過酷な「スパルタンレース」。
勝ち抜く強さと肉体は、公園でつくられる
大井てつや さん
Tetsuya Ohi
スポーツトレーナー。自然や公園での運動を推奨する「パークフィット」の第一人者。人間工学に基づく運動指導や整体技術でさまざまなアスリートをサポートしている。スポーツコミュニティ「TEDDY’s
Bonds」ではトレイルランやマラソン、ニュースポーツなどを指導し、なかでもスパルタンレースでは1000名以上のレーサーを育成する日本一のトレーナー。
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近年、注目が高まっている障害物レース「スパルタンレース」をご存じですか? 2017年に日本に上陸して以来、競技人口は右肩上がりに増えています。その盛り上がりを牽引する一人が、スポーツトレーナーの大井てつやさん。日本最大級のスパルタンレースチームを率いながら、延べ1000人以上のレーサーを育成してきました。そのご経験から、レースの醍醐味や意外なメリット、そして健康づくりの未来までを語っていただきます。
肉体一つで挑む「最も過酷な障害物レース」
──まずは、スパルタンレースという競技について教えてください。
スパルタンレースは、アメリカで誕生した世界最高峰かつ最大級の障害物レースです。現在は世界40カ国において、共通の種目、ルール、障害物で年間170以上ものレースが開催されています。
写真提供:株式会社SRJ
種目は難易度によって5~21km以上のラン、20~30種類のオブスタ(障害物)をクリアする必要があります。ぶら下がって移動する、壁を乗り越える、重いものを運ぶ、飛び超える、投げる、くぐり抜ける……。ありとあらゆる動作が課されます。
スパルタンレースは、足が速いだけでも、パワーがあるだけでも勝てません。というのも、オブスタを失敗すると、ペナルティとして追加のランもしくはバーピージャンプ(スクワット・腕立て・ジャンプを1セットとして連続して行うトレーニング)が課されるんです。その分時間のロスになるし、体力も消耗する。逆に言えば、走るのが少々苦手でも、オブスタを完璧にこなせば着実に順位を上げられるのが面白さの一つです。
──スパルタンレースが多くの人を惹きつける理由は、どんなところにあるのでしょう?
非日常における達成感ではないでしょうか。多くのオブスタは、一見「自分にもできそう」と思えるものです。しかしロープを上り下りするにしろ、重量物を持ち上げるにしろ、体を使いこなす技術がなければ歯が立たない。挑戦して初めてそれを自覚するんです。悔しさを糧に練習を重ね、レース本番でクリアできたときの感動といったら、最高ですよね。
特殊な世界じゃない。多くの人に広めたい3つの理由
──大井さんがスパルタンレースを推進するのは、どういった思いからですか?
まず、大人が楽しみながら体力をつけるのにもぴったりの競技だからです。スパルタンという言葉のせいか、過酷なイメージが先行しがちですが、決して特殊な世界ではありません。僕が統括するスポーツコミュニティのメンバーも、多くがごく普通のサラリーマンや公務員。それぞれのオブスタをこなす技術は、信頼できるトレーナーに教われば必ず身につきます。実際、先日スパルタンレースに初参加したメンバーの一人は、わずか2カ月の練習で、最もハードな種目「ビースト」(ラン21km+オブスタ30個)を完走しているんですよ。
人間本来の運動能力を高められる競技だとも考えます。スポーツジムでのトレーニングの場合、左右対称の動作を繰り返したり、一部の筋肉だけに負荷をかけたりするものが大半ですが、人間にとって自然な動きは左右非対称なもの。日頃歩いたり走ったりするときも、左右の手足を交互に動かすでしょう。スパルタンレースなら、豊富なオブスタを通じてあらゆる動作を行い、全身の筋肉を連動させるという人間らしい動きを通して体づくりができます。
写真提供:株式会社SRJ
お寺にある仁王像を思い浮かべてみてください。筋骨隆々とした見事な肉体ですよね。人体の構造をほぼ正確に表現しているため、誰かしらのモデルがいると考えられます。しかし像が作られた時代には、当然プロテインもジムもありません。あの姿こそ、普通の食事と、農作業や狩猟、肉体労働といった人間らしい活動で十分にボディメイクができるという証拠ではないでしょうか。
さらに、さまざまなオブスタを体一つでクリアする技術と体力は、もしもの時にも役立ちます。大きな災害が起こった場合、足元が不安定ななかを避難したり、がれきから這い出したり、子どもを抱いて避難することもあるでしょう。そんなとき、壁をよじ登る、重いオブスタを抱えて走るといった身体技術と体力が備わっていれば、自分や大切な人が助かる可能性も上がるはず。災害時に命を守れる体力、すなわち「災害体力」まで鍛えられるのがスパルタンレースの魅力なんです。
強力なグリップが、レースを楽しむ力になる
──スパルタンレースに挑戦するには、どのような装備が必要でしょうか?
