夜這いと伝統的日本の恋愛教育

「農耕民族(農民)=日本人」というなら、「夜這い文化こそが日本の美しい伝統」と言うべきだが、さすがに誰もそこまでは言わない。
http://homepage.mac.com/naoyuki_hashimoto/iblog/C1084425330/E20060609192005/index.html

そこで赤松啓介『夜這いの民俗学・夜這いの性愛論』ですよ。筆おろし、水揚げ、若衆制度、夜這いなど戦前まで日本の伝統的なムラ社会に根強くのこっていた、あけっぴろげな性風俗について本書に生き生きと記述されています。

もう共同風呂をやっている家の子供であると、フロから出てくると次に入るオバハンが待っていて、お前もうチンポ大けなったやないか、見せてみい、とつかまえて、つかんでしごいてくれた。チンポむかれて、痛い、痛いと泣くと、ようむかんと嫁はんもらわれへんぜえ、とまたむいて、しごいてくれた。こうした嬶(かかあ)どもは、次にコタツなどに誘って初交いわゆるフデオロシになる。(P.58)

現代で13歳にも満たない子供に既婚女性がこんなことをすれば大問題だ(笑) ちなみに夜這いの風習は農村部だけでなく、都市部の商家などでも平然と行われていた模様。こういったなかなか記録に残ることのない下層社会の性風俗が克明に描かれていてとてもおもしろい。巻末の上野千鶴子の解説が概観を理解するのにいいかなと思ったのでちょっと長いけど抜粋。

明治政府が夜這いを、「風紀紊乱(びんらん)」の名のもとに統制しようとしていたことは知られている。だが、各地で夜這いは長期にわたっておこなわれた。夜這いは、いっぽうで乱婚やフリーセックスのような道徳的な頽廃として、他方では古代の歌垣のようなおおらかな性のシンボルとしてロマン化され、さまざまな思いこみや思い入れを持って語られてきた。

だが、タブーが解けてしだいに明らかになった夜這い慣行の実相は、共同体の若者による娘のセクシャリティ管理のルールであることがわかってきた。初潮のおとずれとともに娘組に入り、村の若者の夜這いを受ける娘にとっては、処女性のねうちなどないし、童貞・処女間の結婚など考えられない。

娘の性は村の若者の管理下におかれるが、そのなかで結婚の相手を見つけるときには、「シャンスからくる」(瀬川清子)といって、恋愛関係のもとでの当事者同士の合意がなければ成り立たない。親の意向のもとで見たこともない相手に嫁ぐという仲人婚は、村の夜這い仲間では考えられない。夜這いは、若者にとっても娘にとっても、統制的な面と解放的な面の両面がある。

「日本の伝統的な結婚って、お見合いでしょ」とか、「日本の女性は処女のまま初夜を迎えるんでしょ」といったあやしげな「伝統」は、ほんの近過去まで夜這い慣行が存在していたことを考えると、「創られた伝統」であるといってよい。明治政府が夜這いを取り締まろうとしたとき、村の若者は、「夜這いがなくなるとどうやって結婚相手を見つけたらよいか、わからない」と言って反対したという。

柳田は『明治大正史 世相篇』(朝日新聞社、一九三一年)のなかで、若者宿を「恋愛技術の教育機関」と呼んでいる。男女が接近する技術も、文化と歴史の産物であり、伝達され、教育され、学習されなければならないものなのだ。日本における見合い結婚とは、「封建的」なものであるどころか、おおかたの日本人にとっては、たいへん「近代的」な結婚の仕方である。

六〇年代の半ば、結婚の仕方のなかで恋愛結婚が見合い結婚を超える。このときに愛と性と結婚の三位一体からなるロマンチックラブイデオロギーとその制度的体現である近代家族が日本では大衆化するのだが、そのとき逆に「処女は愛する人にささげるもの」という処女性の神話は、ピークに達したと言ってよいかもしれない。*1(P.321-322)

恋愛とは何か、結婚とは何かということを考えるときに、過去をひも解いてみるのも面白いかもしれません。

夜這いの民俗学・夜這いの性愛論

夜這いの民俗学・夜這いの性愛論

*1:読みやすいように原文を適時改行。強調は引用者