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映画「スピーク・ノー・イーブル 異常な家族」ネタバレ考察&解説 オリジナルのデンマーク版と比較して解説!このハリウッドリメイクは前作とは、全くの別作品!

映画「スピーク・ノー・イーブル 異常な家族」を観た。

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2022年製作のデンマーク/オランダ合作映画であり、クリスチャン・タフドルップ監督「胸騒ぎ」をジェームズ・ワトキンス監督がメガホンを取ってリメイクした作品。主演は「X-MENフューチャー&パスト」「スプリット」「ITイット THE END “それ”が見えたら、終わり。」などで、多様な役を演じているジェームズ・マカヴォイ、その他の出演は「ターミネーター/ニュー・フェイト」のマッケンジー・デイビス、「ドラキュラ デメテル号最期の航海」のアシュリン・フランシオーシ、「それでも夜は明ける」のスクート・マクネイリーなど。製作はハリウッドホラー界を牽引する”ブラムハウス・プロダクション”。オリジナル版は強烈な鬱作品だったので、それをブラムハウスがどのようにハリウッドリメイクしたのか?が気になり、劇場まで足を運んでみた。監督は「ウーマン・イン・ブラック 亡霊の館」「フレンチ・ラン」などのジェームズ・ワトキンス。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:ジェームズ・ワトキンス
出演:ジェームズ・マカヴォイ、マッケンジー・デイビス、スクート・マクネイリー、アシュリン・フランシオーシ
日本公開:2024年

 

あらすじ

ロンドン在住のアメリカ人ベンと妻ルイーズ、娘アグネスのダルトン一家は、イタリア旅行中に意気投合したイギリス人パトリックと妻キアラ、息子アントの一家に招待され、彼らが暮らす田舎の農場で週末を過ごすことに。人里離れた自然豊かな環境で楽しく過ごすダルトン一家だったが、次第にパトリックたちの“おもてなし”に違和感を抱きはじめる。一見仲のよさそうなパトリック一家の異常さが徐々に浮かびあがるなか、ダルトン一家は想像を絶する恐怖へと引きずり込まれていく。

 

 

感想&解説

オリジナル版の「胸騒ぎ」は日本公開が2024年の5月だったので、約半年後にハリウッドリメイクの本作が公開された訳だが、主演をあのジェームズ・マカヴォイが務めると聞いて、かなり雰囲気の違う作品になるだろうと予想していたが、まさかここまでとは思わなかった。オリジナルはデンマークの鬼才クリスチャン・タフドルップが監督/脚本を手がけた長編3作目だったが、本当に強烈な印象を残す作品で今でもラストシーンを鮮明に思い出せるほどだ。イタリア旅行中に知り合った外国人家族に、田舎に招待されたもうひとつの”家族”が酷い目に遭うというのが基本的なプロットだが、そのオチが本当に救いがなくて胸糞だったのである。その胸糞具合はミヒャエル・ハネケ監督の「ファニーゲーム」レベルで、劇場を出た後しばらく呆然としていたのを覚えている。ただ映画作品としては、文字通り”記憶に残る”一本になったと言えるだろう。

そしてそのリメイク版をハリウッドホラーの一大ブランドである”ブラムハウス・プロダクション”が手掛け、その主演がジェームズ・マカヴォイという事でどういう作品になっているのか?を楽しみにしていたのだが、結論から言えばこれは完全にオリジナルとは”別作品”だったと思う。「面白くなった/つまらなくなった」という概念を越えて作品が描こうとしているテーマそのもの、もっと言ってしまえば”ジャンル”自体が完全に変わっているので、これは最早リメイクとは呼びづらい。中盤までの展開やキャラクター設定ほとんど同じなのだが、特に後半の展開についてはまったく別で、監督いわく「オリジナルがクラシック・ギターなら、本作はエレキ・ギターだ」というコメントを読んだが、「前作がクラシック・ギターなら、本作はバイオリン」くらい違うと感じる。前作にあった理不尽さや不条理さは影を潜めており、ハリウッドらしい”エンタメ・ホラー”映画になったという印象だろう。そういう意味では万人に観やすい一作になったとは言えるかもしれない。

 

まず設定の変更としては、前作は「デンマーク人夫妻がオランダ人夫妻に招待される」というものだったが、このリメイクは「アメリカ人夫妻がイギリス人夫妻に招待される」に変更されている。これはもちろんキャスティングされている俳優が変更されている為だが、序盤のイタリア旅行中のレストランで”デンマーク人”の料理人に対して、ジェームズ・マカヴォイ演じるパトリックが、彼らを同席させないため”トイレの紙の話”をして煙に巻くシーンがあったが、まさにハリウッド映画がオリジナルを煙に巻いた作品なのだと思う。(オリジナルはデンマーク映画だ)他の変更点としては前半のテンポがかなり早いことだろう。これは後半の展開が大きく変更されており、そこの時間配分が多いためだが、到着早々にベジタリアンの妻が肉を勧められたり、娘が寝る場所が床だったり、職業を医師だと偽っていたり、レストランでイチャつかれた上にその会計まで押し付けられたり、子供たちのダンスでパトリックがキレたりといった展開はほぼ同じで、少し演出が変わっている程度だ。だが前作にあった主人公夫婦のセックスシーンは削除されており、この夫婦の”関係性”自体は大きく変更されている。

