金石清禅とは? わかりやすく解説

金石清禅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/10/05 08:34 UTC 版)

金石 清禅
かないし しょうせん
生年月日 (1938-08-25) 1938年8月25日
出生地 日本 北海道蘭越町
没年月日 (2008-12-07) 2008年12月7日(70歳没)
出身校 早稲田大学第一文学部
前職 日本航空社員
内閣総理大臣秘書官
所属政党自由民主党→)
新進党→)
保守党

選挙区 比例区
当選回数 1回
在任期間 2001年6月13日 - 2001年7月22日
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金石 清禅(かないし しょうせん[1]1938年8月25日 - 2008年12月7日)は、日本の政治家。元参議院議員(1期)、元保守党政調副会長。元早稲田大学社会システム工学研究所客員教授

来歴

北海道蘭越町出身。北海道倶知安高等学校から早稲田大学第一文学部を卒業[注釈 1]大学卒業後に日本航空に入社し朝田静夫社長の元で秘書を務め、燃料部長などを歴任した[注釈 2]

1989年に大学の先輩である海部俊樹に請われて内閣総理大臣秘書官(政務担当)に就任、湾岸戦争に伴う自衛隊ペルシャ湾派遣などの難局を裏方として支える。その後、1993年第40回衆議院議員総選挙旧北海道1区から自由民主党河本派)公認で立候補するも法定得票数未満で落選した。

その後、海部の後を追う形で新進党に参加し、1995年第17回参議院議員通常選挙比例区から立候補するが次点に終わった。しかし2001年5月に友部達夫が退職(オレンジ共済組合事件での実刑判決が確定し、公職選挙法規定に伴い失職)したことに伴い、同年6月13日付で繰上補充により当選となった[2]保守党に参加するも、任期満了に伴う同年の第19回参議院議員通常選挙には立候補せず政界を退いた。議員の籍を置いたのは40日だった[3]

2008年12月7日敗血症のため死去[4]。70歳没。

脚注

注釈

  1. ^ 小渕恵三は同級。また、森喜朗は大学の2年先輩で玉澤徳一郎は1年先輩である。
  2. ^ 福田赳夫竹下登が外遊の際に日航機をチャーターした際には会社を代表して同乗した。

出典

  1. ^ 参議院公式サイトの歴代参議院議員一覧生前開設していた公式サイト(インターネット・アーカイブ)より。ただし一部の訃報記事(金石清禅氏死去 元参院議員 - 47NEWS(共同通信社))では「しょうぜん」と報じられている。[リンク切れ]
  2. ^ 議員の異動 - 参議院
  3. ^ 小泉旋風の裏で誕生...在職期間最短の参院議員”. 読売新聞 (2001年7月17日). 2022年6月27日閲覧。
  4. ^ 金石清禅氏死去 元参院議員 47NEWS 2008年12月9日

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