【ソウル=桜井紀雄】韓国は、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の権限を代行する韓悳洙(ハン・ドクス)首相の弾劾訴追案が27日、野党主導で可決されたことで、尹氏の代行まで職務権限が停止される前例のない政治的混乱に陥った。憲法裁判所判事の任命を巡る与野党対立が原因で、内外への影響を顧みない党利党略の優先が混乱を一層深刻化させている。
「最近の混乱に驚かれただろうが、韓国の民主主義の回復力を信じて見守っていただければ」。革新系最大野党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)代表は26日、水嶋光一駐韓日本大使と面談して混乱収拾を約束した。自身の反日イメージを意識してか「個人的に日本への愛情がとても深い」と述べ、日韓関係を重視する立場も示した。
3日夜の「非常戒厳」宣布と解除後、政府だけでなく野党も、経済や外交、安全保障に支障はないと各国外交団や外国メディアに釈明してきた。だが、市場は政情不安に敏感に反応し、韓氏の弾劾訴追案が提出された26日には、2009年の世界金融危機以来のウォン安・ドル高を記録した。
新たに大統領権限を代行することになった崔相穆(チェ・サンモク)経済副首相兼企画財政相は27日、韓氏の弾劾案採決を前に「国政の司令塔不在は韓国の対外信頼度や安保、経済に深刻な打撃を与える」と再考を求めていた。
尹氏は戒厳の理由に、野党が閣僚らへの弾劾訴追を連発し、行政を麻痺(まひ)させたことを挙げた。韓氏の弾劾訴追で混乱が深まれば、尹氏の主張に説得力を持たせ、強硬一辺倒の野党に対する批判が一層高まりかねない。
野党が韓氏の弾劾訴追を強行したのは、保守系与党「国民の力」が大統領代行には尹氏の弾劾審判を担う憲法裁判事の任命権はないと主張し、韓氏が任命を保留したためだ。一方で、韓氏は与党の意向に沿い、野党主導で可決された6法案に拒否権を行使した。
大統領代行に拒否権はあっても判事任命権はないとするのは与党側の身勝手な解釈だとの批判も強い。与野党ともに自党の都合で行政や司法を空転させている。ただ、与野党対立は先鋭化するばかりで混乱収拾の兆しはない。