です。もちろん、初期化順の問題を再発させてはなりません。
→続き
*1:再帰mutexにする例は冗長なので略します。pthread_mutex_initによる初期化を行っていますので、再帰mutex化するのは容易です。
*2:そのうちg++ -S結果とその解説でも載せます
*3:2005/12追記: 最近のg++では例外アリ、http://d.hatena.ne.jp/yupo5656/20051215/p2 を参照のこと
*4:和書 ASIN:489471194X に邦訳が載っています。また static initialization order の問題については此処にもそのうち何か書きます