大阪のねじの専門商社に勤務する90歳の玉置泰子さんが「世界最高齢総務部員」としてギネス世界記録に認定された。勤続64年。「今日頑張れば、明日も頑張れる」の精神で、人生を送ってきた。かつてはそろばんやタイプライターで行ってきた業務もパソコンを駆使している。「私に定年はない。働けるかぎりは、いつまでも頑張る」と生涯現役を誓う。
(高橋義春)
フルタイム勤務で仕事にやりがい
「働くことに喜びを感じています。工夫をすればどんどん楽しくなる仕事にわれを忘れて没頭してしまう」
大阪市西区のサンコーインダストリーで総務部長付け課長を務め、経理や庶務を担当している。平日午前9時から午後5時半までのフルタイム勤務。新型コロナウイルスの影響で月に2回の「コロナ休暇」があるものの、基本は大阪府豊中市の自宅からバスと電車で通勤する。「テレワークや時差出勤などで通勤する人が少なくなっていますが、私は私。いつも通りの気分でバスや電車などに乗っています」とさらりと話す。
出社するとメールやファクスをチェック。給与計算や会議の議事録を作成することなどが主な業務だ。
約20年前、社内でIT化が急速に進んだとき、すでに70歳近かったが「わくわく気分で」パソコンの使い方を習得した。「そろばんや帳簿とのにらめっこから一変した業務に好奇心が止まらなかった」。今では表計算ソフト「エクセル」などを駆使してデータ分析やチェックなどに取り組むほか、スマートフォンでフェイスブックを閲覧して、情報収集を怠らない。
会社の歴史の語り部に
15歳のときに父を亡くし、商業高校を卒業後に体の弱かった母に代わって弟や妹を養うために簿記やタイプライターの腕を生かした仕事に励んできた。
昭和31年、知人の紹介で同社に入社。石油ショックやバブル崩壊、リーマン・ショックなど危機にも直面したが、「会社はピンチをチャンスに変えて乗り越えてきた」と振り返る。ねじの総合商社として成長を続けてきた同社の語り部として、新人研修も担当。奥山淑英(よしひで)社長は「私が生まれる前からサンコーインダストリーを見てきている。これからも元気で歴史語りをしてほしい」と願う。
笑顔の絶えない玉置さんだが、課長になった40歳のとき、部下をまとめるのに苦心した。そんなとき、ほかの社員の退社後に1人、全員の湯飲み茶碗(ちゃわん)を洗いながら、ふと気がついた。
「社員の一人一人が光るためには、私があれこれ言ってはだめ。個々に自分自身を磨くということに気づいてもらわなければ」
それから無理してまとめようとはせず、「一緒に仕事をしましょう」と語りかけることを心がけてきた。
総務部の高田貴弘さん(26)は「『誰かのために仕事をするのは当たり前』という玉置さんの言葉を胸に業務に励んでいます。とても力になる助言で、働くことへの喜びを感じさせてくれます」と感謝する。
健康の秘訣はヨガ
健康と元気の秘訣(ひけつ)は50年ほど前から続けているヨガ。毎朝5時半に起床して30分ほど鍛錬する。俳句や短歌もたしなみ、「心の癒やし」にする。同居する3歳下の妹が家事全般を担っており「妹の料理のおかげでいつも元気でいられる」とほほ笑む。
昨年末、同社内で行われたギネス世界記録の認定式。直前まで認定を知らされておらず、驚きながら「積小為大(せきしょういだい、小さいことが積み重なって大きなことになる)」の言葉が頭に浮かんだ。「一日一日を大切に積み重ね、会社とともに成長してきた。会社のみんなが私の家族。みんなと一緒にいるときが一番の幸せ」と言い切った。
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人生100歳時代といわれる現代。働く意欲がある人が年齢関係なく働ける環境の整備が課題となっている。
家電量販店のノジマでは昨年7月、定年後の再雇用契約を65歳から80歳に延長できる制度を導入した。世界最高齢の総務部員、玉置泰子さんが働くサンコーインダストリーも、約430人の従業員のうち60歳以上の働き手は23人にのぼる。
厚生労働省によると従業員31人以上の企業の60歳以上の常用労働者は年々増加している。平成25年には272万人だったのが令和2年には409万人となり右肩上がりだ。今年4月には、改正高年齢者雇用安定法も施行され、70歳までの就業機会の確保が企業の努力義務となる。
長く、楽しく働き続けるコツについて、玉置さんは「長い人生の中、一喜一憂することも多々あると思いますが、今日頑張れば、明日も頑張れる。毎日を有意義に暮らすことで先々のエネルギーを蓄えてほしい」と話している。