パリの交差点にある信号機の支柱にベージュ色の箱がついている。数十年間一度もその箱に気がつかなかったほど平凡だ。ある日パリ市庁舎近くで〈ここはリボリ、タンプル〉と言う声が聞こえてきた。振り返っても人影はなく、まさにミステリー。

 だがある日、杖をもった人間のピクトグラムがついた箱に気が付いた。底に触ればスイッチ。そっと上に押せば横断歩道をゆっくり渡り切る時間より少し長時間、青信号の間だけ、二本の道路の名前がくり返し聞こえてきた。

 つまり、視覚障害のある人々に現在位置を交差する道路の交点で指示し、なお横断の安全を助ける音の箱だったのだ。

 健常者が知る必然はない。だからピクトグラムつきの箱は少ないようだが、外出先で障害者の安心と安全を約束するデザインとしては秀逸だ。道路のほとんどに名前がない我が国では真似できないが、電子機器を持たなくても現在位置がわかる音のデザイン開発のヒントになるだろう。

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日経デザイン
出典:日経デザイン 2007年10月号 5ページより
記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。