来年秋に行われるアメリカ大統領選挙。
政権奪還を目指す野党・共和党内では、トランプ前大統領が支持率でほかの候補者を大きく引き離しています。
これまでに4回起訴されても、支持率は下がるどころか上昇。
さまざまな政策について論戦を交わすはずの、初めてのテレビ討論会を欠席しても、独走状態は揺るぎません。
共和党内で、トランプ氏はどのような存在なのでしょうか。
そして、ほかの候補者が逆転する可能性はあるのでしょうか。
(ワシントン支局記者 根本幸太郎 / 岡野杏有子)
本格論戦スタート
8月、中西部ウィスコンシン州で、野党・共和党の大統領候補指名獲得を目指す候補者が出席する初めてのテレビ討論会が開催されました。
論戦の様子は全米に生中継され、候補者にとって自身の政策や政治姿勢を有権者に知ってもらう上で重要なイベントです。
党の候補者選びに向けた本格論戦の初戦には、複数の世論調査で一定の支持率を獲得するなどした、8人の“主要候補”が参加しました。
本命候補が不在
しかし、その中にトランプ前大統領の姿はありません。3日前になって欠席を表明したのです。
トランプ氏が欠席した理由は何なのか。
討論会前、NHKは、トランプ氏の側近で、陣営の上級顧問を務めるジェイソン・ミラー氏に単独インタビューしました。
ミラー氏が強調したのが、ほかの候補者との“圧倒的な差”です。
ミラー氏
「トランプ氏は支持率でほかの候補者を50ポイントも上回っており、真剣な討論につながらない。
トランプ氏がバイデン大統領との政策の違いを話している時に、舞台上でトランプ氏を狙い撃ちにする共和党のほかの候補者の支持率が1%程度というのはジョークのようだ」
トランプ氏はこれまで一貫して、ほかの候補者を圧倒する支持率を維持してきました。
トランプ氏は、2021年に起きた支持者らの連邦議会への乱入事件などをめぐり、これまで4回起訴されていますが、初めて起訴された3月末以降、むしろ支持率は上昇傾向が続いています。
政治的な対立の激化を背景に「起訴は来年の大統領選挙に向けた選挙妨害だ」というトランプ氏の主張が、支持層に広く受け入れられているためだとみられています。
討論会が行われた23日時点で、トランプ氏の支持率の平均は55.4%、2位のフロリダ州のデサンティス知事の支持率の平均は14.3%でその差は40ポイント以上に広がりました。
討論会の会場周辺には、本人不在とわかっていても、トランプ氏のTシャツを着た支持者が集結し、党内での根強い人気をうかがわせました。
トランプ支持者
「討論会は見ないが、トランプ氏を支える私たちがいるということを示すためにここに来た。私の願いはトランプ氏が再び大統領になることだ。彼は本心から話し、私たちのために立ち上がってくれる」
討論会の主役はやっぱりトランプ氏
最有力候補不在で始まった共和党の討論会。
保守系メディアのFOXニュースが全米に中継する中、各候補者が経済や外交、移民政策などを巡り、自身の考えをアピールしました。
そして、最も注目を集めたのは、そこにいないトランプ氏をめぐる論戦でした。
トランプ氏の支持者らによる連邦議会への乱入事件などに対する考えを、司会者が各候補者に問うたのです。
見えてきたのは、トランプ氏との距離感の違いです。
立場の違いを鮮明化
トランプ氏に最も批判的だったのは、前ニュージャージー州知事のクリス・クリスティー氏(61歳)。
2016年の大統領選挙に立候補した際は、党の指名争いの序盤で撤退し、その後、トランプ氏の政権移行チームの幹部を務めた経験があります。
トランプ氏が前回の大統領選挙で敗れ、選挙結果を受け入れないと主張してからはトランプ氏を批判する立場に転じています。
クリスティー氏
「トランプ氏に対する起訴が正しいと思うか、間違っていると思うかではなく、(選挙結果を受け入れず、覆そうとすることは)アメリカ合衆国の大統領としてあるまじき行為だ」
支持する姿勢で取り込み図る
これに対して、トランプ氏を支持する姿勢をアピールしたのが、起業家のビベック・ラマスワミ氏(38歳)です。
これまで政治経験がなく注目度が低かったにもかかわらず、軽快なトークと保守的な姿勢で支持を伸ばし、各種世論調査の平均で現在3位に躍り出ています。
ラマスワミ氏は、自身が大統領になれば、罪に問われているトランプ氏を恩赦する考えを示しました。
