若い世代を中心に、地方での暮らしを望む人が増えている。都会的な生活から、軽やかに新天地に移っていく。都市住民を呼び込もうと、移住フェアや交流会も盛んに開催されている。来月8日には都内で「全国地域おこし協力隊サミット」(総務省主催)も開かれる。地域の魅力とは-。現在活躍中の地域おこし協力隊員や専門家に話を聞いた。
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■海に山に 自立目指して
「海女は熟練の技を見て覚える世界。熟練者は頭の中に海の中の地図がある。アワビに向かって一直線。懸命について行きます」
玄界灘に浮かぶ長崎県壱岐島の大川香菜さん(30)は、全国でも珍しい海女さんの隊員だ。平成25年、壱岐市が海女を目指す隊員を募集中と聞き、飛びついた。
進学のため18歳で岩手県陸前高田市から上京。卒業後は都内の百貨店に勤め、忙しくも充実した日々だった。転機は4年前の東日本大震災。故郷が壊滅的な被害を受け、「人生で何をしたいのか、初めて真剣に考えました」。
壱岐の漁期は5~9月。九州とはいえ、5月の海は冷たい。「海から上がってたき火に当たるとき、おばちゃんたちは素っ裸。目のやり場に…」と笑う。
◆「海女の誇りを」
島の海女は70歳を過ぎても元気でパワフル。「体一つで仕事をしている海女の誇りを感じます」
新鮮な海の幸に米や野菜。島人からのおすそ分けで食卓は豊か。早寝早起きし、健やかな毎日を送る。昨年、島の海士と結婚し、4世代10人のにぎやかな生活が始まった。漁期以外は、地元の海産物を使った特産品の開発や観光情報の発信に力を入れる。夫と自分たちでとった魚介類を提供するゲストハウスの開設を目指す。
「引退を考えていたけど、あんたが立派な海女になるのを見届けてからにするよ」
ベテラン海女の言葉に、胸が熱くなった。大川さんの存在は島にも活力を与えている。
◆複数の収入源持つ
兵庫県朝来市の隊員、吉原剛史さん(40)の朝は早い。前日のうちに山に仕掛けたわなに、獲物がかかっているか見回るためだ。
昨年、東京から移住した。朝来を選んだのは「長年の人々の生活で培われた本物」が残っているからだ。田畑を耕し、地元の若者が敬遠する狩猟に精を出す。「猟師はほぼ60~70代。僕ら世代が全くいない。山を守らねば」
県は猟師に1頭当たり5千円の報奨金を出す。「これだけでは小遣い程度だが、肉に付加価値を付ければ収入アップにつながるし、若い移住者の雇用の場にもなる」。食肉工場の建設に奔走し、空き家を利用して移住者や外国人旅行者の拠点づくりも進める。
「素人が農業や林業一本でやれるほど甘くはない。農業、狩猟、宿泊業、観光業。自立するには複数の収入源を持つのが現実的」
バイタリティーは約20年間の海外生活で培われた。東京で生まれ育ち、早稲田大1年のときに渡豪。すし店の店員を振り出しに、大手金融機関でキャリアを積んだ。「人生楽しくなくちゃ意味がない」と、36歳で3年半にわたるオートバイ世界一周の旅に出た。
ヨーロッパでは都市に負けない存在感を放つ地方に圧倒され、南米パラグアイでは日本以上に日本の田舎らしさを残す日系人の集落に感銘を受けた。
「海外から眺める日本は子育て一つとっても窮屈そうに見えた。学校を出て都会で就職するだけが人生じゃない。地方の魅力を磨いて、生計が成り立つライフスタイルをモデル化したい」
近く、近隣町の女性と結婚する。「地域の人口増にも貢献できたかな」と屈託なく笑う。任期は残り2年。「僕の自立と、地域の活性化が同じ方向で進めば最高ですね」
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■見直される田舎の魅力
早稲田大学教育・総合科学学術院教授(地域経営改革/観光振興・交流)宮口●廸(としみち)氏
最近の若者の地方志向の特徴は、都会的な暮らししか知らない人たちが田舎の価値に気づき始めていることだ。
過疎地の多くは山村や離島。高度成長期に子供たちを優秀な働き手として都会に送った親たちが暮らす地域だ。
親たちは高齢になった今もきめ細やかに自然を識別し、生活に密着した多彩な技で山の恵みや海の幸を享受している。自然をうまく扱いながら手仕事で生活を営むさまは、まさに人間の一つの到達点。一流の役者に匹敵する魅力で、都市の若者に感動を与えている。
この15年で地域は大きく変わった。以前は過疎地で「いい風景だ」と褒めると、「たまに東京から来るだけだから良く見えるんですよ」と返された。しかし今は、彼らも「そうでしょう」と胸を張る。
こうした変化は、都市と地域の人的な交流によって生み出された。そして今、緑のふるさと協力隊や地域おこし協力隊などの事業を通じて、かなりの若者が地域に入るようになった。
都市の若者が地域の人たちの技や温かさに感動するたびに、地域の人たちは自分たちの持つ宝に気づく。他人からの評価は魅力発見の早道だ。
都市で全ての人が職を得られる時代は終わった。少しでも田舎の暮らしに関心があれば、飛び込んでみるといい。そこには都市では想像もつかない日々の暮らしがある。
一つの仕事で自立するのが難しくても、複数の仕事を組み合わせれば活路も見いだせる。自立に向けて試行錯誤する若者を地域の人も放ってはおかない。留守の間に米や野菜が差し入れられていたという話は、枚挙にいとまがない。
日本はどんな過疎の農山村でも、お年寄りが笑顔で暮らしている。人口減少率や高齢化率といった数字からは、決して当人たちの生きる姿までは見えてこないのだ。(談)
●=にんべんに同
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【用語解説】地域おこし協力隊
過疎化の進む地方自治体の委託で、地域外の人が年約200万円の報酬で地域の仕事に従事し、定住を目指す制度。
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■グローカル! good local ~ニッポンを地域から変えよう~
産経新聞は、地域移住・交流、地域おこしを全力でサポートします。
交通・通信・産業インフラの発達した現代、国の主役は都会だけにとどまりません。
いま地域には、ひと昔前とは比べものにならないほど大きなチャンスが広がっています。
国や自治体も熱心に支援している、都市と地域の共生。働き盛りの若い世代のみなさんも、定年退職し第二の人生を迎えるみなさんも、新しいステージへと踏み出してみませんか。
未来は、その一歩から切り開かれます。