『戦場のメリークリスマス』(Merry Christmas Mr.Lawrence/1983)
私はボウイを“使った”のではない。私の持論だが、監督は出演者を選ぶけれども、出演者もまた監督や作品を選ぶ。ボウイやタケシやサカモトが私を選んでくれたおかげで、『戦場のメリークリスマス』は完成した。そのことは日本のみならず世界の驚異だった。
大島渚監督らしい言葉だ。「一に素人、二に歌うたい、三、四がなくて五が映画スター。六、七、八、九となくて十に新劇」と自ら言うほど、映画の配役には独自の美学を貫き通してきた。
1959年に松竹で監督デビュー。“日本ヌーヴェル・ヴァーグ”の旗手としてその名を知られるようになる。61年退社後は独立プロを設立。以降、映画やTVドキュメンタリーなどを撮り続ける。そして76年にフランス資本が入った『愛のコリーダ』、78年には『愛の亡霊』を発表。後者でカンヌ映画祭監督賞を受賞し、世界的巨匠としての地位を確立。
その直後、サー・ローレンス・ヴァン・デル・ポストの『影の獄にて』という本と出逢う。「影さす牢格子(クリスマス前夜)」「種子と蒔く者(クリスマスの朝)」「剣と人形(クリスマスの夜)」の3部からなるこの連作小説を読んだ大島は映画化を思い立ち、今度は日本資本のあてを探しながら何度もシナリオを書き直していった。
結果的に日英合作となった『戦場のメリークリスマス』(Merry Christmas Mr.Lawrence)は4年の準備期間を経て制作され、遂に1983年5月28日に劇場公開に至る。制作費は16億円。撮影場所はニュージーランド自治領のラロトンガ島がメインで、回想エピソードや軍事法廷のシーンはオークランドでのロケ。
400名を超える日本人と外国人で構成されるスタッフとキャストらが人口わずか7000人の島に滞在し、10週間の撮影に取り組んだ。映画のストーリー同様に“心を通わせたい”という気持ちの交流もあって、とてもいい雰囲気の中で仕事は進んだという。大島はこの時言ったそうだ。「撮っている時が一番ハッピーなんだ」
戦闘シーンがあるわけでもなく、戦争の時代を描いた映画でもない。しかも男しか出てこない。『戦場のメリークリスマス』は不思議な映画だった。“やおい”的な魅力やメディアミックスを駆使したPRもあって大ヒットしたが、一番の話題を集めたのはやはり異色の配役だろう。
タフで神秘的で気品があるセリアズ役には、当初はロバート・レッドフォードに打診された。しかし、レッドフォードからアメリカ人にはこの作品は理解できないとして断られる。そこで大島は1980年の暮れ、ブロードウェイで『エレファントマン』を演じるデヴィッド・ボウイの舞台を観て感動。ボウイはシナリオを読むと、すぐにやりたいと言ってきた。「いつでもこの映画のためにスケジュールを空けるよ」と。クランクインは1982年8月だったので、ボウイは2年近くも本当に待ち続けた。
満州へ転属となったために二・二六事件の決起に参加できなかった無念を抱いた過去を持つエリート武官のヨノイ大尉役をめぐっては、高倉健や三浦友和や沢田研二に台本が送られた。そして滝田栄に落ち着きそうになったが、クランクインを待ち続けているうちにNHKの大河ドラマが決まってしまい、映画初出演というYMOの坂本龍一に決まった。
坂本は撮影中にたった一度だけカメラのファインダーを覗かせてもらった時、音楽が聴こえてきたと言っている。「メロディーのないたった一音の音だけど、無数の音がひしめき合ってる。そんな感じの音群だった」。初めての映画音楽を前に、200時間以上もスタジオに籠って仕事をし続け、あの有名で感動的なサウンドトラックが作られたのだ。
ビートたけしは最後にキャスティングされた。農民出身の典型的志願兵であるハラ軍曹役には、勝新太郎や若山富三郎や緒形拳らの名があがったが、TVで交友のあった大島は「瞳だけは美しく輝いている」その役には、たけししかいないと思ったという。
当時『オレたちひょうきん族』で人気の頂点にあったTV界のスーパースター、ビートたけしを起用することには、一部のスタッフから疑念の声もあった。しかし、剃髪して演技するたけしの姿を見て、余計な心配をする者は誰もいなくなった。余談だが、多忙のたけしだけ3週間参加して早く帰国。現場の熱気や興奮は『オールナイトニッポン』などで軽快にトークされ、『戦場のメリークリスマス』を伝説化するに十分だった。
その他、日本語の演技が素晴らしかったトム・コンティ、ジャック・トンプソン。日本からは内田裕也、三上寛、ジョニー大倉、室田日出男、戸浦六宏、金田龍之介、内藤剛志、三上博史らが出演。
物語は1942年、ジャワ(インドネシア)山中にある600名を収容する日本軍俘虜収容所が舞台。所長のヨノイ大尉(坂本龍一)の管理下、ハラ軍曹(ビートたけし)や彼が信頼を寄せる俘虜であり英国軍中佐ロレンス(トム・コンティ)らの姿がある。そんなある日、収容所に送られてくる反抗的なセリアズ(デヴィッド・ボウイ)。しかし過ぎ行く日々の中で、ヨノイは次第にセリアズの言動に心奪われていく。セリアズは彼の心に確かな種子を蒔いたのだ……。
セリアズがヨノイの頬に唇を当てるシーンでは、なぜかカメラの動きがスローにブレる。これは演出ではなく、カメラの故障が原因で起こったもの。新しいテイクを撮り直したそうだが、ブレたテイクには程遠かった。監督は「奇跡が起きた」と言った。
この映画のもう一つの軸である、ハラとロレンスの間に芽生える友情も見逃せない。映画の途中、クリスマスの夜にハラ軍曹が俘虜のロレンスに向けて放つあの台詞。そしてクライマックスの終戦後1946年の夜、処刑を翌日に控えたハラがロレンス中佐に向けるあの有名な台詞は、映画史上に残る永遠の名シーンとなった。
大島渚 1932.3.31ー2013.1.15
デヴィッド・ボウイ 1947.1.8ー2016.1.10
坂本龍一 1952.1.17ー2023.3.28
坂本龍一とデヴィッド・ボウイが演じた“ブレる”カメラの奇跡。
ビートたけしとトム・コンティが演じたエンディング。ともに映画史に残る名シーンだ。
忘れられないシーンと言えば、こちらも。
予告編
♪ 坂本龍一が音楽を担当した伝説のサウンドトラック『戦場のメリークリスマス』
『戦場のメリークリスマス』
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*日本公開時チラシ
*参考・引用/『戦場のメリークリスマス』パンフレット、DVDブックレットより
*このコラムは2016年3月9日に公開されました。
評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
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