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8月、街の一等地にある大型デパートが閉店しました。そのデパートが入居しているショッピングモールも撤退を決めています。その周りを見ても、空き店舗ばかり・・・。
ここはアメリカ西海岸の大都市、カリフォルニア州サンフランシスコ。入り江にかかる真っ赤なゴールデンゲートブリッジに、急な坂を行き来するケーブルカー。華やかなイメージに彩られた町の中心部には驚くべき光景が広がっています。
(ロサンゼルス支局長 佐伯敏)
サンフランシスコの歩道
歩道にはテントが張られ、バス停は路上生活者、いわゆるホームレスの荷物で埋め尽くされています。
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座り込んで顔を突っ伏し、動かない人もいれば、小刻みに震えている人、奇声を上げる人。
こうした光景は、サンフランシスコの中心部で決して珍しくなくなっています。
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近年のサンフランシスコと言えば、テック企業が集まる都市として広く知られてきました。あのイーロン・マスク氏がツイッターの看板を、光り輝くXの看板に変えたのも、ここ、サンフランシスコです。
そのイーロン・マスク氏は7月29日、Xに次のように投稿しています。
「Xの本社をサンフランシスコから移転しないかと、多くの人が充実した優遇措置を提示してくる。
街はいま1社、また1社と撤退が続く死へのスパイラルのなかにある。だからXも出て行くのではないかと誘ってくるのだ。
私たちは出て行かない。厳しいときにこそ本当の友人が誰なのかわかるものだ。
サンフランシスコ、美しきサンフランシスコ。他の人が見捨てたとしても私たちはずっと友達だ」
小売店の“集団脱出”
マスク氏の思いをよそに、中心部では小売店の撤退が止まりません。
冒頭の閉店したデパートはここ数年で店を閉めた数ある店舗のひとつです。
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閉店したデパートの向かいには、ケーブルカーの駅があります。坂を下りてきた車両が回転台のうえで方向転換し、また坂を上っていく町の名所です。
地下鉄やトラム、バスの停車場もある交通の要衝にも関わらず、店の撤退が止まらないのです。
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地元メディアによると、この一帯では営業している小売店が2019年に203店舗だったのに対し、2023年5月の時点ではほぼ半数の107店舗に減りました。
実際に町を歩いてみると、1ブロックの通りに面した店がほぼ空き店舗という場所も。
店によっては華やかなイラストがあしらわれているものもありますが、そこにはやはり“FOR LEASE(借主募集)”と書かれていました。
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こうした状況を、アメリカのメディアは「小売店の“集団脱出”」と表現しています。
オフィスワーカーが帰ってこない
町で起きている変化の背景を聞こうと、ある不動産投資会社を訪ねました。
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ヤスコウチさん
「(コロナ禍で)かつてのようなレベルまでオフィスワーカーたちが戻ってきていないのが大きな理由です。
パンデミックがおさまってからも、オフィスに出勤しているのはかつての40%から50%に過ぎません。
その結果、店のお客さんは大幅に減少しました。当然、店の売り上げも減り、営業を続けることが難しくなったのです」
サンフランシスコの特殊な事情
不動産サービス大手CBREが9月12日に発表した報告によると全米のオフィスの空室率は18.2%と、この30年で最も高くなっています。
これに対しサンフランシスコのオフィスの空室率は31.6%で過去最高を記録。2020年の実に8倍近くにあたり、全米の主要都市で最悪の水準です。
コロナ禍に苦しんだのは世界の各都市も同じなのに、なぜサンフランシスコがこれだけ突出しているのか。ヤスコウチさんはサンフランシスコ特有の事情があると指摘します。
ヤスコウチさん
「従業員のリモートワークに最も積極的で、大半を在宅勤務させたのが(サンフランシスコに集積する)テック企業だということです」
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ヤスコウチさん
「テック企業の多くは、在宅勤務ができる商品やサービスを開発してきた当事者です。そして自宅から商品を注文すると、それが自宅に届くしくみも実現させました。
つまり『このようなライフスタイルが可能なのだ』と宣伝することに利益を見いだしているのです」
インタビューのあと、すぐ近くの金融街を訪ねました。
昼時だというのに金融関係者とおぼしき人はまばら、というよりほとんどいません。
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靴の修理店をのぞくと店主が退屈そうにカウンターに肘をついていました。
信号待ちをしていた保険会社の若手社員の話が印象に残りました。
保険会社の若手社員
「そうですね。休み時間にコーヒーチェーンに飲み物を買いに行くと、客は私ひとりです。
すぐに注文できて、すぐにコーヒーが出てくるのは良いのですが、同時にさみしくもなります。ここ最近はずっとそんな感じです」
