アクティビスト(モノ言う株主)による株主提案や「同意なき買収」行動など、日本のコーポレートガバナンス(企業統治)が試されるニュースが連日報じられている。
産経新聞社は11月18日、東京都内でフォーラム「『同意なき買収』時代に備える 企業価値を高めるコーポレートガバナンス」(特別協賛・一般社団法人日本取締役協会)を開いた。経営を知り尽くした専門家がアクティビストの最新動向、経営者の意識改革の重要性などを熱く語った。同協会の冨山和彦会長は「誰が最良の経営支配権者かが問われる時代だ。アクティビズムを否定的にとらえず、従業員、株主などすべてのステークホルダー(利害関係者)の共通の利益につながるような、成長のテコにしたい」と訴えた。当日の議論を紹介する。
正々堂々、アクティビストと向き合える経営者に期待 冨山氏
「経営者や投資家、法務の視点から見るコーポレートガバナンスの在り方」と題して、パネルディスカッションが行われた。出席者は冨山和彦氏、太田洋氏(西村あさひ法律事務所・外国法共同事業パートナー、弁護士)、ジェイミー・ローゼンワルド氏(ダルトン・インベストメンツ共同創業者)、常石哲男氏(東京エレクトロンデバイス取締役、元東京エレクトロン会長)。進行は崔真淑氏(エコノミスト)。
――アクティビストファンドの活動が活発になった背景は
太田氏 2014年に金融庁が機関投資家向けに「スチュワードシップ・コード」(「責任ある機関投資家」の諸原則)を、2015年には東京証券取引所が一般企業向けに「コーポレートガバナンス・コード」をそれぞれ策定。これ以降のガバナンス改革で上場企業同士の株式の「持ち合い」の壁が崩れた。株主総会における機関投資家の議決権行動も厳しくなり、企業を「同意なき買収」から守っていた壁がかなりなくなった。
――人事や報酬の体系を業績に連動させる上場企業も増えているが、「株式報酬ってイヤだな」という経営者もいるのでは
常石氏 かつて在籍した東京エレクトロンでは、創業精神を貫き、業績連動報酬を役員と上級社員に早期から適用し、今も継続している。従業員は年初の業績の利益予想で、大枠での賞与総額の想像がつくはず。また、国内で最初にストックオプション(株式報酬)を導入した企業のひとつだと思う。そういう意味では旧来の日本的企業ではないのかもしれない。
冨山氏 バブル崩壊後も「終身雇用」「年功序列」の防衛が社会的使命で、株価は次の次の次の次ぐらいだったが、最近、明らかに空気は変わってきた。日本は世界で最も労働供給が足りない国になり、「雇用を守ります」では誰からも褒められなくなった。
業績連動報酬も何ら不自然ではなくなった。CEO(最高経営責任者)クラスの報酬は「ベース」「業績連動型のショートタームインセンティブ」「譲渡制限付株式などのロングタームインセンティブ」の比率が1対1対1、というのが東証プライム市場での議論の標準になっている。
利益への執着、経営陣は自問自答を 常石氏
――企業価値を高めるために、東京エレクトロンでは資本コストを意識する経営をどのようにしていたのか
常石氏 約30年前、取締役としての初めてニューヨークでのIR(投資家向けの広報)活動では、「御社のキャッシュコストは?」と投資家に質問され、社長、財務担当役員、IR責任者も顔を見合わせてしまった。そこから、資本コスト以下の水面下であるなら息ができずに死んでしまう、と理解し、それを意識する経営を心に誓った。だが、資本コストよりも収益率が高いことは、経営の入門編にすぎない。大切なのは水面上の海抜何メートルにいるかだ。いま、「まずは水面上にあるべし」の議論をしているのは、実はレベルが低い話なのである。
太田氏 東京エレクトロンのような企業は例外中の例外だ。資本コストが一般の日本の経営者に認識されるようになったのは、コーポレートガバナンス・コードができてからで、10年も経っていない。ROE(自己資本利益率)は「8%が目標」という経営者が大半だと思う。
冨山氏 資本コストはオポチュニティー・コスト(機会費用)。リターンが上がる投資やビジネスモデルの選択、オペレーションが求められており、資本コストを下回っている状態は実質的に赤字だ。しかし、経営者の経済と財務に関するリテラシーがあまりにも低くすぎた。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」だった時代は、経営者ではなく、現場の人たちの技術力、人材力がすごかった。90年代にストラテジックピボット(経営軸の見直し)とキャピタルアロケーション(効率的な資本配分)を考えなければならなくなったのに、ほとんどの経営者は無能だった。産業再生機構でいろいろな会社を再建した際に見た現実だ。やっとノーマライズしてきた。いまは東京エレクトロンのようになれる会社がいっぱいあると思う。
常石氏 業績連動報酬は明快な公式化が大事。また、導入してもROIC(投下資本利益率)、ROEが上がっていく構図がなければ何の意味もない。経営者、マネジメント層が利益の拡大に執着しているかどうかだ。分かりやすいのはEPS(一株あたり純利益)が毎年何円か上がっているかなどが経営者の通信簿だと思う。トップ経営者として合格者なのか不合格者なのかと自問自答しない限り、業績連動報酬を入れようが何をしようが、手段ばかりが多様でも真の目的が達成されない構図になってしまう。
社外取締役の真の役割は、経営のモニタリングだ 太田氏
――社外取締役による監督が大切ということか
冨山氏 経営者の人事権をだれが持っているかが重要だ。人事権が自分自身に帰属していると絶対に甘くなる。コーポレートカバナンスで最も重要なポイントは、ボード(取締役会)がちゃんと経営者の人事をやること。監督と執行をしっかり分けるべきだ。