初めて練習に参加する方には、必ず「ショーワグローブの『ライトグリップ』を持ってきて」と伝えます。ほかの手袋と間違えないように写真も添えて。オブスタを安全かつ効率よくクリアするための必需品なんです。それ以外は、水分補給用のドリンクを入れるポーチ、トレイルランニングシューズがあれば十分でしょう。
「ライトグリップ」が役立つのは、特に垂直方向に力がかかるオブスタです。たとえば「ロープクライム」という、ロープをよじ上ってまた下りるもの。特にビギナーのうちはロープからずり落ちやすいのですが、手袋がないとやけどするほどの強い摩擦が起こってしまう。
滑車の付いたロープでサンドバッグを持ち上げる「ハーキュラーホイスト」も、ライトグリップが必須ですね。しっかりグリップできてロープが滑らず、腕に負担がかかりにくいので、タイムの短縮につながります。
ほかにも、砂利の詰まったバケツを運ぶ「バケットキャリー」は、素手では取っ手が食い込んでとても運べません。有刺鉄線の下をほふく前進でくぐり抜ける「バーブワイヤークロール」では地面に直接手をつくので、手のひらを保護するためにも必要です。
──「ライトグリップ」によって、さまざまなパフォーマンスが底上げされるのですね。
その通りです。いろいろな手袋を試しましたが、「ライトグリップ」は別格でした。グリップ力が高い上、薄手で軽い。ほかの手袋は、グリップ力を謳っていても、いざロープを握って体重を預けるとズルッと滑ってしまうんですよ。ほとんどのコンビニやドラッグストアで買えるので、遠征先でも手に入るし、安価なのもうれしいですね。レース会場を見渡すと、グローブを使う選手の7〜8割が「ライトグリップ」ですよ。
健康づくりと体づくりを、身近な公園から広げたい
──普段の練習は、どこでどんな風に行っているのですか?
街のなかの公園やビーチなどが主な活動場所です。遊具や運動器具をオブスタに見立ててトレーニングしたり、砂浜でランをしたりと、内容は場所によってさまざまです。
実はスパルタンレースに出会うずっと前、僕が15歳の頃から、公園での健康づくりを推進しているんです。「パークフィット」といって、日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが、海外では広く発展しているスタイルです。スポーツジムに通うための時間やお金、体力がなくても、体一つとフィットネスの知識があれば、自然の中で気持ちよく体を動かせる。この成果の発表会としても、スパルタンレースは最適でした。順位やタイム、クリアしたオブスタの数などで、日頃の積み重ねが明確になりますから。
しかし、日本ではパークフィットが難しくなっているのが現状です。公園から運動器具が撤去されたり、都市開発で公園そのものが縮小されたり……。残念なことだと思います。いつでも誰でも始められて、長く取り組めるパークフィットは、日本中の健康づくり、体力づくりに貢献する可能性を秘めています。それをもっとたくさんの人に伝えていきたい。この先、公園の価値が見直され、健康づくりのために人が集う場所になっていくのが僕の願いです。
(2023年10月31日取材)
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