止まらない万引きの被害
小売店の撤退が相次ぐ背景として、もうひとつ指摘されているのが治安の悪化、とりわけ万引きが多発していることです。
非営利のシンクタンク「カリフォルニア公共政策研究所」が9月に発表した分析によるとサンフランシスコ周辺では商業施設での万引きや強盗の件数が、この数年で大幅に増えています。
カリフォルニア州では、盗んだものが950ドル相当(日本円でおよそ13万9000円)以下の場合は、軽犯罪として分類されることになっていて、こうした州の法律が犯罪を助長しているという批判も出ています。
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1日に5人 入れ替わり立ち替わり
万引きの被害について取材に応じてくれたのは、サンフランシスコで80年以上続く、家族経営の雑貨店です。
おもちゃから工具、キッチン用品まであらゆる商品が店内にはびっしりと陳列されています。
店主のテリー・ベネットさんの事務所では、テレビの画面が40以上に分割され、防犯カメラの映像を映し出していました。実際に設置してあるカメラの数はもう少し多いといいます。
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ベネットさん
「犯人像を特定しようとしているわけではありませんが、お客さんの行動や態度を観察しています。
ドラッグの中毒者は手が荒れていて、指先が赤くしもやけのようになっているので手や指もよく見るようにしています。靴も見ますね。
店に入ってきて通路から通路へとせわしなく動く人や立ち止まってカメラの位置を確認するような人は要注意です」
ベネットさんの店では入り口に従業員を配置して、入ってくる人にさりげなく声をかけています。
いかに未然に防ぐかが勝負ですが、声をかけても、被害はあまり減らないと言います。
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ベネットさん
「毎日誰かが盗んでいくし、万引きは日常茶飯事です。数週間前には1日に5人が入れ替わり立ち替わり盗んでいきました。
小売業は1ドルの商品から1セントの利益しか出ません。商品をひとつ盗まれたら100倍売らなければ取り返せないんです。心が折れますよ」
カバンに大きな酒の瓶
取材中、ウォッカの大きな瓶をカバンに入れ、丸めた布団を抱えた男性が店の入り口に現れました。
ベネットさんは店頭で応対し、中に入れようとしませんでした。「購入したい商品があればとってきますよ」と穏やかな口調でやりとりしているうちに、男性は店を離れました。
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アメリカ政府の調査によると、2022年の時点で、カリフォルニア州にはアメリカ全体のホームレスの30%が集中しています。
ベネットさんは、歩道にテントを張って暮らすことを州当局が黙認していることが治安の悪化につながっていると考えています。
一方、中心部の小売店の撤退が相次いでいることについては、次のように話しました。
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ベネットさん
「私は地域のために商売をしています。そのために毎日店に出勤しているんです。もしこれがお金のためだったら、どうでもいいかもしれません。しかし私たちは地域の一部だし、地域は私たちの一部です。なので、万引きを恐れて店を投げ出すことは考えられません」
街の中心部に賑わいは戻るか
サンフランシスコ市も手をこまねいているわけではありません。
8月24日から3日間、市庁舎前の広場に移動遊園地を設置しました。
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薬物の売買が盛んに行われる「現場」になっていた広場から売人たちを一掃し、イメージアップを図ろうという取り組みです。
初日にはブリード市長自ら広場を訪れ、集まったメディアを前に招待した子供たちとアトラクションを楽しんでアピールしました。
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それなりに賑わっているように見えましたが、子供たちと市の関係者、メディアが大半を占めていました。
来場者の評判は概ね悪くなかったものの、子どもと訪れていた、ある母親は辛辣でした。
子どもと移動遊園地を訪れた母親
「子供が乗り物に乗りたいというので来ましたが、中心部の状況はおそろしくて、必要でなければ普段は来ません。きょうも警察や警備員がいっぱいいて・・・、この雰囲気はさみしいですね」
ブリード市長は中心部の再生のために、こうした公共スペースの活用に加えて、新しいビジネスに対する優遇策などの支援や、警備体制の強化、建物の用途に柔軟性を持たせ、オフィスビルを住居用のビルに変えるなどの施策を打ち出しています。
撤退したショッピングモールの跡地にサッカースタジアムをつくるという大胆な構想も検討されています。
最近は、閉店したデパートの並びに大型の家具量販店が開店したことが街の明るい話題です。観光客も少しずつ戻ってきています。
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とはいえ、サンフランシスコの中心部がかつての賑わいを取り戻すにはまだまだ時間がかかりそうです。
取材の途中に乗った配車サービスの運転手は、陽気に笑いながら話しました。
配車サービスの運転手
「去年できた大型高級スーパーは1年で店を閉めてしまったよ。あの家具量販店も1年持つかな」