(執行側が)無能なら、他にもっと有能な人が社内にいないかを見ていくのが監督の本質。社外取締役に事業のこまごまとしたアドバイスを期待する経営者がいるが、大間違いだ。社外取締役がやるべきことは経営者の人事。だから、業務執行に深入りしてはいけない。
太田氏 社外取締役の役割を正確に理解できていない人があまりにも多い。企業の経営者も、社外取締役自身もだ。経営陣が経営リソースをどこに投下し、どうやって収益を上げていくかをモニタリングし、ダメならCEOのクビを切ることが役割だ。社外取締役の数ばかり増え、役割意識が定着していないことに危機感を持っている。
ここ10~20年、労働分配率や研究開発費の比率が下がり、内部留保が増え続けるという異常な資本の使い方が起きている。適切な助言を行い、できていなければ人事と報酬の面で適切な軌道に戻してあげることが必要だが、(指名委員会等設置会社の)指名委員会とか報酬委員会で軌道修正ができていない。真の役割を果たしていないところが多い。わずかだが、できている会社の評価は極めて高い。
取締役会に灯りをともす人材に期待 ローゼンワルド氏
――投資家の視点から日本の社外取締役にまだ足りていないと思うことは何か
ローゼンワルド氏 日本では女性取締役が足りないし、OBなどが多すぎる。新しい思考、マインド、アイデアを持った人が少ない。こうした人たちが暗い部屋に灯りをともすことが必要。時間はかかるかもしれないが、日本のダイナミックな社外取締役に期待をしている。
冨山氏 アクティビストが提案をしてきたとき、対応するのは執行部ではなく、資本民主主義によって株主に選ばれたボードメンバー、特に社外取締役だ。提案にどう反論するか、あるいはどのように受け入れるか。社外取締役の存在が問われる。ぼんやりしたアドバイスでちょっとした小遣い稼ぎといった感覚ではできない。
常石氏 多様性に関しては、私がいた会社(東京エレクトロン)でもまだ道半ばもいっていなかった。日本の企業経営での改革は、外国人の方をボードに招くことで多様性が一気にドライブする可能性があると思っている。男女は問わない。外国人の社外取締役を入れてディスカッションすることで、真の多様性が一気に何倍もドライブするような気がする。
――多様な人材を求める上場企業に、どのようなアドバイスをしますか
冨山氏 例えば、35歳の女性にいきなり報酬を3000万円払うと言ったら、大騒ぎになる。人事部門は「同じ35歳のずっと頑張って働いてる人のモチベーションを下げる」とか言い出す。だから人材が取れない。年齢も性別も関係ない。その人のケーパビリティ(能力)にお金を払うのだから。シニオリティシステム(勤続年数が長い人を優遇する慣行)は「百害あって一利なし」。この国の長幼の序はやめた方がいい。
日本における株主アクティビズムの現状と対応(太田氏 基調講演)
日本は法制度上、株主権が非常に強く、規制が弱いことが特徴だ。例えば、株主提案権は3万株または総発行株式数に占める保有比率1%だ。一方、大量保有報告規制(5%ルール)に違反しても罰則を受けないケースも多い。
アクティビストの株式保有比率は、アメリカでは10%未満だが、日本で20~40%に達し、最終的にプレミアム付きの自社株買いによるTOB(株式公開買付け)で引き取ってもらう、といった手法が多用されている点が、アメリカと違う。
近年、日本は「アクティビスト大国」になっている。2024年上半期のキャンペーン件数はアメリカの177件に次ぎ、102件と世界2位。中国マネーの流入が著しいことも特徴だ。要求内容も、以前は株主還元の強化が多かったが、最近はアメリカのように、中長期視点での事業戦略や財務資本戦略の見直しを求めるものが増えている。かつてのスティール・パートナーズのように、いきなり敵対的なTOBを仕掛ける荒っぽい手法は減り、ていねいな対話を重ねたり、株主の賛同を得てプレッシャーをかけたりと、洗練されてきた。
アクティビストに対峙するには、穏健で、中長期的な企業価値を求める機関投資家の支持を得ることが重要だ。キャピタルアロケーションや中長期的な成長のシナリオを積極的に示さないと、機関投資家の支持も得られなくなる。
最後に、アクティビストと機関投資家に一致しているのは、株主利益と役員・従業員の利益につながる株式報酬の導入を歓迎していることだ。従業員持株会への補助率を大幅に引き上げるなど、積極的に活用する企業が増えている。
外国人投資家から見た日本の上場会社経営の問題点(ジェイミー・ローゼンワルド氏 特別講演)
長く、株式の持ち合い、取締役会の全員が社内出身の取締役など、いくつもの保護の層に守られてきた日本の経営陣をめぐる状況は、変わってきている。コーポレートガバナンス・コードやM&Aのガイドライン(企業買収における行動指針)ができて、持ち合い解消が進み、資金額を示すことができれば「同意なき買収」も可能になった。日本の経営陣はいま、「裸の王様」だ。
日本で私のお気に入りのアクティビストは日本取引所グループ(JPX)だ。次いで、金融庁、経済産業省だ。官僚がいなければ、株主の民主主義をつくることは不可能だったと思う。私は、利益水準や将来性を基にした企業価値に比べ、株価水準が割安な企業に投資するバリュー投資家であり、従来は創業家やオーナー社長が存在し、経営との間で利益のアライメント(一体化)ができている企業を投資対象としてきた。しかし、時は変わった。サラリーマン社長の企業にも投資できるようになった。
ダルトンは投資先に、ROE8%以上、過半数以上の社外取締役、そして取締役に年間基本報酬の3~5倍の譲渡制限付株式の付与を要求している。経営陣と私たちの目線を合わせるアライメントが重要だと考えているからだ。日本企業の経営者には、信頼関係を強め、説明を徹底することを提言したい。