最近、同人音楽の演奏難度が上がっている件


DTMという言葉の誕生よりずっと以前から、パソコンに楽曲を(楽譜を見ながら)打ち込み、それを再生して楽しむというムーブメントはあった。


Y8950(MSX-AUDIO)やYM3812/FM1312(Sound Blaster)に代表されるようなFM音源チップが搭載されたパソコンが普及する(1985年前後)よりさらに昔、PSG(Programmable Sound Generator)音源チップAY-3-8910が搭載されたパソコン(PC-6001/X1/FM-7など)が発売されたころ(1981年前後)から、その流れはあった。


当時、自分で楽器を演奏できない者が、楽譜をBASIC言語のMML(Music Macro Language)命令で入力し、再生させていたわけだ。それはとても画期的なことであった。


ただ、流行りのポップスなどを打ち込んでもつまらないので、どうせならゲームの音楽を再生したいと考える人が多かったと思う。コンピューターゲームで再生されている音楽なのだから、(FM音源の波形パラメーターなどをうまく調整すれば)コンピューターで全く同じように再生できるはずだという考えだ。いまで言うコピーバンドにも通ずるところがあると思う。


しかし、当時のアーケードゲーム自体の知名度が低く、楽譜はほとんどが出版されていなかった。CDなどに特典として付属されている楽譜のリーフレットぐらいしか楽譜の入手手段がなかった。


かと言って皆無であったかと言うとそうでもない。


例えば、当時発売された有名どころのゲーム音楽の楽譜としては『グラディウスシリーズ全曲楽譜集I・II』がある。これは1990年3月に発売されたコナミのグラディウスの楽譜集である。しかし、キングレコードが出版し、書店ではなくレコード店の流通で販売されていた。この例ひとつとっても、当時はまだゲーム音楽の楽譜は、書籍として普通に出版して売れるシロモノではなかったのだと言える。


コンピューターゲームの音楽が世間的に認知されるようになるのは、当時CM音楽などを主に手がけていたすぎやまこういち氏が楽曲を提供した『ドラゴンクエスト』(1986年)や、坂本龍一氏が、PCエンジン版『天外魔境 ZIRIA』(ハドソン/1989年)に楽曲を提供したあたりまで待たなければならない。



ALL ABOUT SORCERIAN―ソーサリアンのすべて



ちょうどそのころパソコンではFalcomの『SORCERIAN(ソーサリアン)』がブームになり、1991年6月に『ALL ABOUT SORCERIAN』という攻略本が発売され、ここにゲーム内で使用されている楽譜が掲載されていた。ちなみにこの攻略本は、2000年11月に復刻される。


当時(1990年前後)はパソコン通信全盛期であり、Falcom系の(楽譜からの)打ち込み、完コピ(完全コピー、すなわち、原曲をいかに忠実に再現するか)みたいなのが流行った。


このようにして発展してきた同人音楽の世界が本格的に開花するのは、1990年後半である。この背景には、MIDIファイルの再生環境が充実してきたことや、CD-Rドライブの低価格化、またCDプレス費用の低廉化などが挙げられる。また、音系・メディアミックス同人即売会『M3』(http://www.m3net.jp/)が初めて開催されたのは1998年春である。


このころから、同人音楽の世界は少しずつ高難度譜面化していく。PCで演奏させるのだから、自分の演奏能力を超えたものをやらなきゃ!みたいな考えがあったのだろう。たぶん、そのピークは、東方Projectのブーム、東方系のゲームの二次創作音楽あたりではないかと思うのだけど、詳しく語るだけの物的証拠を私は持ちあわせていない。ごめん。


そして、聴く音楽から演奏する音楽への転換期がやってきたのが2008年ごろである。JASRAC管理曲の楽譜を個人でも登録し、販売できる『同人音楽の森』(http://www.dojinongaku.com/)というサイトがオープンしたのが2008年。JASRACのインターネット上でのMIDIファイル等への取り締まりが厳しくなったので、きちんと著作権的な部分をクリアした上で楽譜を公開したいというニーズに応えたものである。


この『同人音楽の森』で最近、奇妙な現象が起きている。売上げランキング1位を見て欲しい。



『進撃の巨人』の第1話〜第13.5話までのOP、『紅蓮の弓矢』である。8月はずっとこの楽譜が週間げランキング一位である。『進撃の巨人』の人気を考えれば、これは驚くに値しないと思われるかも知れない。しかしそうではない。この楽譜の演奏動画を見て欲しい。


【進撃の巨人 / Attack on Titan】紅蓮の弓矢(フル) / Guren no Yumiya (full)【Piano】


中盤から後半にかけ、相当高難度である。アニソン系の演奏難度で言うと超上級、クラオタ的には中級の中〜上ぐらいだろうか。ともかく、こんな譜面をさらっと弾ける人は全ピアノ人口のうちの1%にも満たないと思うのだが、何故この楽譜がこんなに売れているのだろうか。


この動画はYouTubeで再生回数17万回、ニコニコで再生20万回(sm21399840)という再生回数を記録しているので、もちろん動画を見た人が買っているのには違いないのだろうけど、累計37万人が動画を見たとして、そのうちピアノ演奏者が10%ぐらい。さらにそのなかの1%の人がこれをさらっと弾けるとして、そのなかでこの楽譜をお金を出して買おうという人が10%程度だと…37人。おかしい。こんな人数で1ヶ月間ずっと週間ランキング1位が維持できるはずはないので、どう考えてももっと多い割合が買っている。



まあ、なんにせよ、「高難度楽譜は売れない」という従来の同人音楽の常識を覆す結果となっている。


こんな結果を見せつけられたら出版社としても「バイエル併用」「バイエル卒業程度で弾ける」みたいな楽譜を出す気にはならないのではなかろうか。業界全体の今後の動向が注目される。