ラマスワミ氏
「トランプ氏は21世紀で最高の大統領だった。大統領になった初日にトランプ氏を恩赦すると、この舞台上で言える候補者は私だけだ」
あえてあいまいに
一方、トランプ氏をめぐって、明確な姿勢を示さなかったのが、党内で2番目の支持を集めるフロリダ州のデサンティス知事(44歳)です。
トランプ氏の最大のライバルと言われ、討論会でトランプ氏への対抗姿勢を鮮明にするのか、注目されていました。
ところが、2021年1月の議会乱入事件の日、民主党のバイデン氏の大統領当選を確定させる役割を担ったペンス前副大統領の行動が正しかったか問われたのに対し、正面から答えませんでした。
デサンティス氏
「民主党がこうした問題を話したがることは分かっている。しかし、われわれは未来に目を向けなければならない」
デサンティス氏は、党内の熱狂的なトランプ支持者と、トランプ氏と距離を置く穏健派の両方から反発を受けないように、あえて態度をあいまいにしたとみられます。
トランプ氏との関係性は、巻き返しに向けて有権者の取り込みに関わる、重要な論点となっているのです。
共和党支持者はどう見たか
共和党支持者たちは討論会をどう見たのか。
会場近くのバーには多くの共和党支持者が集まり、ビールを片手に、さながらスポーツ観戦をしているように論戦を見守りました。
討論会は、有権者が各候補者の政策だけでなく、人柄を知る機会にもなります。
夫婦で見ていたアレクサンドル・シュマスキンさんは、トランプ氏を追いかけるデサンティス氏が明るさに欠けているように見えたと言います。
シュマスキンさん
「デサンティス氏は威圧的で、余裕もないように感じる。女性をダンスに誘ったら断られるタイプだろう。私にとって候補者は1人しかいない。投票用紙にはトランプ氏の名前を書くつもりだ」
バーにいた複数の共和党支持者から評価の声が聞かれたのがラマスワミ氏です。
“トランプ氏を超えるアメリカ第1主義”を掲げるラマスワミ氏は、討論会で、ロシアによる軍事侵攻が続くウクライナへの支援に賛成せず、移民対策としてメキシコとの国境警備に軍事資源を投入すべきだと主張しました。
また、複数の候補者から政治経験がない点などを批判されても、ラマスワミ氏が切り返す場面が目立ちました。
地元の大学に通うソイヤー・カビアスキーさんは、討論会の勝者としてラマスワミ氏を挙げました。
カビアスキーさん
「ラマスワミ氏はまだ討論に慣れていないように感じるが、彼の政策の一部はいいと思った。カリスマ性があるように感じた」
政治専門サイト「ポリティコ」によると、討論会の前後24時間で、大手検索サイトではラマスワミ氏の名前が100万回以上検索されたということで、「ラマスワミ氏が脚光を浴びた」と伝えています。
真の勝者はトランプ氏?
一方、別のアメリカメディアは、討論会の勝者の1人として、欠席したトランプ氏の名前をあげました。
トランプ氏は討論会に対抗するように、同じ時間帯にSNS上で自身へのインタビュー動画を公開しました。
トランプ氏は、ほかの候補者たちを批判したほか、自身が起訴されたことについて、バイデン政権の権力の乱用だと重ねて主張しました。
今回のテレビ討論会は1280万人が生中継を視聴したということですが、トランプ氏のインタビュー動画はSNS上で2億6000万回以上、再生されています。
9月3日時点で、トランプ氏の党内での支持率の平均は53.6%で、討論会を経ても大きな変化はありませんでした。
幅広い有権者に政策や人柄をアピールできる討論会を欠席しても、トランプ氏が独走する状況には影響を与えなかったのです。
今後も主役はトランプ氏?
討論会の翌日、トランプ氏は、前回の大統領選挙で南部ジョージア州での敗北の結果を覆そうとしたとして起訴された事件で、拘置所に出頭。全米のメディアがその様子を生中継で伝えました。
トランプ氏の陣営は、トランプ氏が出頭した際に当局に撮影された顔写真をあしらったTシャツなどを販売し、日本円で10億円以上を売り上げたと伝えられています。
トランプ氏は、起訴という、本来、政治生命に致命的な影響を与えかねない問題を、逆に推進力にかえて支持率を伸ばしています。
共和党の指名争いは、今後も“主役はトランプ氏”という状況が続きそうです。