 

 

ここからネタバレになるが、今作におけるアメリカ人夫婦のベンと妻ルイーズは、”夫婦関係”に問題を抱えている。ルイーズはメールで他の男性と性的なやり取りをしていることが半年前に夫にバレた過去があり、それをベンは今でも気にしている。序盤、ルイーズがスマホで何かを打っている姿を、ベンがやたら気にしているのはそのためだ。それに対してパトリックと妻キアラは毎日セックスしていると告げ、机の下で卑猥な行為のマネしたりする。ベンは”男”としての自信を失っているという設定なのだ。だからこそ分かりやすく前作にあったセックスシーンは丸っと削除され、パトリックに対してベンはフィジカルな面でも圧倒的に弱い存在として描かれる。ジェームズ・マカヴォイとスクート・マクネイリーでは体格差がありすぎており、”視覚的”にもそれが表現されているのだろう。多くのアメリカ人男性にとって、筋肉は”男性性”の特徴なのだ。だが物語は中盤以降、大きく前作とは違う方向に舵を切り始める。テレビでチャック・ノリス主演の「地獄のヒーロー」の一場面が映るシーンがあるが、良くも悪くもここから作品は”ハリウッド映画化”していくのである。

 

まずパトリックの息子アントが、かなり自主的にパトリックとキアラの犯行を、ベンの娘であるアグネスに伝えようとしてくる。時には紙で言葉を伝えようとしたり、過去の犠牲者の時計を見せたり、舌を切られているにも関わらず必死で”何か”を語り掛けてくるのだ。そして遂にはパトリックから鍵を盗み出し、秘密の地下室で”家族写真”をアグネスに見せることで、夫婦の犯行が明るみに出るという展開になっていく。そしてベンたち親子は、この恐怖の屋敷から抜け出すために行動していくという流れになるのである。車をパンクさせられたり、ウサギの人形を高いところに置かれたりと小さなサスペンスを積み上げながらも、なんとか車で門を抜けようとした瞬間、泳げないアントを池に突き落とされベンが彼を救助したことで、家族全員が捕まってしまう。ここからオリジナルのネタバレにもなるが、前作では車で逃げようとした家族が銃で脅され、そのまま娘を奪われてしまったことで抵抗できなくなった夫婦が、パトリック夫婦に言われるがまま服を脱ぎ、殺されることが分かっているのに採石場に立ち尽くし、そのまま”投石”によって殺されてしまうというのがオリジナルのラストだったのだが、本作では全く違う展開を見せる。なんと妻ルイーズが大活躍した末に、パトリックたちを撃退するという流れになるのである。

 

さらに前作では犯人夫婦がなぜ子供の舌を切って、自分たちで育てていたのか?の理由は明かされない。人身売買でも性的な理由でもなく、彼らは子供を誘拐していたのだが、本作ではルイーズに金を送金させているシーンを描いた事と、キアラが子供を産めないらしいという描写から、彼らの目的がハッキリとして分かりやすくなっている。前作における犯人の理由が理解できない事による、”悪魔的”な理不尽な恐怖やおぞましさは、かなりスポイルされているのだ。とりわけラストの展開は、「殺人鬼のいる屋敷から抜け出せるか?」という”普通のホラー映画”の展開になっていき、一定のスリルはあるが前作にあった新鮮さは薄くなっていく。その中でも、「ターミネーター/ニュー・フェイト」で女性サイボーグ兵士を演じたマッケンジー・デイビス演じる妻のルイーズは大活躍で、ほとんど彼女の判断と行動によって一家は救われる。格闘ではまったく役に立たないベンの命を救うのも彼女なのだ。これはいかにも現代的なハリウッド映画らしい展開だと言えるだろう。

 

ラストの注射によって力を奪ったパトリックに対して、アントが落ちている石で顔を潰す展開は、オリジナルで主人公の夫婦が投石によって殺されるシーンの意趣返しなのだろう。その後、エンドクレジットで流れるのはバングルス「胸いっぱいの愛」で、車の中で曲を聞きながらパトリックが妙にベンを見つめるシーンでもかかる曲だ。この男二人に流れる前作以上のホモセクシャル感も本作の特徴で、ラストであれほど凶悪な姿を見せたパトリックに対して、ベンは最後までとどめを刺せない。ハリウッド映画らしいハッピーエンドで幕を閉じるこの作品のエンドクレジットを観ながら、オリジナルが持っていた挑戦的な作風は完全に失われ、普通に面白いホラー映画になってしまったという印象の本作。ジェームズ・マカヴォイ主演作というキャッチーさもあり、鑑賞中はまったく退屈しないのだが、やはり個人的にはオリジナルのデンマーク映画が持っていた”底なしの陰鬱さ”に軍配を上げたい。

 

 

6.5点(10点満点)