親友との再開とPCT DAYS
第3回
旅の半分を歩いて、少しずつ旅が終わりに近づく寂しさを意識し始めた増田翔。PCTを歩くだけでも十分に満足できるが、長い旅の中で訪れる出会いやイレギュラーによって、少しずつ彼のものごとの捉えかたが変わっていった。
リサプライを終えてGoverment Campの次に向かう先はTimberline Lodge。Mt.Hoodの麓にあるこのホテルは、年中スキー客で栄えている。後から知ったことだけど、ここはとある映画に登場するホテルのモデルとしても超有名な場所だった。
僕は水を汲むためにホテルのエントランスへ入る。中には古いスキー板やブーツ、土地の歴史に関する写真が展示され、博物館のような雰囲気が漂う1階で僕は道具や写真を眺めていた。
ゆったりと館内を見ていると後ろから「ショウマス~ダ?」という声が。1、2分間の沈黙の後、汚い格好をしたハイカーが僕の眼前に現れる。
次の瞬間、僕とそのハイカーはお互い言葉もないまま目に涙を浮かべ強くハグをした。
南カリフォルニアで最初に出会った、親友のアレックスと再会したのだ。あとから振り返ってみても、これほどまでに嬉しい出来事はない。
親友アレックスとの再会
アレックスは僕と別れた後、TehachapiからAshlandまで電車やバスで移動してきたという。「道中で“ショートパンツ”ってトレイルネームをもらったんだ」とアレックスは笑いながら話してくれた。まさかこうして再会できるなんて。
彼はポートランドで荷物を受け取る必要があり先を急いでいたため、2時間程歩いた先で再び別れた。長い間歩き続けるロングトレイルでは、装備の故障や季節の移り変わりで道具の買い替えが必要なこともある。
そんな時は彼のように少し先の街に購入したアイテムを送っておくとスムーズに旅を続けられるし、気温の変化にも対応できるのだ。僕も靴下や個包装の調味料を送ったりした。
ただし買いすぎと郵便局の営業時間には要注意!
旅半ば
Tunnel Fall
そこから2、3日歩いて次の街Cascade Rocksに近づいてきた。
街に着く手前にTunnel Fallという大きな滝がある。滝の裏側を歩くのは初めてで、マイナスイオンを存分に感じながら歩いた。
気付けば6月にメキシコ国境をスタートしてから2ヶ月が経つ。
「ようやく半分まで来たのか」という達成感と「残り半分で旅が終わってしまう」寂しさが入り混じり、なんとも複雑な気持ちのまま早足で次の街へと向かった。
2品でだいたい35ドルくらい
そして、オレゴン州とワシントン州のあいだに位置するCascade Rocksへ到着。前日の夕食で手持ちの食料を食べ尽くしていたため、僕の体はほとんど飢餓状態。久々の食事をしようとレストランへ駆け込み、ハンバーガーとサラダを注文する。
「2,000km歩いたご褒美」と奮発してサラダにはチキンをトッピング。トレイルではトルティーヤやマッシュポテトばかり食べていたから、リアルフードは普段よりあたたかくジューシー。「ハンバーガーってこんなにウマかったっけ?」と毎度のように思わされた。
僕は周りの目を一切気にせず、目の前のハンバーガーに夢中になってかぶりついた。
日本人ハイカーとの出会い
日本人ハイカー大集合
Cascade Rocksにはいくつかモーテルがあるが、どれもがそこそこ値の張る宿ばかり。だから、ほとんどのハイカーは街の端のキャンプ場に泊まる。僕は近くのスーパーで買い出しをしてからキャンプ場へ向かい、シャワーを浴びて芝生で横になって過ごしていた。
後ろから「日本人ですか?」と声をかけられ、反射的に「はい」と答える。
少し遅れて「日本語で話しかけられた!?」と僕は動揺した。突然の出来事に少々パニックになったけど、PCTをセクションハイクしているという日本人ハイカーの内藤夫妻に出会えたのはすごく嬉しかった。キャンプ場のハイカーボックスを一緒に漁って、横で冷やされていた無料のビールで乾杯。結局、深夜まで飲み明かした。
翌朝は二日酔いになりながらも、近くのブルワリーへと向かう。PCTをスルーハイクしている日本人ハイカーと合流するとのことで、僕も混ぜてもらった。
大勢の日本人と出会うのはアメリカにきてから初めてなので、一緒にワイワイ過ごすうちに海外にいるという緊張は完全にどこかへ消えていった。
6日間のゼロデイ
みんなでポートランド観光へ
ここCascade Rocksでは、年に1度PCT DAYSというイベントが開催されている。当初、僕はPCT DAYSには参加せずに先へ進むつもりでいた。開催までまだ何日もあるし、街にいるとお金を使ってしまうからだ。
しかし結局は、予定を大きく変更してゼロデイ(ハイキングをしない日)を取ることに決定。
どうするか悩んでいた時に、PCT DAYSがどんなイベントなのか詳しく聞くと、約100のアウトドアメーカーが集結し、そこでは物販や展示、バラエティに富んだイベントが用意されてるとのこと。
そんなことを聞いてしまったら、行かないという選択肢はなくなった。
PCT DAYS開催までは3日。キャンプ場でボーッとするだけでは勿体ない。
「せっかくの休日は楽しまなくちゃ」と、僕は日本人ハイカーのみんなとポートランドへ観光を楽しむことにした。
久しぶりの都市は高層ビルが建ち並び、おしゃれをした若者や観光客がたくさんいた。僕にはその全てがキラキラしているように見えて、自分が着ている服がとても汚いことに改めて気付かされる。
そんな時は「この汚れはハイカーの証だぜ!」なんて言わんばかりの面持ちで街を観光した。ポートランドではいくつかのアウトドアショップとブルワリー、豆腐屋をめぐり観光を存分に楽しんだ。
ハイカーたちと宴
キャンプ場へ戻ると、今朝よりもハイカーの数がかなり増えていた。「こっちで一緒にビール飲もうぜ」とスイス人ハイカーに誘われて僕ら日本人組も大勢の輪に加わり乾杯を繰り返す。
ハイカーは、初対面でも関係なくファミリーのような感じになれる。
”アメリカ”が僕たちにそうさせているのか、はたまたロングトレイルの魔力なのか。どちらにしてもこのピースな環境は本当に居心地がいいのだ。
これまでに出会ってきたハイカーたちとも再会することができて「久しぶり!元気か?」「あの◯◯はどうだった?」なんてトークがそこらじゅうで飛び交う。
僕はハイペースで歩いていたから何度もすれ違うようなハイカーは多くなかったけど、再会できたことが嬉しくて、ついビールを飲み過ぎてしまった。
久しぶりの焼肉とライスに食らいつく
充実したゼロデイを過ごしてPCT DAYS開催までは、あと2日。それまでの間、内藤夫妻がオレゴンを歩いてる時に出会ったデイビッドの家に泊まらせてもらうことになった。
デイビッドは、Cascade Rocksにあるブルワリー『Thunder Island』を夫婦で経営している190cm台の優しい大男。僕たちはPCT DAYSまでデイビッドの庭で、カウボーイキャンプをして過ごさせてもらった。
出店のカウンターをみんなでDIY
デイビッドファミリーにはかなり良くしてもらっていたので、「何か手伝わせてくれ」と言うと「PCT DAYSに出店するから、その手伝いをしてくれないか」という流れに。
僕らは工具を片手にハイカーから大工へ転職すると、2時間程で手際よく立派なカウンターを完成させた。良い仕事をした後のビールは、言うまでもなく最高だ。
ついにやって来たPCT DAYS!
白熱のパイ食い競争
待ちに待ったPCT DAYSが始まると、会場はすぐにPCTハイカーで溢れた。1日目はゴミ拾いイベントからスタート。ほかにも豪華景品が準備されたくじ引きやミニゲームで大いに盛り上がった。
中でも1番の盛り上がりを見せたのがSix moon designs主催のパイ食い競争。1等にはテントの豪華プレゼントが準備されていた。鼻にパイが詰まってむせる参加者や、チェリーで顔を真っ赤にしながら食らいつく者まで。
ギャラリーの盛り上がりもアメリカならでは。僕は朝食でパンケーキを食べ過ぎて出場できなかったことを心底悔やんだ。その代わりに声が枯れるくらい叫び、みんなを応援して燃え尽きた。
疲れ知らずのハイカーたち
日が暮れると、我らがThunder Islandで野外音楽フェス開催!体力の有り余ったハイカーたちは夜になってもビールを片手に音楽に合わせて飛び跳ねる。正直、僕は眠くてしょうがなかったけれど、ビールをこぼさないように品よく丁寧に飛び跳ねた。
ビールを配ってトレイルエンジェルをした
PCT DAYSが終わると大勢のハイカーたちは瞬く間にトレイルへ戻っていった。僕たち日本チームがThunder Islandの片付けを手伝っていると「これを配って来てくれ、トレイルエンジェルだ」と大量のビールケースをデイビッドから渡された。
ゴルフカートのような乗り物に乗り込んで、会場内を駆け巡りビールを配ってまわる。ビールを受け取ったハイカーも、配る僕らも笑顔が絶えない。
そんな中、僕はこれまで沢山のトレイルエンジェルに助けられてきたことを思い返した。「なぜ彼らは無償でこんなことをしてくれるんだろう」と疑問に思うこともあった。
きっと彼らは、僕たちハイカーが笑顔になればそれだけでいいのかもしれない。そんなことにも気付かせてもらい、とても貴重な経験になった。デイビッドはじめThunder Islandのみんなには感謝しかない。
そしてワシントンへ
BRIDGE OF THE GOD
オレゴンとワシントンの境にはコロンビア川が流れている。BRIDG OF THE GODという少しイカつい名を持つ橋を歩いて、僕たちはオレゴンを後にした。この橋はPCTハイカーにとって最後のセクション、ワシントンへと突入する節目となる特別な場所のひとつ。キマった写真を撮るためにしばらくこの場所にいた。
目の粗い地面に物を落とさないか不安だった
全長約500mの橋を歩く間、この6日間を振り返ってみた。
長い間滞在したことで多くのハイカーと出会い、日本人とも遭遇することができた。そのおかげで、Cascade Rocksで過ごしている間に、楽しいことも大切なことも教わったと思う。僕にとって間違いなく特別な場所になった。
そんなしみじみモードも束の間、写真で見ていた憧れの場所へ自分がいる興奮と、ワシントンに突入することにテンションはMAX!この橋は2車線で歩道がないため、車はスレスレの距離を通過する。ヒヤヒヤした瞬間もあったけれど、車が通らない隙にみんなで写真や動画をこれでもかと撮りあってたっぷりとはしゃいだ。
こうしてシエラを残し、カナダ国境を目指すべく最後のセクション、ワシントンへと突入した。
Text&Photo:Sho Masuda
Edit:Michitaro Osako(YAMA HACK)